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『グズ男』としての意外な才華?

「なんで馬を操れないのよ!」

「いや、誰でもできる前提で喋らないでもらえるかな!?」


 私は今、生まれて初めて馬に乗っています。

 しかも十歳という少女の後ろに跨り、振り落とされまいと華奢な腰に両腕を回すという必死さ。男としては見っともなく映るかもしれないが、生憎と中身はただの女子高生。一般教養どころか、これといった秀でた才能を持ち合わせていない。

 家庭の方も、確かそれほど裕福じゃないと記憶している。

 ……あれ? その辺……よく憶えてないな。


「ほら! しっかり捕まっていないと落ちるわよ!!」

「ヒィィ~」


 激しく断続的に上下する視界。普段では見ることのない視点の高さに一瞬だけ興奮はしたもので、どこまでも遠く見渡せた長閑な領地の風景が愛おしい。

 速度が上がる中、私はソフィリアにしがみつき続けた。

 時間にしてどのくらい経ったのか、当たり前だが馬での移動は徒歩よりも早い。

 だから颯爽と駆けつける意味合いでは正しくも、メインでもある広場の光景に戸惑いを隠せないでいた。


「……どうなってるんだ?」

「どうも何も、ループスの仲間が領民を避難させているんでしょ」

「だけど、よ……」


 ソフィリアの手を借りて馬から降り、生々しい争いの跡が残る街中を立ち尽くす。

 出店のように軒を連ねていた様々な売り場は壊され、地面には踏み荒らされて原形を留めていない物ばかり。

 何より、至る所が倒壊や抉れている。

 辛うじて怪我人がいないのか、血のような鮮烈な赤は目につかない。それに今にも力尽き、息を引き取りそうに倒れる者もいなかった。

 ただ、静寂な広場がここにはある。


「普段はあれだけ賑わっているのにね」

「とりあえず、仲間たちを探そう」

「……その必要はなさそうね」


 近くに馬を止めたソフィリアは、空気を震わせた振動に顔をあげる。

 すると、よく晴れた空には不釣り合いな雷鳴に遅れて火柱ならぬ、雷柱(らいちゅう)が貫く。それが断続的で、まるで抵抗の意志を露わにしている。


「行くわよ」

「おう」


 心当たりとなる人物は一人しかいなく、彼女の働きが手に取るようにわかる。

それ以外にも陰ながら動く仲間たちが必死になってくれている、そう思うだけで足を止めている暇はない。

 誰一人として負傷していないことを祈りつつ、ソフィリアの後を追おうとした。


「待て、待て! 本当にその格好で行くのか?」

「……そのために着替えたのよ?」

「えぇぇ……」


 屋敷をでる前、ソフィリアは着替えるため自室に立ち寄った。そしてシンプルな白のワンピース姿から一転、目を奪われてしまったのを覚えている。

 瞳の色と同じ、水銀色のドレス。大胆にも色白で傷一つない背中を晒し、馬に跨るには適さない後ろが長い裾のレースをふんだんにあしらったマーメイド。よくみるとレースは動くたびに煌めき、ソフィリアの存在がどこか幻想的だった。

