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エピローグ:イエス、マイロード

「……あら、目が覚めたの」

「長い、夢を見ていた気がするよ」


 差し込む陽射しに目を細め、手の甲でひさしを作って遮った。


「その夢を見ている間、色々とあったわよ」


 流れる色素の薄い水色の髪、こちらを覗き込む水銀色の双眸。懐かしいとは感じないほどに見慣れた、幼さと大人っぽさを宿した少女。


「その色々を訊かせてもらえるか、ソフィリア」

「貴女にはその権利があるわよ、ループス」


 どこか淡々とした口調は平静を装いながらも、満足のいく結果だというのは表情から伝わってくる。

 その辺は変につつかず、私はただ耳を傾けた。



 ソフィリアが指揮を執った、ディストラー領地のアウトローを利用した白兵戦。元から領民たちが足を踏み入れない場所であり、それは巡回する兵士たちも同様で地の利もない。

 だけどループスが率いるはみ出し者集団からすれば庭で、どこが隠れられやすく、待ち伏せに適しているか、足場の悪さまで把握しきっている。

 それをソフィリアが戦局として各所でまとめ、兵士たちを誘い込み、出しては奇襲をかけ続けたとのこと。

 何よりも一番作用したのは、領地全域を包み込むほどの濃霧。

 前々からソフィリアがこの状況を想定し、秘かに領地の各所に忍ばせてきた隠し玉。

それが上手く作用して、兵士たちとの戦力や経験の差は歴然ながらも覆した。



「それもこれも、貴方があそこで兵力を削いでくれたのも大きいわ」

「その点、レオンやアビも褒めてやってくれ」

「生憎とだけど、領民挙ってちょっとしたお祭り騒ぎで祝ったわよ」

「……なにそれ、すげー参加したかったんだけど」

「大丈夫よ、後片付けという仕事が残ってるわ」


 何のありがたみもない事実に、私はただ笑うしかなかった。

 人遣い荒いなぁ~。



 そんなこんなで病み上がり? の状態で屋敷をでると悲惨な光景が広がっていた。


「おう、ようやく起きたか」

「ニルヴァ、休んでないで手を動かせ」


 あちこちが穴だらけの、花壇と思しき面影がある正面玄関の庭園。

 その場の風景に似合わない、白のコックコートに身を包むニルヴァさん。熱くないのか心配な執事服の爺やさんの二人が、スコップを手に穴を埋めていた。


「これを機に屋敷全体の庭を一転するのもありかなと思ったのだけれど、なにぶん人手が足りてないのよ」

「領民たちに助力を求めるのも……ありなのでは?」

「向こうも似た状況なのよ」


 肩を竦めてため息を吐くソフィリアに、私は項垂れるしかない。

「とりあえず、執事としての初仕事よ。頑張ってちょうだい」

「畏まりました、ソフィリアお嬢様」


 恭しく頭を下げるのも変だと思いつつ、爺やさんの手前もあった。どこかぎこちない表情を浮かべるソフィリアが気になったけど、執事服の袖を捲って意気込む。


「そうだ、夜とかって時間貰えますか? 少し、話したいことがあるんですけど」

「……夕食後で構わないのなら談話室、それとも私の自室がいいかしら?」


 正直悩んだが、私は自室でとお願いして初仕事に取りかかる。一日で終わるとは思えない途方もない作業を、無心になって手を動かした。



「た、食べ過ぎた……」


 あちこちと全身が悲鳴をあげる中、ニルヴァさんが作ってくれた夕飯を済ませて屋敷内を歩いていた。肉体労働で疲弊した身体が求める、ガツッとお腹に溜まるボリュームながらも優しい味つけ。

