表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/14

第四章:女だろうと、ひけない場面はいくらでもある!!

 それから数日が経ち、メリーが集めてくれた領内の情報を耳にしていた。


「……これは、一大事だな」

「そうっすね」


 ただただ深いため息しかでなかった。

 それはサンも同様のようで、お互いにクッション性の悪いソファに深く座り込む。

 さてさて、ソフィリアの思惑通りにはなってきたものの……大丈夫なんだよな……?

 私が兵士を殴ってから、事態は最悪の方に転がりだしている。

 知らされていた兵士の巡回ルートや時間帯が代わり、道行く領民たちに指名手配書を突きつけて問い詰めるなど。

 かなりの圧力をかけ、必死に探し回っているようだ。

 それが領民たちにとっては負担となり、比例するように兵士たちからの被害も増えている。それなりに兵士たちもストレスを感じ、陰で当てつけされる女性の身にもなってもらいたい。


「クッソ!!」

「……おい、アビ。扉を壊さないでくれよ」

「あ?」


 ギラリと睨みつけてくる蜜色の双眸を受け流し、吹き飛んでいった扉だった木材片をただ悲しく眺める。

 これで何度目か……。

 ただでさえ崩れそうなぼろい建物なのに、アビの怒りを吐きだされ続けて気が気じゃない。ここ最近では毎回のように扉が壊されるので、直すのも面倒になりつつあった。

 だからといってそのままにするのも、身を隠している私のすることがない。

 前回のようにアビとの手合わせはごめんこうむりたいが、そんな暇もないほど領民を守るため領内を駆け巡ってくれている。


「とりあえず落ち着け」

「わかってる。……だけどよぉ!」


 四、五十人が集まっても狭くない空間だけあって、アビが感情をぶつけても何かが壊れるだけ。その犠牲になるのが扉だが、そろそろ我慢の限界が近いようだ。

 宥めるサンを無視して、苛立つアビは歩み寄ってくる。


「なぁあ、ループス。いつになったらあの領主さまが考えたとやら状況になるんだ? いつまでも加減し続けるのも限界だぞ」

「……それは」


 瞳孔の奥に宿るどす黒い感情が渦巻き、私のことすら喰らいかねない迫力があった。

 それでもアビは、忠実に私の指示を聞いてくれている。正確にはソフィリアが企てた作戦《ディストラー領地奪還作戦》、その第一段階が始まっていた。作戦名通り内容はシンプルで、駐屯する国の兵士たちが領地から立ち去ってもらう。

 もちろん、話し合いで穏便な解決と交渉を希望としている。

 そのためには、こちらから派手な抗戦にはでられない。前までのように水面下での抗争を続け、被害に遭う一部分の領民たちを警護する。生憎と兵士たちが襲う職種に就く女性は夜のお店で働き、時間帯にはある傾向があることに最初は簡単だった。

 それを今までループスたちが集めてきた情報をもとに、ソフィリアがまとめて経営オーナーやキャストに書面での説明。その擁護として私たちが営業中の店周辺に張りつき、送り迎えをする。安全性を考えるのであれば、個人に対して一人の男性をつけたいものだが、それはアビに強く却下された。

 いい分としても、公私混同をしない者だけとのこと。

 明らかに男性を敵と定め、共に行動をしてきた仲間であろうとお構いなし。もしもの場合を考えた、彼女らしい提案だった。

 何よりもアビの脅し、片手大の石を握り潰したのが効いたのだろう。

 そして今はキャストの傍には女性を、周辺を男性が一般を装いながらつく。

 そんな構図が出来上がっている。

 ただそれも、完璧というわけではなかった。

 路地裏で待ち伏せされ、複数でかかってこられると手も足もでない。この点が独学で拳を振るって身についた者と、国からの訓練を受けた兵士の違い。いくら生まれつき土地勘があるとはいえ、相手も所かまわず襲わず選んでいる。