 今から争いの場に向かう格好としては、あまりにも不釣り合い。


「この服はね、私にとって大事なことがある時に着るって決めているの」

「それが……今だと?」

「ええ、ここはディストラー領地。――そして、私が領主だもの」


 覚悟の決まったその瞳と雰囲気に、私は返す言葉はでてこない。


「それに、執事のループスが守ってくれるでしょ」


 だがソフィリアは、可愛らしく態度を変えて笑いかけてくる。

 だから私は頭の後ろをかいて、項垂れるしかない。


「畏まりました、領主様」

「堅苦しい呼ばれ方、嫌いなんだけど」

「……どうしろと?」


 どこか拗ねたようにしかめっ面を浮かべたソフィリアに、私はただただ困らされた。

 まぁ、そういったところが年相応なのかな。

 年が近いレオンとどこか似ていて、違う側面を持つ年下のソフィリア。立ち位置的にも妹が適していながらも、そうとは思えない自立した姿勢。

 私なんかに守られるよりも、率先と矢面に立って向かおうとしている。


「行こう」

「ええ」


 止まない雷鳴に空気が震え、近づくたびにお腹の奥にまで重く響いてくる。

 かくいう私も、執事服なんだけどね。

 急遽だったとはいえ、ソフィリアの執事になった。あくまでミールナを説得する上での建前だと高を括っていたが、屋敷をでる前の着替えを強いられている。

 品のある藍色の上下に、黒のネクタイ。縦のラインは入ったワイシャツは着慣れず、全体的に動きづらさを感じる。

 なにぶん、男性モノに袖を通す機会がこの世界に来てからのこと。


「絶対に揶揄われるよな」

「何か言ったかしら?」


 私は静かに首を振り、奮闘する仲間たちの元へと急いだ。



 第一候補としてあがっていたメイン広場から移動して、領地内で次に広い場所。元より自然が目立つディストラー領地だが、そこは人工的に拓けている。休日に親子で、もしくは恋人同士でのんびり過ごすのもいいだろう。

 だけど、子供が遊べる物が見当たらない。

 そんな公園のような場所に、不釣り合いな格好をした兵士たちがいる。


「アビ! あまり前に出過ぎるな!」

「次はどいつだぁ!?」


 よく通る野太い声に、狂気染みた叫びに近い挑発。


「な、何なんだコイツら」

「怯むな! ただのチンピラどもだ!!」


 それに困惑しながらも勇ましく、押し負かそうとする声。

 他にも至る所からの悲鳴や怒声が渦巻き、混沌としていた。


「領民たちの元に向かうわよ」

「けど、この中を進むのは……」

「注目を一瞬でも集めさえできれば、可能よ」


 まるで『やれ』と言わんばかりのソフィリアからの指示に、頭を悩ませる。


「ルーっち、ソーっち?」

「……レオン?」


 すると、聞き慣れた声の少女が空から降ってきた。

 正確には兵士たちの頭を足場に、得意の脚捌きで兵士たちへと応戦していたようだ。数名をその場で昏倒させ、着地してみせる。


「悪い、待たせた」

「ううん、アビが頑張ってる。……けど、ちょっと厳しい」

「状況を知りたい、どうにかサン辺りと――」

「ん、任せて」

「へ? っ!?」


 親指を突き立てたレオンが、一瞬にして視界から消える。

 咄嗟に振り返って両腕を身体の前でクロスさせると、骨が折れたんじゃないかと思える衝撃に襲われた。最悪、両肩関節は外れたかもしれない。

 そして両足が地面から離れ、遅れて吹き飛ばされたことに気づかされる。

 ウソ……だろ……。

 先日、穴倉のような根城で手合わせした時とは威力が違う。

 それは安易にレオンが全力をだし切らず、制御していたことを指し示す。この世界では成人にあたる男性を、こうも軽々と蹴りあげられる少女って……。

 薄っすらと冷たいモノが背筋を流れるも、今はそれどころじゃない。


「旦那!?」

「おっせぇぞ!!」


 サンとアビ、他にも奮闘する仲間たちから名前を呼ばれる。それがどこか心待ちに望んでいたものであり、それ相応の期待を普段から抱かれていることを物語っていた。

 ただ残念なことに、当人であるループスじゃないですけどね。

 一瞬にも等しかった滞空時間の終わりが近づき、どう受け身をとるか考えてしまう。それくらい冷静なことに驚いていると、自然と身体が動いてくれた。


「悪い、待たせた」

「これくらい、想定通りです」

「ほら! 気ばれよ!!」


 靴底で軽く地面を滑り、せっかくの執事服を汚すまいと両脚で踏ん張って片手をつく。


「……なんて格好してやがるんだ?」

「うるせぇ」


 アビからの怪訝染みた、どこか間の抜けた表情。


「旦那、いったい何があったんですか」

「その辺は――」

「ルーっち!!」


 困惑を隠せないサンを含めた、他の仲間にも事情を説明しようとした。それを遮るように、レオンの声に意識を割かれて視線をあげる。


「ぐへぇ!?」


 私自身が体勢を立て直す暇もなく、胸部への重くのしかかる衝撃に後ろへと倒れてしまう。どうにか執事服を汚さないことを意識していたが、呆気なく無駄になった。


「だ、大丈夫?」

「あ~はい、なんとか」

「ルーっち、がんじょーだから」

「そういう問題じゃねぇ」


 親指を突き立てるレオンに、素でツッコミを入れてしまう。

 もしかしてレオンもだけどアビも、ループスのことを壊れない人間とでも思ってるんじゃないだろうか?

