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「しかし、まぁ、何とも舐められたものですねぇ。どれをとっても一級品の悪党である死刑囚を王城に招き入れるなんて。それも国王の前に出すなんて。うっかり国王が殺されてしまうなんてミスが起きかねませんよ」
「死刑囚一人につき一人優秀な監視役がついている。それに怪しい行動をとれば即座に殺していいという許可も出ているからな」
「……優秀……?」
「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「……いえ、なんでも」
人が歩くには些か広すぎる廊下。
悪趣味とも言えるほどに過度な装飾の施されたそこを歩きながら退屈しのぎとでも言うようにオワリはシオンに話しかける。もっとも、その内容はどこまでも血生臭く、とても塵一つ見当たらない廊下でするような話ではないのだが。
そんな時も場所も考えないオワリの発言だったが、シオンはそれ自体に何か文句をつけるわけでも注意をするわけでもなくシオンの知り得る限りの情報を与えた。
単純にシオン自身も無駄に長い廊下に少しばかりの退屈を覚え始めていたということもある。しかし、それ以上にオワリに下手な行動をとらないように忠告をしておく必要があると感じたのだ。
もっとも、残念なことにシオンの言葉を受けたオワリの様子を見るにその効果はいま一つだったようだが。
「それに、国王陛下には現ザハード家当主、要するに僕の兄様が護衛についているんだ。それに兄弟の中でも優秀な兄様や姉様だってその補佐としてついている。死刑囚如きが束になったところで触れることすらできやしない」
「ひぇぇ、それはおっかないですね。うっかり殺されないように気をつけないと」
「……本当に余計なことはするなよ?」
「しませんよ。私だって命は惜しいですからね」
オワリの態度に軽い危機感を覚えたシオンは加えて忠告を重ねる。
そんなシオンの忠告にオワリは自分を抱きしめてわざとらしく怯える様子を作って応えた。
もちろんオワリの行ったそれが言葉や行動通りの意味を持つことなどあるはずもなく、それを理解しているからこそシオンは釘を刺すように言葉を返す。
オワリの行う行動の責任はその監視であるシオンに全てかかってくる。だから、もはや自分の忠告がどこかフリのような様相を呈していると半ば理解しながらもそれをやめるわけにはいかなかった。
そんなシオンの気持ちを知ってか知らでかオワリは当たり前だとでも言うように片目を閉じて少なくとも言葉のうえでは大人しくすることをシオンに告げた。
「あの部屋ですか?」
「……あぁ。そうらしい」
それからしばらく進む二人。
その前方にこれまた「扉にその装飾いる?」と聞きたくなるようなところどころに金があしらわれた大きな扉が見えた。
「相変わらずの悪趣味ですね。開けてもいいですか?」
「……いや、僕が開ける。……っ」
許可されると思っていたのだろう。オワリの手は扉を開けようと伸ばされていた。
しかし、それを遮りシオンが扉を開く。
そして、扉が開くと同時にシオンに向かって投げられたナイフを来ることが分かっていたかのように掴み取った。
「……おー、お見事」
「どうせこういうことをやる奴がいるだろうと予想していただけだ」
「謙遜しなくてもいいじゃないですか。私だったらシオンみたいには止められてないでしょうし」
「僕はザハード家だ。このくらいは出来て当然だ」
いきなりの敵意。もっと言えば殺意。それに対して一切の動揺を見せることなく対処しきったシオンにオワリは拍手と言葉を送る。
「ほら、もうじき国王陛下もいらっしゃるだろうから大人しくしておけ」
「犯人探しとかしないんですか?」
「小物のやることにいちいち構ってられるか」
「おぉ、王者の貫禄って奴ですね」
ただ扉を開けて部屋の中に入っただけ。
シオンの右手に握られたままのナイフが無ければ、そんな感想すら抱くほどにシオンの感情は動きを見せなかった。
ザハード家という優秀な血筋に生まれた者を多くは好意的に捉えるがそれが全てではない。中にはそれを否定的に受け取る者もいる。
そんなことはとっくの昔にシオンにとっては当たり前の話。このようなことがあったからといって今更動揺を見せることなどあるはずもなかった。そもそも動揺などというものは存在すらしていなかった。だから、思うように、見せつけるように、眼中にないということを示すように、小物と呼んだ。
「はっ! ザハード家の汚点の分際で随分と偉そうな口をきくじゃあねえか」
「…………ステイル兄様」
そんなシオンに一人の男が話しかける。
それは少なくとも友好的ではなかった。ステイルと呼ばれた男の言葉の節々にある棘、そして言葉を受けたシオンの様子からそれは明白だった。