 お陰で護衛に就けていた一部が手負い、最悪の場合は駐屯地の牢へと放り込まれていた。

 こちらばかりが傷を負うだけで、向こうには交代制ができるほど人員が潤沢している。


「それに、お前だっていいのか?」

「アビ」


 睨みを効かせるアビに、サンが腰を浮かせるのを片手で制する。


「……わかってる。彼女らのところには、俺が直接行く」

「そうしてやれ」


 鼻から息を吐いたアビは離れ、近くにあったソファにどっかりと腰を落ち着ける。投げだすように脚を延ばし、ゆっくりと瞼を閉じて黙り込む。

 彼女なりの気を落ち着かせるポーズらしいが、何とも人目を気にしない大胆さ。

 ……それくらい、ループスたちを信頼してくれてるんだよな。

 身を寄せ合ってきたのもあるだろうが、アビも女性であることは変わりない。しかもここずっと、率先と警護に回ってくれている。

 自身ですら危険な場へと出向き、毎日奮闘してくれているのだ。

 精神的な面できているのかもしれない……。


「……襲うなよ」

「バカいえ」


 私とサンを挑発する、片目を開けて口角をあげるアビ。

 それに対して、鼻で笑って肩を竦める。

 だって私、女の子だもん。

 サンも同意するように片頬をあげ、テーブルに広げた地図に視線を落とした。

 しばらくの沈黙が訪れ、私は考えてしまう。

 アビが釘を刺してきた件、ループスがお世話になってきた女性たち。想像通り、ワイズのほかにも複数いて、勤める職種も違う。

 だけどそのほとんどが、夜のお店で働く女性が多い。

 意図して私、ループスがお世話になる女性たちを贔屓するのも非難の声がありそうだった。だから平等な人員を割り振り、この状況を対処してもらうことしかできなかったのも事実。

 ワイズですらどんな関係性かわからないのに、他の女性となるとボロがでかねない。

 何よりも指名手配中だ。

容易に外を出歩いて捕まるのは、ソフィリアの計画が破綻してしまいかねない。


「旦那、ちょっといいですか」

「あ、ああ。考え事してた」


 見透かされたような心配顔をするサンに、私は指差された地図へと視線を向ける。


「やはり領民全員を集めるとなると、広場くらいしかないですね」


 そして今、第二段階へと作戦が移行されてもいいように話し合いを続けていた。


「人数を分散させて領内に配置して集めると、ここと……ここもか」

「ですが各箇所との距離もありますし、一か所を狙われて人質に捕られると……」

「問題は人員か」


 どうしてもその壁にぶつかってしまう。

 話に聞く限り、アビ並みとはいかないものの兵士にも魔法や魔術が使える。個々の魔力量はわからないが、属性を組み合わせた連携には敵わない。

 ここにも現場慣れという、技量がでてしまう。

 ……ソフィリア、本当に領民を無傷で守れるのか?

 そんな疑念を抱いてしまう。


「ん? メリーからの連絡みたいです」


 どこから入ってきたのか、一羽の鳥が室内にもかかわらず両翼を伸び伸びと広げて上空を旋回する。

サンが片腕を伸ばすと、止り木をみつけたかのように近づいてきた。

 その足には折られた紙が結ばれ、どこからか連絡をくれたメリーからのようだ。

 メリー自身が飼いならしているというのもあるが、何やら対話能力があるらしい。サンやアビ、レオンにも打ち明けていないとのこと。当人が何かしらを気にしているらしく、あえて触れていない。

 ただ、羨ましいと思う。

 他にもいそうで、機会があったら聞いてみようかな。


「旦那、不味いことになりました」

「どうしたんだ」


 先に目を通していたサンから紙を受け取った。


『広場に異変あり、複数の兵士が集まっている模様』


 内容からすると偵察中、これまでの巡回行動とは異なるようだ。

 ここはソフィリアに指示を煽り、適切な対応が必要な場面。下手に私がまた動き、事態を悪化させてしまう可能性がある。

 だからといって待っている間、何もしないとは限らない。

 一般である領民を人質にとって脅し、私をあぶりだす。

 もしくは、すでに捕まった仲間を利用することだってあり得る。

 そうなった場合、事の責任は誰がとることになるだろうか?