 心配してくれるソフィリアの優しさを感じつつ、すぐに上から降りてもらう。


「……おい、何を考えてやがる」

「お、俺に訊かれても……」


 その辺、初めて馬に乗ったこともあって訊く機会がなかった。

 ただ、ソフィリアが自ら街へと向かうといったのだ。なんの策がなく、身を危険に晒すためにここに来たわけではないだろう。


「おい、本当に領主なのか?」

「……アレが、か?」


 ソフィリアの存在に驚きを隠せない仲間たち。中にはソフィリアを知らない者もいることに驚愕した。

 領主って、誰にでも知られてる存在だと思ってた……。

 私の勝手な思い込みに現実を突きつけられ、改めて仲間たちの一部は頭を使うことを得意としないことを知れた。

 その筆頭は、アビだろう。


「……あぁ?」

「いや、何でもない」


 向かってくる兵士たちと戦う手を止めないアビに睨まれ、そっと視線を逸らした。


「ソフィリア様?」

「……本当にソフィリア様だ」


 そんな芳しくない反応とは一転して、領民たちからは良好だった。

 それに応える形で、ソフィリアは領民たちの前に立つ。


「皆、怖い目に合わせてごめんなさい。だけど安心して、ここからは私が……いえ、私たちが守らせてもらうわ」


 騒めきだす領民たちの中、当たり前だが仲間の一部も困惑している。


「それは、領主が自ら指揮を執るということですか?」


 一時戦闘から離れたサンは、私が身を潜めている期間中にユリム家に赴いているため面識がある。だからなのかソフィリアに対して臆した様子はなくも、表情からは不安の色を滲ませていた。

 ただ厳つくてゴロつきの男性に詰め寄られる構図は、領民たちの不安を駆り立てる。


「それで間違いないわ」


 だがソフィリアは、笑みを浮かべて堂々としていた。


「……わかりました。旦那も、そういう意味なんですよね」

「こういった状況を想定して策を練ったのはソフィリアだ、俺の想像しうる以上のことはしてくれるだろうぜ」

「もちあげ過ぎよ」


 らしくない謙遜した態度だったが、一切の不安はない。

 短く息を吐くソフィリアは、スッと目もとを細めた。それだけで雰囲気がガラリと変わり、間近にいたサンは息を呑む。

 ……ここからがソフィリアの本領発揮だな。

 何度か垣間見たこの瞬間、慣れてきたとはいえ鳥肌が立つ。


「ソフィリア、指示を」


 そう問うと、口もとに手を当てて小さく笑われてしまった。


「ガラじゃないことをしない方がいいわよ」

「……これでも一応、執事ですから」


 あと、爺やさんが怖い。

 ソフィリアを守ると宣言した矢先でもあるし、爺やさん自身が私の執事に対して反対的な姿勢だ。これで指示に従わないのも変な話ではあるものの、この状況を打開できるほど頭も良くない。