 明日も頑張ろうという気力も沸き、心も身体も充足感に満ち溢れていた。

 それでもやることはまだある。


「入ってちょうだい」


 扉をノックすると、内側からソフィリアの声が聞こえてきた。

 ゆっくりと扉を押し開き、ランタンの明かりでぼんやりと薄暗い室内に足を踏み入れる。促されるままにソファへ、ソフィリアと向かい合う形で腰を下ろす。


「それで、話しということだけれど……何かしら?」


 こちらを覗き込む、優し気に弧を描く目じり。どこか不安そうな表情にもみえたが、室内の雰囲気も相まっているのかもしれない。

 だけどそれは、ただの杞憂。

 このことを誰これと構わず打ち明けるのは躊躇いがあったけど、ソフィリアだけにならと思う私がいる。

 執事という立場で主に隠し事。なんていう殊勝な考えからではなく、純粋な直感だ。

 荒唐無稽だとソフィリアに笑われようが、目が覚めてから今まで拭えない事実に戸惑いを隠せないでいる。

 覚悟を決めて短く息を吐き、私は口を開く。


「まず初めになんだけど俺……いや、私はこの世界の住人じゃない。別の世界、異世界からきたただの学生なんだ。しかも見た目も口調もこれだけど、女……です」


 順を追って話せればいいのだろうけど、あの『グズ男』ループスは自分勝手な我儘に付き合わせることになった。

 これといったこの世界での使命もなければ、自由に生きていいとのこと。

 しかも、彼が生きてきた記憶が僅かにだがあって。向こうでの私という『瀬川深幸』としての存在も明確に覚えている。

 その辺、本当に配慮してくれたようだ。

 ソフィリアの反応を窺うのが、怖かった。


「ループスはこの世界の住人じゃなくて、異世界から来た学生。……なによりも、女性?」


 困惑するソフィリアは独り言のように呟き、スッと目もとを細めて見据えてくる。


「……何かの冗談、というわけでもなさそうね」


 水銀色の双眸からは感情が汲み取れなかったが、ゆっくりと瞼を閉じて開かれる。


「アナタがそういうのなら信じるわ」

「……え?」


 私は耳を疑ってしまい、口もとに手を当てて笑うソフィリアに困惑する。


「どうして驚くのよ。こうして私に打ち明けたということは嘘じゃない、もしそうだったら物語を書く人か、詩人として各領地を放浪するのもいいかもしれないわ」


 まるで信じてないかのような反応だったけど、口ぶりから年相応の幼さはない。


「だけど、そういった雰囲気がない。だから私ができるのは、アナタを信じることじゃないかしら?」


 そんな一言に、胸の奥が苦しくなった。


「どうして泣くのよ」


 気づくと、目じりから涙が零れ落ちていた。それも次々と留まらず、慌てて手の甲で拭っても追いつかない。

 手渡されたハンカチを受け取り、落ち着くまでしばらく時間がかかった。



「ごめん、急に」

「気にしないで、それくらいアナタにとって重要なことなのだったのでしょう」


 こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

 少しだけ腫れぼったく感じる目もとをハンカチで拭い、終始黙って見守ってくれていたソフィリアを前に顔をあげる。

 ホント、できた娘だな。

 急に私が泣きだしたことに戸惑うどころか、ただハンカチを渡すのみ。訳を訊いて慰めるような仕草もなければ、揶揄うことも一切ない。

 むしろそれがありがたく感じる、心遣いだった。


「さて、ここで話は終わり。……と、言いたいところだけど私からもいいかしら」

「え、ええ」


 どこか既視感のある言い回しだったが、私は素直に首を縦に振っていた。


「アナタの秘密は他言無用で受け止める。その代わり教えてくれないかしら、貴女の向こうでの名前を」

「瀬川、深幸」

「セガワ、ミサキね」


 どこか言いづらそうにするソフィリアだったけど、何度か呟く舌に馴染ませようとしてくれた。

 この名前を知ったところで、どうなのだろうか?

 そんな私の疑問をよそに、ソフィリアは背筋を正す。


「じゃあ、ミサキ。私のことはソフィと呼びなさい。もちろんいつもとはいかないけど、二人っきりの時くらいはいいでしょ?」


 あまりの申し出に困惑したが、何かしらの意図があるのだろう。


「それくらいなら……まあ、いいけど」

「呼んでみて?」

「……ソ、ソフィ」

「ミサキ」


 そういったソフィは、どこか嬉しそうに頬を緩めた。

 ちょっと、不思議な感覚だな。


「それじゃあミサキ、今後とも私の執事としてもよろしくね」

「こちらこそ、よろしくソフィ」


 これが私の、この世界での新たなる生活のスタートとなった。

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