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第五章:執事、始めることになりました?

「好きにかけてください」

「……失礼します」


 通された談話室に、ミールナからの戸惑った様子を隠せないでいた。

 続くように入室するも、つい数日間ぶりと変わった光景がない。

壁にかけられている絵と思しき場所や、花を生けるには良さそうな日当たりのいい窓辺。そして部屋の雰囲気に合わせて置かれた調度品の数々には、真っ白な布が被せされている。少しでも埃がかからず、必要最低限の手入れだけで済ませる配慮。

 もしくは、少しでも物の価値を下げないためかは定かじゃない。

 それでも普段から利用しているソファやテーブルは真っ白な布で覆われず、傍かも歪な空間で生活感を醸しだしている。

 迷ったようにミールナは長いソファに腰かけ、ソフィリアは一人掛けの方へと足を運ぶ。

 普通に考えればミールナの方が客人だし、わざわざそっちは使わないよな。

 これがソフィリアの意図したものかはさておき、部屋の入り口前で立ち尽くす。


「ニルヴァ、お茶を用意してくれるかしら」

「畏まりました、少々お待ちください」


 そういって軽く一礼したニルヴァさん。


「(おい、下手に口挟んだりするなよ)」

「(わかってますってば)」


 軽く首根っこを引っ張られ、ドスの利いた声音で釘を刺してくる。

 ゆっくりと扉が閉まり、談話室に沈黙が訪れる。

 あれから兵を下げたミールナに、ソフィリアは話し合いの場を設けて屋敷へと案内した。

 もちろんお題は《ループスの今後に関して》だ。

 それは領主、ソフィリアとしての意見や主張。

 もう片方は国の兵士、国王の代理とまではいかないがミールナの意見や主張。

 その双方を擦り合わせ、今回の件《兵士に対する暴行・逃走》の決着をつけるようだ。場合によっては内容を国へとミールナ自身が持ち帰り、上からの指示を煽るとのこと。

 果たして、ディストラー領地で兵士たちが領民へと行いが許されることなのだろうか?

 そして私は、どういった罪として罰しられるのか見届けなければいけない。


「……随分と屋敷全体が変わったのですね」

「昔と比べてそうかもしれないけど、案外これはこれでいいものよ」

「そうですか……」


 ソフィリアにとってはこの光景が昔からの当たり前で、意図したものがある。

 だがミールナにからすれば異様で、戸惑いの色を濃くさせていく。

 それから再び沈黙が訪れ、しばらくして扉がノックされる。ソフィリアからの入室許可を得ず、ニルヴァさんが台車を押してきた。


「今朝採れたハーブティーです」

「ありがとう」

「……い、いただきます」


 微笑むソフィリアに対して、ミールナはどこか緊張した様子。


「どうかしましたか、隊長さん」

「いえ、昔来た際にはいなかったと思って」


 たったそれだけのやり取りから、露骨な緊張が私にも伝わってくる。


「……そうね、あの頃は厨房で働いてもらってたわ。今となっては使用人が爺やとニルヴァしかいないから、ユリム家にとっては欠かせない存在よ」

「大袈裟すぎますよ、お嬢」

「事実、毎日美味しい食事を用意してもらってるわ」


 カップを手に、ソフィリアは紅茶を嗜む。

 そんな二人の仲を、ミールナの表情からは疑念の色が消えない。


「さっそくですがミールナ隊長、お話を始めましょうか」

「……ええ」


 倣うようにミールナもカップに口をつけ、静かに目もとを細めて睨んでくる。


「部下からの報告は得ています。

 夕暮れの街中、巡回していた部下の一人がそこにいる男、ループスから殴られた。

 理由としては特に書かれていませんでしたが、急だったと。ほか、助けに入ろうとした二名も同じ被害に遭いました。宿舎の救護室に運び込まれた際には意識はありましたが、助けに入ろうとした三人目からは一撃だったと。

 ……その点、誤解はないでしょうか?」


 確かに恰幅のいい呂律の怪しい男性意外、後から三人来た気がする。

 その変、ちょっと微妙だな。

 問うようなソフィリアの視線に首を縦に振る。


「殴ったことは変わりないです」

「とのことですが?」


 当人である私からの証言に、ミールナはソフィリアへと語気を強める。

 だけどソフィリアは気にも留めず、短く息を吐いて眉根を潜めた。


「ミールナ隊長が受けた報告の点ですが、なぜ理由が書かれていなかったのでしょう?」

「……理由、ですか」


 考え込むようにミールナは声音を強張らせ、表情も険しくなっていく。

 ……なんとも意地の悪い。

 未遂とはいえ、実際の被害者という立場にいるソフィリア。おそらくこの時点でミールナは部下からしっかりとした報告をされていない、その事実を知れたことだろう。

 ここからどう兵士側の内情に踏み込んでいくのだろうか?