 だから適材適所で動くのがベスト。……どこまで私にできるかが不安だけど。

 形だけでもそれっぽく装ったが、ソフィリアからすれば笑いのツボだったらしい。


「ごっこ遊びは他所でやってくれ!」


 アビからの厳しいお言葉。

 正直、一番胸に刺さって辛辣だった。


「そんなに落ち込まないでちょうだい、ループスにはお仲間さんたちに指示をだす役割があるんだから」

「……まぁ、それくらいはするけど」


 ほとんどがサン任せなのは否めないが、私には記憶が無い。それを知った上でも、仲間たちからは厚い信頼を受けている。

 その立場から、ソフィリアのだす指示を伝えるだけ。


「旦那、先に謝っておきます」

「……どうした、サン」

「急だったのもあって、普段使っている旦那の短剣を置いて来ちゃいました」


 心底申し訳なく謝ってくるサンに、私は言葉を詰まらせてしまう。

 だって、一度たりとも剣なんか握ったことがない。しかもそれが短剣となると、長さが違うとはいえ非現実的の代物。

 もしかしたら、一番の場違いは私かもしれなかった。


「まぁ気にするな、適当なのを使うよ」

「本当にすみません」


 出来る限り強がってみたものの、どうしたものかと頭を悩ませる。

 とりあえず倒れていた兵士から剣を借り、柄を握ってみた。


「ループス、さっそくだけど行動に移すわ」

「おう」


 現状の報告を受けていたソフィリアは、手にした地図を丸めて遠くをみやる。


「この場を破棄、領民たちをメイン広場の向こう側に移動させるわ」

「……メイン広場の向こう側?」


 つい、ソフィリアの言葉を反芻してしまう。

 領地を縦に割ると、一般人の居住区やギルドといった施設、普段から賑わいをみせる街がある。

 そして一方は、荒れくれや訳あり者が入り浸るアウトロー。ループスたちにとってはホームだが、領民からすれば好んで近づこうとしない場所だと聞く。

 そこに招き入れるのはいいとして、中々に難しい問題に直面してしまう。


「ここから領民たちを誘導しながら戦うのは――」

「ええ、非効率ね」

「じゃあ、どうするんだ?」

「このままメイン広場までの道、どうにか突っ切れないかしら」


 何ともまぁ、無茶な指示をだしてくれる。

 確かにルート的には最短ではあるが、立ち塞がる兵士たちがいるのだ。どうにか膠着状態を維持できているとはいえ、さすがにジリ貧でしかない。数で押され続ける限り、こちら側が不利だ。


「サン、できそうか?」

「さすがにこの状況、俺達だけじゃ――」

「勝算は?」

「……アビ?」


 誰よりも前線に立ち、兵士たちに容赦ない雷撃や接近戦を繰り広げてきた。

 にもかかわらず、話に耳を傾けるほど余裕がある。

 アビからの鋭い視線に、ソフィリアは微かに瞼を見開かせた。


「地の利はアナタ達にある。……そうよね?」

「従えば、必ず勝てると」


 迷いなくソフィリアは首を縦に振った。

 応えるように、アビも口角をあげて笑ってみせる。


「レオン、まだ動けるかい」

「ムリィ~動きたくなぁ~い」

「いけそうだね」


 口では気だるげな様子だが、アビに負けないほど奮闘してくれている。


「領主さま、多少なりの建物が破損するのは大目にみてくれ」

「もしもの時は、人手として呼ぶわね」

「はは、気に入ったよ。……レオン、いいね」

「りょーかい」


 血の気が多いと思っていたが、こうも全面的に嬉々とされると止めづらい。


「ループス、兵の半分はあたいらで食い止める。しばらく使い物にならないと思うけど、後は任せるよ」

「……任された」


 爺やさんといいアビもだが、こうも誰かに何かを任せる。その信頼を向けられることに、少しだけ戸惑ってしまう。

 いいや、慣れていないのかもしれない。

 だって中身はただの女子高生で、年齢的にも十五から十八の間位だ。向こうでの記憶が曖昧だけど、ここまで命を張る場面に立たされたことがない。目が覚めて『グズ男』として生きていくことに戸惑いはあったが、のんびりとしたスローライフが待っているのかと高を括っていた。