「メリーとはレオンが一緒に行動してたよな」

「そのはずです。多少なりの我慢は効きますが、仲間のこともあって気が立ってるかと」


 サンはチラリと、アビへと視線を向けた。

 血の気が多い女性たちだ、いくらメリーでもレオンを止められるか。……いや、絶対に押し切られて終わりだ。

 もしそれで、私のように兵士へと立ち向かったらどうなる?


「……なにグダグダと考えてんだよ」

「アビ……」


 瞼を閉じたまま、アビはソファから動こうとしない。

 ただ声音には苛立ち、もしくは私を煽るような含みを感じられる。


「そうです、旦那。ここは領主の指示を無視して俺達で!」

「ダメだ。それは……計画に支障がでる……」


 珍しく焦りをみせるサンは机を殴りつけ、腰を浮かせて訴えかけてくる。

 この場合、本当のループスならどうしたんだろう。

 あの時、ソフィリアだと知りながら助けようとしただろうか?

 もしくは見逃し、水面下での膠着を望んだ?

 それとも、自分の身や生活を第一に領地から離れたかもしれない。


「旦那っ!」

「ループス」


 迫られる決断に、私はただ茫然と天井を見あげてしまう。

 私の気持ちも知らずに旋回する、メリーが飼う一羽の鳥が伸び伸びと旋回していた。時おり甲高く鳴き、両翼を力強くはためかせている。

 まるで、どこかへと飛び立ちたい気持ちを表しているようだった。


「……サン、メリーにはレオンを止めるように伝えてくれ」

「だ、旦那?」

「あとあれだ。ソフィリアの屋敷に向かってその内容を伝えてくれ……」


 らしくないな。

 こうして誰かの前に立ち、自信満々に指示をだした経験が無いと思う。いつも変わらない毎日を過ごして、朝起きて学校に向かう。登校して授業を受けてお昼を迎える。……ここにいるサンたちのような仲間、友達と呼べる相手がいたのだろうか?

 思いだせない。

 学校が終わって、寄り道もせず真っすぐと家に帰るのだ。

 だけどなんでなろう、気持ちが重かったような気がする。周りが怠いとか、授業が面倒だって口癖のようにしていた意味がわからなかった。

 ……それくらい学校が好きで、優等生だったのかな?

