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 百年後。


 オワリの手には灰色の欠片が握られている。

 かつてこの世界からの脱出を願い、そして失敗した時の産物だ。


 オワリはただひたすらにそれを磨いていた。何時間、何日、何週間、何カ月、何年、何十年、どれだけの期間そうしていたのかは分からない。ただ、初めは何から作られているのかも不鮮明だったそれが光沢を放つ鋭利な刃物と変化していることからもとにかく膨大な時間が流れていたのだろうという事だけは分かる。


 では、それだけの時間をかけてこんなものを作った目的は一体何か。

 自殺ではない。この世界はただの地獄で死んだ方がましではあるが、この世界は死ねないように出来ている。そのことはよく知っているのでそんな無駄なことはしない。

 オワリは己の限界を知った。ゆえにこの永遠に続く灰色の何もない世界は地獄に変わった。そして、この世界から脱出を計画し失敗した。あの日、絶望の中でオワリは自分を保つために何でも良いから目的を欲した。そして、周囲に散らばった灰色の欠片が目に留まった。オワリは思った。肉体の強さは限界に達していても、得物があれば自分はまだ強くなれるのではないかと。それに気づいた瞬間、すでにオワリは作業に取り掛かっていた。意識を飛ばすようにして眠り、意識が戻ると同時に作業に戻る。そんな毎日を送っていた。


 その成果が材質すら不明の少々不格好なナイフ。

 オワリは久方ぶりの達成感に身を震わせた。


 千年後。


 オワリはナイフを体の一部のように扱うまでに至っていた。

 最初はとにかく教えられた基本に忠実にひたすらナイフを振り続けた。いつからか、それは体に染みついて、考えるより先に体が動くようになっていた。それに気づいた時、エンデに教えられていたナイフ術の細かな名称は記憶から消えていた。体に染みついた動作にいちいち細かな名称が無いように、体に染みついたナイフを扱うという動作にいちいち細かな名称は必要なかった。


 そして、それらのことに気付いた時、オワリの前には的があった。それが幻覚なのだということは分かっていた。もうこれ以上動きの最適化はできない。そんな自分の成長のために自身が見せた幻覚なのだろうと。狂っている。自身を客観的に見て、それは間違いないことだった。しかし、技術を高められるのなら、そんなことは些細な問題だった。

 的に当てるという技術への才能が酷く劣っているのは知っていた。だからこそ、楽しくて仕方がなかった。どれだけ努力してもエンデのような超人的技術はものにできる気がしない。平均的な成長速度で見ても酷いものだろう。しかし、確実に少しずつ成長している。その事実がオワリにこのうえない狂喜を与えた。


 一万年後。


 例えば、全くの正反対の向きを向いて、利き手とは反対の手で無造作に投げる。それでも吸い込まれるかのようにナイフは綺麗な弧を描いて狙い通りの箇所に届いた。

 もう、これ以上はない。

 達成感以上に虚無感に苛まれるオワリの前に剣を持った男が立っていた。それが幻覚であることはすぐに分かった。その幻覚が何のためにあるのかも。

 男が剣を振り上げようとしたその時、すでに男のこめかみにはナイフが突き刺さっていた。弱すぎた。いよいよ実戦をしようという事なのだろうが、いくらなんでも相手が弱すぎた。だから、次はもっと強い相手を作ろう。


 オワリの前にまた一人の男が現れた。


 一億年後。


 エンデが死んだ。殺した。とはいえ幻覚でしかないが。

 オワリが知っている中で最強の人間。それがエンデだ。オワリが知っているエンデの全てを詰め込んだ幻覚を殺した。

 これ以上はない。しかし、オワリに目的の喪失による虚無感はなかった。また、達成感もなかった。エンデが自分程度に殺されるはずがないからだ。所詮は幻に過ぎないと分かっているからだ。何度幻覚に幻の死を与えられ続けたか分からない。しかし、それでもエンデに一回でも自分が勝てることなどありはしない。だから所詮は幻。そもそも、幻相手に偶然一度勝っただけ。技術も肉体的強さも幻のエンデにすら及んでいないように感じた。虚を突くような笑み。それで動きの止まったエンデの幻をたまたま一度殺せたに過ぎない。

 偶然を必然にしないといけない。せめてそのくらいはできないといけない。オワリはそう思った。


 十億年後。


 これまでに自分が殺してきた幻の数々。それがオワリを囲い込む。

 次の瞬間、エンデを除いた全ての幻が派手に血飛沫をあげながら死んだ。

 その頃すでにオワリの手に握られたナイフはエンデの首元にある。魔法を使われるとどう足掻いても勝てないゆえの特攻。しかし、エンデはそれを読まれていたのか軽くかわすと、無理な攻め方をして不安定な体勢となったオワリの首に短剣を振り下ろす。

 それが届く一瞬前、エンデの側頭部にナイフが突き刺さってその命を奪った。

 初手の派手な血飛沫。それで視線を誘導し、オワリはナイフを投げていた。全てはエンデが勝利を確信して多少なりとも気が緩むであろうこの時の為に。

 殺した幻たちは血の一滴も残さずに消えていく。


 これからどうしようか。やはり達成感はなかった。かといって虚無感もなかった。

 ふと、オワリは気付いた。自分に何もないことに。

 たしかに強くはなったのだろう。それが外でどの程度通用するものかは分からないが、それでもたしかに強くはなった。しかし、それだけだ。それ以外には何もない。喜びも悲しみもない。漠然と、大切な何かを無くしたような、そんな気がこれまでを振り返るとした。そうでもしなければ、きっと自分は狂っていたのだろう。いや、幻覚相手に殺し合いをする時点で狂っていることは疑いようがないのだけど。きっと、そうでもしなければ自我を保てなかった。廃人になってしまっていた。だから、自分を守る為に余計なものをそぎ落としたのだ。けれども、捨てたものの中にきっと捨ててはいけなかったものがあった。


 やることを無くし、自分を振り返る時間を得たオワリはそんな風に結論付けた。

少し更新空きます。

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