 それも有りだったろうけど、良しとしてくれない。


「レオン、アビ。道を切り開いてくれ」

「いくよ!!」


 私の一言を皮切りに、レオンが音もなく姿を消した。さっきまでいた場所にはクレーターができ、目では追えないが空中を蹴って移動しているのは肌で感じられる。

 ここからどうするのか。

 視線をアビへと向けると、両の拳をバチバチと音を立てて構えていた。


「まず一発目ッ!!」


 放った一撃は真っすぐと進んでいくも、兵士たちには当たらない明後日の方向へ。前衛で盾を構えていた兵士たちからも困惑、勝機を悟った余裕を感じられた。

 だがそれも束の間、一条の雷撃が急に曲がったのだ。

 しかも不自然に。


「……恐ろしいわね」

「何かわかるのか?」

「彼女の放った雷撃を、レオンが剣先で誘導して弾いているわ」


 そのことは、何となくさっきの一撃が曲がったことで察していた。

 ただ、この世界について無知な私からはピンとこない。

 呆れたようにため息を吐かれ、ソフィリアは目もとを細めて睨んでくる。


「ループス、貴方の仲間のことよね? こんな芸当、普通はできないのよ」

「いやぁ~普段から言い争う姿しか見たことないからぁ~」


 ウソはいっていない。……実際そうだし。


「次、あの前衛の盾部隊がやられるわよ」

「?」


 指差した方向、盾を構える前衛の兵士たちがいた。さっきの一撃から指揮系統が崩れたのか、しきりに辺りを見渡して警戒しているのがみてとれる。

 そして、ソフィリアの予見通りに背後から不自然に曲がった雷撃に襲われた。

 それを次々といい当ていき、しだいに戦況が変わっていく。


「ループス、この隙に領民たちを避難させるわよ」

「けど、この調子なら急がなくても――」

「あんな戦い方、長く続くわけないでしょ」


 鋭い指摘に、私はもう一度二人の様子を確認した。

 放った電撃は飛んでいき、急に不規則な角度で曲がる。それが兵士たちに当たるかと思えば、何ら関係ないところで放電した。


「レオンのヤツ、手ぇ抜きやがって」


 肩で息をするアビに、ソフィリアが指摘した意味を理解した。


「サン!」

「言われなくても!」


 既に動いていた仲間たちは、メイン広場までの道を作ろうとしていた。


「皆、落ち着いて広場まで戻ってください。指示は――」

「メリー、動物たちを使ってできるな」

「わ、わかりました」


 慌てたようにメリーが指笛を奏でると、どこからともなく動物たちが集まってくる。その光景に子供たちがはしゃぎだし、誘導する形で動くと大人たちもついていく。

 そんな戦いの場に相応しくない光景が、兵士たちとの間を横切る。もちろん、隙を狙って領民たちに手をだそうものなら、躊躇なく自信を盾に剣を振るう。


「旦那、余裕ですね」

「んなわけあるか!」


 慣れない剣を握り、向かってきた兵士の一人と斬り合う。

 どうにも、普通通りだと力が入れづらい。

 助けを求めたつもりはないがサンに手を貸され、どうにか道を切り開く。


「……やっぱり、まだ記憶が戻ってないですか」

「わりぃーな、一向に戻る気配はなさそうだ」


 アビほどでもないが、既に息があがってしまっている。元より運動は苦手な方だが、どうにもループスという『グズ男』は、予想外の身体能力を秘めているに違いない。

 それをうまく利用できないでいる。


「ソフィリア、避難しないのか」

「そうした場合、彼女たちの救援は誰が向かうの?

 この状況、急に力尽きたら兵士たちに取り囲まれてしまう。それを覚悟で戦っているのよ? 

 見届ける義務もあるし、もしもの時は私が助けに行くわ」

「そぉ~ですかっ!」


 剣を杖に、私はどうにか立ちあがった。


「だそうだ、サン。先に領民たちの避難を完了させてくれ」

「わかりました。……旦那たちも、ご無事で」


 もしもサンが食い下がるようなら説得か命令で従わせたが、さすがにそれは必要ないほどに状況を理解してくれている。

 どこか渋々といった表情だったけど見送り、ソフィリアの隣に並び立つ。


「別に残らなくてもいいのよ?」

「生憎と、まだ戦える兵士がいるものでね」


 ソフィリアの盾になるわけでもないが剣を構え、レオンとアビの連携攻撃から逃れた兵士たちを相手取る。

ただどうしても、身体の違和感が拭えない。


「なに余裕こいでやがる!」

「っ!?」


 完全にアビのミス、もしくは意図した行動か。

 放たれた雷撃が襲ってきた。私だけなら避けられるが、後ろにはソフィリアがいるから安易に動けない。突き放したところで私が逃げ遅れてしまう。

 まさかの場面で、仲間から攻撃されるとは。


「ループス!?」

「ルーっち!?」


 気づけば、右に握っていた剣を左に持ち替えていた。

 それをただ、迎え撃つのではなく受け流す。


「ハァハァ、やっとやる気になったか」

「え、えぇぇ」


 今にも倒れそうなアビの鋭い眼光に睨まれるも、私自身も困惑を隠しきれない。

 ついさっきまで違和感が右から左に変わっただけで無くなり、慣れないと思っていた剣が扱いやすくなった。そこにサンの言葉を繋げると、普段は短剣を使うからリーチが違う。そのせいで重さも変わって、感覚に差が生まれている気がする。