 なんか、違う気がする。


「アビ、疲れてるところ悪いがいいか?」

「おう」


 気づけば、私は立ちあがっていた。

 不意に脳裏を過ったあの光景、気持ちはなんだったのだろうか。今となっては霞んで思いだせないが、この世界のモノでないことはわかる。

 もしかしなくとも、本来の私がいた世界かもしれない。

 けど今は、この状況をどうにかしないといけないのだ。


「あくまで兵士たちが領民を盾に脅して来た場合を想定する」

「……避難誘導ってことか?」

「その時間は俺が稼ぐ。だからサン、ソフィリアを連れて来てくれ」

「危険です、旦那!」

「もしもの場合は手を――」

「ダメだ」


 短い言葉で遮り、サンとアビの顔を交互にゆっくりと見据える。


「この領地は誰のものだ? その領主であるソフィリアの要望は、話し合いでの交渉を望んでいる」


 露骨なアビの舌打ちに笑みを向け、サンへと横目を向ける。


「大丈夫だ、俺はみんなを信じてる」

「他にも声をかけておきます。……絶対に無茶はしないでくださいよ!」


 駆けだしていくサンの後ろ姿を見送り、しばらくその場から動かない。


「負担をかけるな」

「ふん、何を今さら」


 鼻で笑うアビと顔を合わせ、深く息を吸って吐きだす。


「アビって、ホントいい女だよな」

「……気でも触れたか?」


 ようやく身体が動きだし、久しぶりに外へとでる。

 後をついてくるアビの気配を感じつつ、メリーからの報告で受けた広場へと足を向ける。


「おい、こっちだ」

「……案内任せた」


 首根っこをアビに掴まれ、なんともカッコ悪い幸先になった。

 ソフィリア、ごめん。できる限り事態を困惑させないようにはするけど、何もしないで指を咥えてみてられない。


「ちなみに聞くけど、誘導ルートは憶えてるんだよな?」

「アタイ以外の誰かが憶えてるだろ」

「マジかよ……」


 快活と笑うアビに、ただただ不安でしかなかった。

 それでも、妙な安心感がある。

 こんな行き当たりばったりで上手くいくことは少なくて、その時の運がよかっただけ。

サンと出逢い、中身が私に入れ替わったことを偽っての記憶喪失。普通であれば疑われてもおかしくないが、集められた仲間たちは信じてくれた。そして優しく、変わらず接してくれたのだろう。

賑やかで楽しかった。

 それにソフィリアもだ。幼いながらも領主を務め、この身体のループスが『グズ男』だという噂を耳にしながらも身を案じてくれた。しかもそれを逆手に、長年温めてきたと思う作戦を決行する、見た目に反した強かと豪胆さがある。

 そしてニルヴァさんや、爺やさん。

 しっかりと疑いながらも表面上は親し気で、主であるソフィリアを守ろうとする強い意志を感じられる。厳しくもあり他人想い、案外仲良くなれるかもしれないと思う。

 何よりもワイズのように甲斐甲斐しく、『グズ男』とわかりながらも世話してくれた女性たちがいる。中には兵士たちからの被害に遭ったと聞いた時、このままでいいのかと考えた。

 顔も名前も知らない、ループスのことを気に入る他人でしかないのにだ。

 後はお節介な領民たち。

 言葉の節々に嘲笑や辟易のような感情が滲んでいて、容赦ない『グズ男』という言葉で刺してきた。それも一種の愛情と思えば、温かな場所がここにある。

 それを私のような、ループスの身体に憑いているだけなのに胸の奥が温かくさせてくれるのだ。

 そう思える場所を、守りたい。

 ここで引き下がるなんて、本当の『グズ』な気がしてしょうがなかった。


「アビさん」

「おう」

「そろそろ離してもらっていっすか? いい加減自分で歩くよ」

「ははっ! 違いねぇ!」


 今さら気づいたようにアビは雑に手を離し、危うく躓きそうになった。

 それをどうにか両足で踏ん張り、顔だけを振り向かせたアビの後ろをついて歩いた。



「おう、様子はどうだ」

「……?」


 それからしばらく歩き、広場を見渡せる建物の陰でレオンとメリーをみつけて合流した。

 だから普通に声をかけたつもりだったが、レオンは目を丸くさせている。

 それもそうだよな。

 内心で呆れつつ、アビの雑さ加減に笑うしかない。


「おいおい、あれだけ好意を寄せる相手がわからないのか?」

「いや、絶対わからねぇだろ」


 来る道中、周囲への顔バレを防ぐためアビに被らされた紙袋。目もとに穴をあけるというだけで視野を確保し、ここまで路地裏を進んできた。

 堂々と表で顔を晒すのは問題だろうが、人目を掻い潜ってきている。……必要な変装だったのだろうか?