「……申し訳ない。その点は私の職務に対する怠慢でした。言い訳は一切致しません。すぐにでも部下に確認を――」

「必要はないですよ」

「というと?」


 どこか仕事に忠実で真面目な印象があるミールナだけど、職務に対する怠慢した事実。その非を認めた上での謝罪を、ソフィリアは片手で制する。


「巡回していた兵士の方は、仕事中だと認識でよろしいですか?」

「基本はそうです。不要だとは思いますが腰には剣を所持、複数人での編隊組んで巡回をさせてきました」

「でしたらその仕事中、多少なりの休憩はあると思いますが……お酒を嗜む習慣でもあるのでしょうか?」

「まさか、そんなことは一切禁じてます」

「そうですよね。例え王都から遠く離れているとはいえディストラーも一領地、兵士の方々が守るに値する場所ですものね」

「……はい、ですから私たちがこうして日々の巡回をしています」

「では、休日などはどうすごされているのでしょうか?」

「基本的には交替制で、しっかりと休養は取れています。中には家族を持つ者もおり、家に帰るなど。もしもの場合に備えた剣の訓練も欠かすことなく、各々が考えて動いています」

「そうなると、中にはディストラー領地に留まる者もいるのでしょうか?」

「いますね。もし領地を離れる場合、私への報告と許可が必要です」

「では、概ね部下の方々の行動は把握していると?」

「そのつもりですが、今訊くことでしょうか?」

「いいえ、念のためです」


首を横に振ったソフィリア。


「領民のことは私が把握していますが、駐屯している兵士の方々までとはいきません。ですので隊長であるミールナさんに訊いたのです」

「領内を外出だけでしたら報告と許可の必要性を求めていませんから……私の目が届く範囲でとしか言い切れません」

「ですよね、あれだけの部下の方々を取り仕切るのは、一人では骨が折れますよね」

「それは領主である、そちらもなのでは?」


 この時間はいったい何なんだろう?

 ミールナからすれば取り留めのなく、ただ普段の仕事内容や体制について詳しく訊かれている。ソフィリアのことだからそういったことを領民へと説明し、今後とも平穏な生活を送れる環境づくりを目指していきそうだ。

