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「…………師匠は、エンデは死にました。死の間際、貴女達を守るようにと頼まれました」
唖然とした様子のカルディアとコルにオワリは淡々と告げる。
「…………っ。……そう、ですか。…………貴方のお名前は?」
カルディアは淡々としたオワリの語りに一瞬体を震わせる。そして、それを隠すようにしてそう続けた。
「俺は……。……あれ? 俺……僕……。……なんか違うな」
隠すようなことではない。これから守るうえでも名前は教えておくべき。しかし、どうにも一人称がしっくりこない。
「…………私。……うん、これだ。……私は、オワリと申します」
迷った末にそれを選んだ。男でも女でも使う、誰にでも使える、そういう曖昧な一人称が今の自分にはピッタリな気がしたから。
◇◆◇◆◇
「まぁ、結局守れなくて死なせてしまったんですけどね」
「……」
シオンは知っている。カルディアという女とその娘がすでに死んでいることを。その犯人がオワリだとされていることを。なら、そこには見逃しようのない矛盾が生じる。守ると誓った相手をオワリは殺したのか。本当に、目の前の男はそんなおぞましいただの人殺しなのだろうか。
「さて、シオン。私がこうなるまでの道のりは大方語り終わったかと思いますが……どうですか?」
「……」
オワリが問う。質問の意図が分からないシオンではない。
手放しに信じて良い話ではない。それを信じるということはこれまで自分が信じてきた何かが狂う。しかし、否定するだけの根拠もなかった。
「……分からない」
答えはでない。出るはずもなかった。
「お前の事を信用なんてできないし、内容だって信じられないことばっかりだ」
あまりにも荒唐無稽な話。それを無条件に信じろというのは無理があるだろう。
「……でも、お前が強いのは本当だ。途方もない時間の成果がそれだって言うのなら、納得もできる。……だから、今は、少しだけお前の言うことを信じてやる」
そして、お前の強さを徹底的に学んでやる。
シオンはそう続けた。
「そうですか。それは話した甲斐がありました」
国から命を狙われ、近くには人間をやめた魔人共。約束を守ったところで命の保証なんてものはこれっぽっちもないのに、自称ザハード家の欠陥品の御守りまでしなければならない。
はじめは酷い状況だと思ったが、さて、このまま守られるだけのままの存在でいるのかどうか。
「シオン」
「なんだ?」
「……」
「……なんだよ」
「……いえ、期待していますね」
もしかすればの話。今のシオンが変わらずシオンのままであり続けて、権力や欲に呑まれず、その正義感を持ち続けることができたなら。その時は、もしかすれば力を借りることになることもあるのだろうか。
そんなありえない未来を想像し、口に出すのもバカバカしいと切り捨てて最凶最弱の転移者は立ち上がる。
まずは、この死と陰謀にまみれた研究所から脱出するために。