「……」

「レ、レオン。よくみて、傍にアビがいるんだよ」

「…………」


 疑問が絶えないものの、隣にいるメリーを盾にこちらの様子を窺うレオンに警戒されている。


「俺っ――」

「ひし」


 人目もないことを確認して紙袋を外した途端、腹部を襲った衝撃に苦悶する。視線を下に向ければ、メリーを盾にしていたレオンが引っ付いていた。距離にしてもそれほど離れてはいないものの、瞬きする間で詰めれるわけでもない。

 あいっかわらず、力を使う場面が違ってるよな。


「振られてやんの」

「別に、そういうわけじゃないですから」

「お~い、何こそこそしてるんだ」


 アビがメリーを揶揄っている様子だったが、気にせず建物の影から広場を覗き込む。


「んで、状況は?」

「つい数時間前ですかね、駐屯する宿舎から兵たちが集まり始めました。……何かしらの目的があるような行動としかわかりません」

「……しばらくは様子見か。他の仲間は?」


 メリーからの報告はさっきと変わらず、広場もやけに兵士の数が多く見受けられる。

 その異変に、周囲の領民たちも気づき始めていた。


「メイン通りに数人。あたいらと同じで、建物の陰に隠れてるのを含めると……半分もいないかな」

「何が起こるかわからない、誘導の合図をだしたら行動に移してくれ」

「……了解」


 どこか納得がいかない様子のアビだったが、すぐさま路地裏から姿を消した。


「ルーっち、何するつもり?」

「出来ることなら、何も起こらないことを祈るばかりだよ」


 そういってレオンの頭に手を乗せ、息を潜めて広場を注視する。

 それも数分とかからず現状が動き始めた。

 広場の中心となる噴水前、周囲を兵士に守られる形で一人の女性が台に立つ。


「この度は、領民の皆さんを不安な気持ちにさせてしまい申し訳ない。私の名前はミールナ・D・グレイスだ。

 ここ、ディストラー領地に駐屯する兵士たちの指揮を執る隊長を務めている」


 長いブロンズの髪を後ろでまとめ、凛々しさを感じさせる目もと。遠目からでも顔立ちの良さがわかり、胸もとの銀色の鎧や腰に帯剣する姿がどこか歪に感じる。


「ふ~ん、あれがねぇっ!?」

「ルーっち、鼻の下伸びてる」

「そんなわけないだろ!」


 容赦なくレオンに爪先を踏まれ、咄嗟に大きな声がでそうになるのを堪えた。

 ただ単純に、どんな指揮官か気になっただけなのに……。

 ポコポコと腰回りを叩いてくるレオンに呆れ、下手ないい訳をしたところで疑念感をさらに植えつけるだけ。

 だからあえて触れず、彼女の行動を観察する。


「皆も知っての通り、ここディストラー領地に未だ潜伏していると思しきとある男を探している。

 名は、ループス。

 少なくとも一つや二つ、それ以上といった噂に等しい事実を耳にしたことはあるだろう。

 だからといっても国、強いては一領民でしかなかった」


 そうでありたかったよ……。


「だが先日、巡回をしていた数名の兵士に対して暴力を行った。しかも一方的で、その後に逃走。今も尚消息がつかめず、この領地のどこかに身を潜めていると私は考えている」


 日を重ねるごとに傷つく仲間が増えていき、正直いって歯がゆい思いが強かった。

 だけどようやく、ソフィリアが想定していた事態になりつつある。


「私たちは国を守る兵士であり、その任を国王から賜っている。

 にもかかわらず個人的な理由からの暴力行為は国の、国王に対する敵意の表れでしかない。そんな危険な因子を改心、最悪の場合は排除しなければ、国の平穏がいつか脅かされてしまう」


 あのぉ~そういった意図は全くございませんが?