 だけど、ループスとっては関係ない気がした。


「レオン、それにアビも……お疲れ」

「一人でやるつもり?」

「ここまで二人に魅せられて、何もしないのは笑われるでしょ」

「なら――」

「ソフィリアは二人を、後の作戦を任せます」


 軽く剣を振り、手に馴染む感覚を確かめる。

 ……いける、な。

 そう思えただけで、謎に力がどこか湧いてくる。


「レオン、私に掴まって」

「あたいは、自力で頑張れるよ」


 意識があるのか定かじゃないレオンはソフィリアに抱えられ、アビは全身を重く引き摺るようにゆっくりと歩きだす。

 何度か心配そうな視線をソフィリアから向けられたが、無言でその姿を見送り続けた。

 ここはカッコよく、殿は任せろっていうセリフなんだろうな。


「舐めやがって!!」


 ただそんな余裕はなく、兵士たちが次々と襲ってくる。

 それでも私には引けない。

 本当は怖くて逃げだしたいし、できることなら争いなんてない平和な生活を送りたい。けどそれを脅かす者がいるのなら――、


「ループスは、どうするんだろう」


 そんな問いに、答えてくれるわけもない独り言。


「……遅い」


 まるで時間が停まったかのように周囲がゆっくりと、鮮やかだった色が褪せていく。

今さら気づく、ループスの身体を使うようになってのこと。ついさっきアビからの不意打ちの雷撃といい、レオンの容赦なく蹴り飛ばされた時もそうだ。

 どんな反射速度があれば、正面から受ける構えができるのだろうか?

 けど今、その答えがわかった気がする。

 目が良いとかの問題じゃないほどに、ループスにとって時間という概念が狂っているじゃないだろうか。

 握った剣を振り、兵士たちを無力化していく。

 狙うのは致命傷にならない程度の場所で、いわずもがな身体が教えてくれる。だから私は、ただ従うように剣を振るい続けた。

 ちょっとした興味で手持無沙汰の右手で剣を握って振るうと、案外馴染む。両手というチートにも近い器用さに、無心になって兵士たちを斬り続ける。


「……ふぅ」


 レオンとアビが半数以上の兵士たちを減らしてくれたことで、意外と時間はかからなかったと思う。

体感としてはそうでも、本来ではどのくらいの時間が経ったのだろうか。

 大きく息を吐いて、辺りに転がる兵士たちを見下ろす。


「これに懲りたら、大人しく王都に帰るんだな」


 実際、そうしてくれた方が領民たちにとっては安心だ。ニルヴァさんがいうには周辺に魔物がいるらしいが、変に生態系を崩さなければ問題ない。

 この一件をだしにして、不当に課せられてきた税の軽減。それ相応の賠償でも請求すれば、ある程度は領民たちだけで生活は賄える気がする。

 そうすれば、誰もが平穏な生活を送ることができるのだ。

 ……案外、考えなしにソフィリアを助けたのも意味があったのかもな。


「残った兵士を片づけないと……っ?」


 どうして今さら、感傷にも近いことを思い返してしまっていたのかわからない。この世界に来てからというもの、本当にそればっかりだ。

 記憶もなければ、私という自信の名前すら思い出せない。

 だけど、別の世界から来たという事実だけはハッキリとしている。向こうでの過ごした記憶は曖昧だけど、脳や身体が憶えてくれている点が多い。

 気づけば地面に倒れていて、青々とした一帯が赤く染まっている。

 その原因を探ろうと手を伸ばすと、私の掌も同じ色をしていた。

 ああこれ、ヤバいやつだ。

 そう悟った瞬間、急激に意識が遠のいていった。

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