 だから、兵士たちが駐屯する時点で知っていてもおかしくない。

 もしくは当時は幼く、別の……爺やさん辺りが対応した可能性もある。


「改めて、兵士の方々はしっかりと仕事をされているのですね」

「……はい。王に恥じぬよう、大切な領地や領民を守っています」

 ソフィリアからの脈絡もない質疑応答がしばらく続くかと思いきや、急に黙り込む。

 そのことにミールナは怪訝そうに眉根を寄せた。


「では、領民の一部女性が襲われていることは知っていますよね?」


 本題へと切り込むような質問を、ソフィリアはまるで天気を訊くかのような口調で投げかける。


「一部女性? ……ソフィリアさん。襲われているとのことですが、奴隷商人がこの領地にいるとのことですか?」

「生憎といないとは言いきれないですけど、襲っているのはミールナさんの部下――兵士の方々ですよ」

「はい?」


 耳を疑うような表情で、ミールナはソフィリアを見据えた。

 対するようにソフィリアは平然と、決して嘘をついていないと背筋を伸ばして無言で主張する。

 困惑と疑念がミールナの全身を取り巻き、空気もどこか張り詰めていく。


「あまり冗談が過ぎますと、いくら幼い領主とはいえ品位を疑われますよ?」

「あら、その言葉そっくりそのまま返しますわ。……部下から慕われるどころか、虚偽の報告を真に受けるお飾りの隊長さん」


 露骨に見下した売り言葉に、動じる様子もない買い言葉。さらに煽る形で返すところ、内に秘めていた感情の琴線が触れたのだろう。

 薄っすらと細めた目もとから覗く水銀色の双眸は、ミールナをただ静かに捕らえる。


「大変申し訳ないが一領主であろうとも兵士を、強いては国王を侮辱する意味をお判りなのだろか。ユリム・M・ソフィリア」

「っ!?」


 ミールナの声音はどこか単調としながらも、含みのある湧きあがって滲む憤りが伝わってきた。

 ただ座っているだけというのに、まるで剣先を相手の首筋に突きつける威圧感。

 気づけばソフィリアを守ろうと身体が動いていたが、片手をあげて制された。


「ここで剣を抜かなかっただけ、俺達は静かに見守るしかできねぇ」

「そ、そうだけど……」


 隣で腕を組んでいたニルヴァさんからの止める鋭い眼光と、涼しい表情を浮かべていたソフィリアが手をおろしたことに、渋々と息を吐く。


「多少なりの噂は耳にしてましたが、随分と懐かれているようですね」


 鋭いミールナからの指摘に、ただただ笑うしかできない。

 凄いな、ループスのグズ男っぷりの噂って……。


「懐かれたといった表現は適してないのだけれど、ループスは大事な使用人――執事だもの。だから街で私が襲われそうになっていれば守るのも必然のことです」

「はぁ?」


 私はつい、間の抜けた声を発してしまった。

 首を傾げてソフィリアに視線で問うも応えようとはせず、隣のニルヴァさんに横目を向けると睨まれてしまう。怖っ!!

 寝耳に水の状況で困惑していると、ミールナは口もとに手を当てた。


「雇う人材はしっかりと選ぶべきだと思いますがね」

「あら、襲われそうになった主人をしっかりと守った執事です? 例え『グズ男』だったとしても忠誠心はあるし、貴女の部下とは違うと思うのだけれど」


 含みあるミールナの煽りに、ソフィリアは一切腹を立てていない。

 証拠もなく部下を疑われては、隊長として任されているミールナからすれば立場もないだろう。彼女の態度からして根が真面目で、国に対する忠誠はかなり高く感じる。何かしらの強い信念のようなモノも見受けられるが、部下の不祥事は直接的に隊長の責任として評価される。

 水面下を通り越し、言葉という武器を振るう二人。

 ……てか私、いつ執事にさせられたんだ?

 疑問が絶えずにいると、窓際のテラスに一羽の鳥が止まった。


「お嬢様! 門の前に兵士たちが!!」


 ほぼ同じタイミングで、爺やさんが慌てた様子で駆けこんできた。


「落ち着いて爺や。状況を冷静に伝えてちょうだい」


 驚いたように席を立つソフィリアは、肩を上下させる爺やさんの元に歩み寄って背中を摩る。ニルヴァさんも怪訝そうに目もとを細め、顎で私に指示をだしてきた。


 何事かと振り返ってみれば、ただ羽休めに止まったと鳥に落ち着きがない。何かを訴えるように両翼を必死に動かしては、小さな全身を使ってアピールしている。


「……もしかして」


 爺やさんのことはソフィリアに任せ、勝手に窓を開けた。

 途端、空気が震える爆発音が響く。


「……お嬢、様子を見てきます」

「最悪のケースね。……深追いはしないでちょうだい」

「わ、私もついていきます!」


 咄嗟のことながらも冷静に判断を自ら下したニルヴァさんは部屋を後に、遅れて動揺した様子のミールナもでていく。

 鳥も爆発音に驚いてか、甲高く鳴いては止まってくれない。


「それで、兵士の数はどれくらいかしら?」

「おおよそですが駐屯している兵の半数以上、全員が武装した状態で押しかけてきました」

「……明らかに隊長への謀叛ね」

「ち、ちなみにそうなるとどうなるんだ?」

「隊長の命が危ういわね。その原因をこの領地ディストラーに、領主である私が国の兵士に対して剣を向けたことにさせられる。

 そうなると、国全体と事を構えないといけなくなるわね」

「んな、大げさな……」


 事の発端は、私が兵士を殴ったことだ。

 ただ理由としてはソフィリアを守るためで、裏では兵士たちが領民の女性を襲っていた。それを水面下の抗戦で阻止してきたが、訓練と経験を積んできた兵士と知識もなく感覚任せの荒くれ者では雲泥の差。