 続く、ミールナの話に耳を傾けた。


「だがいつになってもみつかるどころか、手掛かりになるような情報すらも得られない」


 握った拳を空高く掲げたミールナは、本当に悔しそうな表情を浮かべた。

 だがそれも一瞬で、目もとを細めて眼光を怪し気に輝かせる。

 たったそれだけで鳥肌がたち、傍にいたレオンですら体勢を低く警戒する気配が伝わってきた。


「……それはすなわち、ディストラー領地の領民全員が口裏を合わせている。そうまでして庇う存在であり、国に対する何かしらの思惑を抱いているのではないだろうか」


 ミールナの疑いにざわつく広場。

 その垂らされた疑念の一滴が波紋を生み、しだいに広がっていく。

 ただならぬ雲行きに、辺りの空気が張り詰める。


「本来であれば領主であるユリム・M・ソフィリアに話を通すべきなのだろうが、彼女は十歳と若くて幼い。

 ……何よりも、この件に加担している可能性が非常に高いと考えている。

 領民に対して重税を課しながら国へ、強いては駐屯する私たち兵士に支払われる給金も先延ばしになっているのだ。

 それは個人の資金を蓄え、他国、もしくは傭兵たちを雇って国の転覆を企てているのではないだろうか!!」


 ……は?

 あくまでミールナの個人的な考えであり、意見だと捉えれればよかった。

 けど、ユリム家の内情に触れて、ディストラー領地の置かれている状況。領主としてのソフィリアが今後を考え、どうしていきたいかという未来(ビジョ)()の一端を垣間みた。……と、思う。

 これこそ私の勝手な空想だったとしても、幼さと可愛さの内面に秘めた強かさを目の当たりにしている。

 でなきゃあの広い屋敷で必要最低限、贅沢を控えた生活を送らない。

 あの日に街へとでていたのだって、元もと使用人だった夫婦の子供を秘かに祝うためだ。直接は顔を合わせられないが少しでもいいものを食べて欲しく屋敷の物をオークションにかけて、少ないながらも得たお金を渡しに赴いた。

 そんな出先の帰り、まさか兵士に襲われるなんて露知らず。

 何よりも自身の存在ですらオークションにかける覚悟を決めた十歳の少女が、国の転覆を図るのだろうか?


