閑話休題:騎士団長としての憂う日々
「以上、報告を終わります」
「ご苦労、下がって構わない」
部下から手渡された報告書に目を通しつつ、変則的に編成した部隊長を下がらせた。
……どこにいる、ループスとやら。
誰かにみせるわけでもなく整えたブロンズの髪。せめてもと女性らしさを残して伸ばしてはいるものの、何をするにしても邪魔でしょうがない。だから王都の雑貨屋で葉をモチーフに凝った模様が気に入ったバレッタで、後ろの高いところでまとめているようにしている。
「一息入れるか」
短く息を吐き、バレッタを外して軽く頭を振る。
基本業務が執務ばかりと、王都から遠方にここは平穏な日が続いてしょうがない。それは領民からすれば悪いことではないのだが、毎日のように提出される報告書に目を通すだけというのも退屈だ。
何やら素行の悪い領民と揉めたと報告は目につくも、取り立てて些細なモノばかり。
それが今回、つい数日の夕暮れ時に受けた報告が現状を一転させた。
数名の兵士が巡回中、急に領民からの暴行を受けたとのこと。
しかも相手は一人の男性で、ディストラー領地に駐屯して耳にした噂の『グズ男』。
初めはどこにでもいそうな、働きもせずフラフラとして女の世話になっているだけのヤツと認識していた。
それは紛いもない事実で、嫌というほど兵からの報告書に記載が続いている。
実際に街中でもその姿をみかけ、隣には違う女がいたと思う。
だから報告を受けても信じられず、運ばれてきた部下の容体をみて重い腰をあげた。訓練された兵士を一撃、しかも二人を相手にしても怯んだ様子もなかったという。
その後に逃走。
今も尚みつかることはなく、この領地に潜んでいる。
そう確信を抱き、街中に指名手配書をばら撒いた。重税に苦しむ領民を煽るために報酬をつけ、あくまで善意に寄る行動という体で国へは報告を済ませる予定だ。
そうした方が国からの見栄えもよく、駐屯する部下たちを率いる指揮官の名も挙がって知れ渡る。
「あと何年、この領地にいればいいのだろうか」
窓辺へと近づき、王都がある方角を遠く眺める。
国の兵士と領民たちが手を取り、反旗を翻す可能性となる悪の芽を摘む。
そんな環境を築きあげ、国王への忠誠心を貫き続ける。
気づけば、家にも帰っていない。
定期的に近況報告の手紙を書いてはいるものの、返ってくるのは縁談の話ばかりだ。名の知れた名家が多く、年齢も比較的近くて条件としては悪くない。
だけど、私が兵士になった意味がなくなる。
どうしても兵士になり、騎士となって知らしめたい。
男性だけが成り上がる社会ではなく、女性でも努力をすれば可能性はあると。
……こんな考えを抱いている時点で私も、ループスという『グズ男』と変わらない反旗を翻す可能性をとなる悪の芽、罪人なのかもしれないな。
「違う。私は、私は胸を張れる騎士になるんだ。そうすればいつか……」
噂に聞く国王直属の騎士、ニール・カイヴァ。
年齢不詳の男性で、国からの依頼があれば動く傭兵団に所属していた。依頼がなければギルドからの要請も受け、貴族の身辺警護や住み着いた魔物の盗伐。他にも領地で悪さをする連中を捉え、道行く者から 金品を強奪する盗賊を壊滅へと追い込むなど。
私が調べた限りでは収まらないほど、数々の有名な話がある。
それだけでは国王直属どころか、騎士になれるかも定かじゃない。
だが彼は、それを成し遂げてみせたのだ。
年に一度開催される王都の祭典で、あと一歩のところで優勝できるチャンスを逃した。
正確には、出席する国王の暗殺を企てる連中を裏で仕留めていたのだ。
誰もがそんな暗躍に気づかない中、彼だけは目聡く未然に防ぐ。
その実績が評され、直属の騎士になった。
……そして数年も経たずに、彼は行方を晦ませている。
最後の手掛かりは遠方の地に住み着いた魔物を、傭兵団と討伐する内容だった。そこで命を落としたことになっている。
……そんな筈がない。
そう思い、兵士になって彼の行方を追っている。
彼のことだから今もどこかで魔物と戦い、国のため、領民のためと人知れない活動を続けているに違いない。
だからこれくらい、些細な領民の反旗は摘めなければ。
これが彼に対する好意なのか、純粋な憧れに対する思いなのかわからない。どうしてこんな気持ちを抱いているのか知りたくもあり、そうじゃないと否定する感情もある。
「ひとまずは次の案を考えるとするか」
席から腰を浮かせ、専用の紅茶セットを棚から取りだす。
どこか籠った空気を入れ替えようと窓を開け、吹き込んでくる夕方の風に時間の流れを感じてしまう。