閑話休題:共闘戦線
「……悪いな。来客の要件を窺おうか」
外にでて、私は目を疑ってしまった。
そこには顔なじみの部下たちが、今から魔物でも討伐に行く恰好。全身を銀色に輝く鎧を纏い、すでに剣を抜いていた。
ただでさえディストラー領地の周辺は穏やかで、魔物の存在も確認できていない。
だから普段から使うこともなく、領内の巡回も軽装で済ませていた。
にもかかわらず、この光景はいったい何なのか。
全員が剣を抜いて、臨戦態勢でいる。
「国に仇なす者、ループスの身を確保しに来た。大人しく差しだせば匿っている領主を含め、領民にも手をださん」
先頭に立つ一人が、ニルヴァという男に声高らかに用件を伝えてきた。
返答を間違えれば容赦なく斬られる可能性があるにも拘らず、まったく動じた様子もないコックコート姿の男。左腕の裂傷痕が痛々しくもあるが、彼の鍛えあげられた体格からこれまでの積み重ねを滲みとれた。
気のせいか、私の探し求めてきた人物と似ている。
「すまないがお引き取り願おう」
「……なんだと?」
……この男、正気か?
一斉に斬りかかる姿勢を向けられながらも、ニルヴァは一切動じない。
「待て、私はそんな指示をだしていないぞ」
「……ミールナ隊長」
ニルヴァを庇うつもりはなかったが、広場でソフィリアには兵を下げる約束をしている。だからこうした強行にでるとは思ってもいなかった。
部下からの哀れむような視線を向けられ、剣先を突きつけてくる。
その行動が、余計に私の状況処理能力を低下させていく。
「それに加担するミールナ隊長。……いえ、ミールナ・D・グレイス。咎人であるループスを庇い、ディストラー領主ユリム・M・ソフィリアと国家の転覆を企て共謀」
「……加担? 共謀だと?」
まったく部下のいっている意味が分からない。
「兵士として国家に忠誠を誓い、温情を得ながらも仇なす行為! 元兵士で隊長だったとはいえ、叛逆者を見過ごすことはできない!!」
突如と降りあげられた剣を、私はただただ茫然と眺めることしかできなかった。
決して自身の罪を認め、受け入れるために抵抗をしなかったわけじゃない。
何故、私が捌かれないといけないのか?
「ちっ」
「ニルヴァ?」
隣からの短い舌打ちに続き、ニルヴァは拳で剣を弾いて私を庇う。
その光景に、言葉がでてこない。
「ぼさっとしてんな!? コイツ等はお前を処理して、何もかもを有耶無耶にするつもりだぞ!!」
「この使用人風情が! 同時にひっ捕らえろ!!」
一斉に剣を構え、ガシャガシャと武装した鎧をぶつけ合わせて近づいてくる部下たち。
……いや、元部下とでもいうべきか。
ニルヴァに叫ばれて腰の剣に手を伸ばし、自然と迎え撃つ体勢をとっていた。
脳裏を過る、ソフィリアからの言葉。
『襲っているのはミールナさんの部下――兵士の方々』
『部下から慕われるどころか、虚偽の報告を真に受けるお飾りの隊長さん』
今まさにその事実を突きつけられ、胸の内から静かな感情が湧きあがってくる。
年の離れた幼い領主から私が積み重ね、今に至るまでの過程を侮辱された。家からは兵士になることを反対されながらも、度々くる縁談の話だって断っている。実際に興味もなければ、私なりの目標があってここまできた。
第一に、部下達の内情を把握しきれていない私の落ち度。
何が騎士となり、女性でも成り上がるだ。
こんな体たらくを目の当たりにさせられ、憧れたあの人に追いつけるわけがない。
「上司への反逆行為、見逃すわけにはいかないぞ!!」
私を庇ってくれたニルヴァの前、全体の指揮を執っているであろう者に剣を振るう。
「……この、女風情が!?」
「やるじゃねぇか」
明らかに見下す罵声に、自然と力んでしまう。
逆に、ニルヴァは何故か嬉々としていた。
こうして感情的になってしまうところ、ソフィリアと比べて未熟だと感じてしまう。あの堂に入った、目上の相手どころか身分すら気にしない態度や振る舞い。それに知的で策士とでもいうべきか、幼い見た目に反した内の強かさ。
共感できる反面、敵わないなと思ってしまった。
「ニルヴァよ、お嬢様から『ある程度の加減をしろ』とのことだ!!」
「……まったく、無茶いうぜ」
ある程度の加減、か……。
突然後ろの扉が開かれ、息を切らした爺やさんが飛びだしてきた。驚きはしたものの、彼女がだした指示を脳内で反芻する。
どこか困ったように後頭部をかくニルヴァは、コックコートの内側から黒のグローブを両手に填めた。
……よく考えれば、素手で兵士の剣を弾き飛ばしたのか。本当に何者なんだ?