「ルーっち」

「……悪い、ちょっとな」


 裾を引っ張られる感覚に、どこかへと飛んでいた意識が戻された。

 その先を視線で追うと、レオンがこちらを見あげている。表情から何かを汲み取れないが、あまりにもタイミングは絶妙だった。

 ソフィリアが兵士に引っ張られ、路地裏へと連れていかれる時に近い似た感覚。

 短く息を吐き、レオンの頭を優しく撫でてあげる。

 こんな些細でひと時ともないやりとりは、ミールナにはお構いなし。


「そして今日! 領主に対する疑いを、このディストラー領地に住まう領民へと向けることにした。

 理由はいうまでもないが、国の転覆を企てる因子をあぶりだすためだ!」


 気づけば広場を取り囲むように兵士たちが立ち塞がり、ミールナが剣を抜く動きに合わせて腰へと手を伸ばしていく。

 領民たちの動揺と困惑が嫌でもみてとれる。


「レオン」

「わかった」


 おそらくこれは、ソフィリアがいっていた最悪の場合だ。

 領民を盾に私という存在、ループスを誘きだす。必要とあれば傷つけることも厭わないとなると、どれだけの領民たちが被害に遭うのか。

 ただでさえ女性、一部の職業に勤める人ばかりが襲われているのだ。

 あの様子からしてミールナという隊長は、部下からの隠蔽された報告ばかりされているのだろう。

 彼女がどんな扱いをされているか知らないが、あまりにも可哀そうに思えた。

 だからといって、目先の光景は看過できない。

 レオンにだした指示に続き、メリーも路地裏の方へと消えていった。

 彼なりの状況に合わせた立ち位置、役割をしっかりと理解できている。だから問いただすこともせず、建物の陰から広場の方へと一歩を踏みだす。

 それと同時に、レオンが小さな袋を数個空高く蹴りあげた。


「何事だ!?」


 よく晴れた青空、広場の噴水を中心として白い粉末が辺りに撒かれる。

 もちろんただの小麦粉だ。

 それを知らないミールナを始めとした兵士たち、集まっていた領民たちはパニック状態へと陥ってしまう。

 急な事態に領民たちは混乱して、広場から我先に逃げだそうとする。

 それを押し留めようとする兵士たちも、ミールナからの指示がないためか反応が瞬時できていない。

 勝手に招いた混乱とはいえ、怪我した領民がいないか心配だった。

 だけど、お陰で道が開ける。


「落ち着け! 出来るだけ領民には手をださず――」

「領民の避難路を確保しろ! 多少なりの抗戦は認める!!」


 途端、どこからか地面を揺らすほどの落雷が鳴り響いた。

 アビのヤツ、やりすぎるなよ?

 次々と落雷が鳴り、おそらく兵士たち? の悲鳴染みた声が届いてくる。

 どこか声音や振る舞いは平静を装い、しっかりとした隊長の役割を担っていたミールナ。それは今も健在のようだが、さすがに事態を飲み込めていないようだった。


「こんにちは、隊長さん」

「……のこのこと現れてくれるとはな」


 抜いていた剣先を向けられるが動じない。

 ……ウソです! いつ斬りつけられるわからないし、出来ることなら逃げだしたい!

だけど、ループスの身体を使う限りは振る舞いに気をつけている。仲間たちは記憶が無い体で話は通ってるけど、どこか厳しくも親しい領民たちには説明できていない。

 だから、致し方ないのだ!!


「俺なんかを探しだすために大層なことで」


 隣にレオンがいるだけでも心強い。

 ポケットに両手を入れながら、混乱が収まる気配のない広場を見渡す。


「こちらとしても穏便に済ませたかったのだが、領民たち総出で口裏を合わせられると中々にみつかる気配もなく致し方なかった」

「なんのことやら」

「惚けるな!!」


 陽の光を反射させる剣先を輝かせ、ミールナの傍にいた兵士たちも私たちを取り囲もうと動きだす。


「ジャマ」


 それを良しとしない一陣の風が、兵士たちの手もとを的確に狙っていく。

 短い悲鳴と共に地面へと膝をつき、痛みを訴え呻きだす。

 うわぁ、イタそぉ~。

 レオンによる兵士たちの武力鎮圧はスムーズで、ミールナと二人っきりで向かい合う。


「ぅっ!?」

「し、しんどい……」


 右脇への衝撃に辛うじて両足で踏ん張り、勢いそのまま飛びついてきたレオンを支える。

 絶対に一人や二人くらい狙いが外れ、レオンの蹴りをどこかしらに受けると思っていたが杞憂のようだった。普段は気だるげな態度からは想像できない働きに、目を丸くしながらも口角をあげる。


「生憎と、国への転覆を目論んだことはないんでね。変ないいがかりはよしてもらいたいだが……」

「ここまでのことをしておいてどの口が言うか!!」


 立場上では二対一だが、ミールナは動じるどころか果敢に挑みかかろうとしてくる。

 話し合いでの解決、無理じゃないかな?

 領民たちの安全を第一に考え、ソフィリアの指示もなく動いてしまっている。出来ることなら私が話して、さまざまな誤解を一つずつ説明するつもりだった。

 ミールナの言葉を借りるなら、本当の意味でのこのこと姿を現してしまっている。

 どうせ、ここで事を構えたところで次。王都の方から別の兵士たちが送られてくるのだろう。

 だったもう、これまで被害分を含めて追い払った方がいいのでは?