 それが一領地から、国を巻き込むとなると勝機すらない。


「……街の方は、領民たちの避難を促してるようだ」


 ようやく止まった鳥の脚には括られた一枚の紙があり、簡素に綴られた内容をソフィリアに伝える。


「そう、戦力を分散してきたのね」

「どうする? 仲間が動いてくれているけど、それもいつまで続くか……」

「せめてお嬢様だけでも――」

「爺や、ニルヴァにある程度の加減で抗戦許可をだして」

「……ソフィリア?」


 爺やさんの言葉を遮り、ソフィリアは冷静な口調で指示をだす。どこか水銀色の双眸に強い意志を宿らせ、静かに立ちあがった。

 そして腕を真っすぐと、手を差し伸べてくる。


「街には私が行くわ。……執事としてついて来なさい、ループス」

「お嬢様!?」

「私は領主よ、爺や。領民の生活を守るのが使命で、もしもの時は矢面に立って戦わなくてどうするの?」

「ですが、元を辿ればそこの男が原因です! 兵に差しだすだけでも――」

「解決はするわね。……だけど、同じ領民よ」


 睨みを鋭く声音を荒げた爺やさんだったが、ソフィリアの微笑みに成りを潜めて黙り込んでしまう。

 ……凄いな、ソフィリアは。

 本当に十歳とは思えない覚悟と器量。それに先々を見据えた頭のキレもあり、幼い見た目の内に秘めた強かさを持ち合わせている。

 今後、どんな風に成長していくのだろうか。


「着替えるわ、ついて来なさいループス」

「お、おう」

「爺やはニルヴァと一緒に屋敷を任せるわ」

「お嬢様!」

「……どうかした?」


 今にも部屋を立ち去ろうとするソフィリアを、爺やさんは声を張った。年の功とも感じられる威厳を放ちつつ、背筋を伸ばして向かい合う。


「どうか、ご無事で」

「ええ、爺やも無理はしないでね」


 軽く頭をさげて見送る爺やさんに、ソフィリアも涼し気に笑って返す。


「おい、そこの」

「は、はい」


 険のある爺やさんの声音に自然と身を引き締まる。


「お嬢様のことは任せる。命に代えてでも守れ」

「ダメよ、全員が無事――」

「わかりました。全力でソフィリアを……主を守ると誓います」


 ソフィリアには申し訳ないが、ここまで宣言しないと爺やさんに認めてもらえない気がした。

元より、そのつもりではある。

 ただのどこにでもいる領民で、アウトローに近い環境下で過ごし、果てには複数の女性にお世話されている『グズ男』でしかない。

 平穏に過ごしたいのであれば兵士に私――ループスの身を差しだすだけで済む。

 だけど無知な領主ではなく、領民の一部女性が襲われていることを知っていた。それをいつか正すべきだと考え、計画をしっかりと練ってタイミングを窺う忍耐と我慢強さ。

 何よりも重税を課し続ける酷い領主だと指差されながらも、裏では生活を削り、果てには自身すら売って過去の汚点を払拭しようとしてきた。

誰よりも領民思いの、幼い領主だ。

 その小さな両肩に、どれだけの重責を背負ってきたのだろうか。


「もちろん、全員で無事に帰ってくるつもりですけどね」

「そうしてちょうだい、寝覚めが悪いのは嫌だから」


 ニカッと笑ってみせると、ソフィリアは嘆息気に肩を竦める。


「その心意気、しかと胸に刻んでおけ」


 爺やさんからの厳しくも、優しさを感じられる激励に短く息を吐く。


「はい!」


 どこか満足げなソフィリアの表情を見逃さず、向けてきた視線にその場を後にする。

 街での状況が不明な上、兵士たちがどういった行動をとるか。それ故に仲間たちがどう領民たちを安全な場所へと誘導しつつ、限られた戦力で奮闘してくれている。地の利はあるものの、圧倒的な力量で差があるのは否めない。

 とにかく無茶をせず、無事でいてほしいと祈るばかりだ。


「焦る気持ちはわかるわ」

「……顔にでてたか?」

「大事な仲間……いえ、家族なのでしょ? 信じなさい」

「ソフィリアにそういわれると、なんでか安心できるんだよな」


 不意に思った本心を口に、嵐の前の静けさを保つ屋敷内を急いだ。


「そんな信頼を向けてくれる人がいるから、ここまで頑張れてこれたのよ」

「何か言ったか?」


 今にも窓が割れるんじゃないかと思う衝撃に、ソフィリアが何かを呟いた気がした。だけど聞き返しても応えるどころか、気のせいだったかのように触れてこない。

 だから空耳だったかと流すしかなかった。

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