淡い期待を胸の内に秘め、ニルヴァと爺やさんを見据える。
「私のせいで迷惑をかけます」
軽く頭を下げると、微かな沈黙が訪れる。
「んなことでいちいち頭下げんな」
「私はソフィリアお嬢様を守るだけ。ですので、貴女はお礼をいわれることはありませんよ、ミールナ様」
だがそれも一瞬で、二人からは険とした雰囲気はない。
血の気盛んに笑ってみせるニルヴァに、年の功という貫禄を感じさせる爺やさん。
これから多勢の兵士へと挑むとは思えないほど存在が大きくて、力強い。そう思える二人……いや、あの者を含めれば三人が慕う領主。
私の目指す一つの形を体現している。
だからまず、降りかかる火の粉を払わなければいけない。
「力を――」
「おりゃあぁぁ!!」
「……?」
一陣の風が、私の頬を掠めた。
「……ニルヴァよ、お嬢様の言葉を忘れたのか」
「んなこといって、自分の歳考えろよ」
何が起きたかと振り向けば、兵士の一人が空中を舞っている。それもかなり高くて遠く、屋敷の門近くまで届きそうだった。
その原因であるニルヴァは誇るどころか、気にも留めず兵士の中へと突貫していく。
爺やさんもよくみれば、手もとに一冊の本を携えていた。
「いくら国の兵士とはいえど、屋敷を荒らした不届き者。……お嬢様の慈悲に感謝しろ」
それと同時に本が開かれ、風が吹いていないのにページが捲られていく。
この二人、本当にただの領民なのか……。
ニルヴァに対する、私が憧れる存在と類似する点も含めて驚きはあまりない。むしろこういった形で協力ができ、間近で彼の戦い方をみる機会を得られた。
その点、この爺やさんは謎が多い。
ただいえるのは、ディストラーという小さな領地の領主に仕える存在としては有り余る力を持ち合わせている。年齢を感じさせない立ち姿もだが、かなりの魔力量を秘めているようだ。
「手心は加えるつもりですが、ご容赦を」
「……お手数をおかけします」
にこやかに微笑んだ爺やさんに、私は軽く一礼して意識を切り替える。
短く息を吐き、柄の握り具合を再確認して、目もとを細めて辺りを見渡す。
「女だからと舐めるなよ」
襲いかかってくる複数の元部下を前に、剣を低く構えて斬りあげる。対人には適さない、飛翔系の魔物には有効な攻撃手段。
本来は加減なしに撃ち放つが、今回はそこに精密な狙いを加えないといけない。
そうでないと、何もかもを融かしてしまう。
太陽の光――熱量を刀身にまとわせ横薙ぎの一閃。
狙うは、剣や槍の殺傷性を持つ部分のみ。間違って手もとを掠めでもしたら、おそらく一生使い物にならなくなってしまう。
それくらい、元部下だから知っている。
「……こい、元隊長として相手しよう」
どよめく元部下達の前に、私は躊躇いなく剣先を向けて構えた。