「まったく、どういう状況なのよ」

「すること成すこと予想外だな」


 すると、よく通る声で叱られた。

 もう一方は呆れを超え、感心している様子がある。


「ソフィリア! それにニルヴァさんも!?」


 白のワンピースが愛らしく、腰回りにはアクセントとなる黒のコルセット。ただでさえ華奢な身体の線がハッキリとさせつつも、広がる裾にはボリューム感を持たせている。気のせいか裾が青っぽく輝いているようにみえた。

 うん、本当にお人形さんみたいだ。


「お仲間さんから事情は聞いて駆けつけたのだけれど、様子がまったく違うのはどういうことかしら?」


 ジトっとした視線を向けられ、ニルヴァさんに助けを求める。


「領民たちの避難は不十分のようですが、順調そうですね」


 何故か全身白のコックコート姿のままで、まるで食材の買いだしにでも来たかのような感覚を思わせるニルヴァさん。

 それでも目をひく、左腕の手首から肘へと伸びる裂傷痕。

 今日はなぜか両手の指がでる黒のグローブをはめていた。


「……ニルヴァ?」


 わかっていて視線を合わせようとしないニルヴァさん。

 そんな彼の様子を、ミールナはどこか訝しむような視線を向けて呟く。


「ルーっち、虐めないで」

「あら、そんなつもりはないわよ」

「おいおい、今はソフィリアと争ってる場合じゃないぞ」


 何故か敵対心剥きだしのレオンにソフィリアの注意が逸れ、二人の間に妙な緊張が走る。


「初めまして、領主のユリム・M・ソフィリアよ。活躍は他のお仲間さんから聞いているわ」

「……レオン。こっちこそ、ルーっちから領主さまのしたいこと聞いてる」

「『さま』はいらないわ。気軽にソフィリアとでも呼んでちょうだい」

「わかった、ソーっち」


 ……おや? 今、何が行われた??

 一見普通の自己紹介のように思えたが、レオンからの棘らしい雰囲気が消えた。むしろ私以外、ループスのことを呼ぶ『○○っち』で誰かを呼ぶ姿を初めてみる。


「ソーっち……まぁ、気軽でいいわね」


 動揺を隠せないのか、ソフィリアも不思議そうに瞳を丸くさせている。

 だがそれも短い咳払いに意識が戻された。


「これは領主のソフィリア様じゃないですか、どうしてこのような場所に?」

「こうして対面するのは数年前、貴女が屋敷に挨拶をしに来た時以来かしらねミールナ・D・グレイス隊長さん」


 ソフィリアの存在に驚きもせず、ミールナは剣を納めた。

 対して争う気もないといった素振りで、ソフィリアも両手を組んで微笑む。

 周囲が混乱する中、領主と隊長という立場の二人が無言で向かい合う。

 先に口を開いたのはソフィリアだった。


「大変申し訳ないのだけど、一帯にいる兵士の方々を下げてもらえないかしら」

「それは構いませんが領主様、先に手をだしたのはその隣にいる者の仲間ですよ」

「……そうなの?」


 誤魔化しきれない事実ではあるが、真摯に理由を説明するしかない。


「……悪い。領民を避難させるため、仲間にある程度の抗戦許可を……」

「……はあ」


 露骨にため息を吐かれ、無言の笑みを向けられる。

 こわっ!!!?

 そしてミールナへと向き直り、ソフィリアは深々と頭を下げた。


「それはこちら側が悪いことをしました。お願いです、兵士の方々を下げていただけないでしょうか」

「う、うむ……直ちに兵をさげよ……ます」


 兵を下げるまで頭をあげようとしないソフィリアの姿勢に、ミールナの方が慌てた様子で声を張る。


「ループス、貴方もよ」

「すぐに」


 頭を下げたままのソフィリアに視線を向け、小声でだされた指示に従う。

 どこからか返事をするような落雷を最後に、広場の騒がしさは霧散していった。

 ……これでアビの鬱憤が多少なりと晴らされたならいいけどな。

 やり過ぎという疑念がありつつも、上空に撒いた小麦粉もどこか風に吹かれていく。お陰でよく晴れた青空を覗かせ、領民たちからもソフィリアの姿を窺える。

 未だに混乱を渦中のまま、事態が新たな方へと動きだそうとする気配があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