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「……?」


 シオンは理解できないといった風に首を傾げて見せる。


「『無現牢獄』という魔法があります」


「……聞いたことないな」


「師匠が開発した魔法です。少なくとも私は師匠以外にこの魔法が使える人は見たことがありません。魔法の詠唱も複雑でしたけど、それ以上に莫大な魔力を必要とする魔法でしたからね。きっと師匠以外には使える人はいないと思います」


「……どんな魔法なんだ?」


「シンプルな魔法ですよ。対象を異空間に封じ込める魔法です。異空間の時間の流れはこの世界とは全く違うものになるので老いも飢えもなく半永久的に鍛錬を積むことができる。これが私に師匠が提案した方法です」


「……半永久的に。それは良いな」


「……そうでしょうか?」


「……? だって、お前はその無限の時間の中で強くなったってことだろ? 僕だって同じことをやれば」


「ふふっ」


「な、なんだよ」


「いえ、どうにもシオンは勘違いをしているようですが、あれはそんな良いものではないですよ」


 シオンは平均的な基準から判断するならば優れた部類に位置する。もちろんこれには血筋による才能もあるが、それと同じくらいシオンの優秀さは努力によって成り立っている。だからこそ、半永久的な時間というのはシオンにとって酷く羨ましい物のように思えた。どんな人物であっても通常与えられた時間というのは等しく同じであるから。

 そんなシオンのどこかずるいと言いたげな視線に笑ってオワリは待ったをかける。


「ちゃんとした人間でありたいのなら、絶対に選んではいけない道です」


 そして、そう続けた。


◇◆◇◆◇


 そもそも中に入ったあと、出ることを前提に編み出された魔法ではない。

 だから、中で過ごすことになる、流れているのか流れていないのかですら曖昧な時間は決して過ごしやすいものとはならない。


「……よし、とりあえずできることからやっていこう」


 そんなことは改めてエンデに説明される前から知っていた。エンデの使う魔法。エンデの使わない魔法、エンデにしか使えない魔法。魔導書を読み込んで、エンデの話を聞いて、誰でも使える魔法からそうでない魔法まで、オワリは魔法の知識は詰め込んでいた。

 ゆえに何もない、ただ無限に続く灰色の空間を見ても特に動じることは無かった。なんなら知っていた通りの光景が広がっていることに安堵すら覚えた。


「まずは、走り込みからでいいか」


 一日目。


 走っても走っても終わりのない空間に便利だなとオワリは感動を覚えた。

 それと走っているうちに感じた疲労にこの空間でも疲れは感じるのだなと新しいことを知った。


 二日目。


「そういえば、師匠は向こうの時間で十秒経ったらここを開けると言っていたけど、それってどのくらいの時間だっけ」


 前日と同じようにただまっすぐひたすらに代り映えのしない景色を横目にオワリは走っていた。そのなかでふと疑問が浮かんだ。

 この異空間のなかで流れる時間、それが向こうの時間換算で一体どれほどのものになるのか。この魔法の開発者であるエンデですらたしかなことは分かっていない。なにしろ時間という概念が存在するのかしないのかですら曖昧な世界だ。一秒の時間が一年に相当する時間の流れの時もあれば、一秒の時間が百年に相当する時間の流れの時もある。そんな曖昧な時間の流れであるからこそ、エンデは途方もない時間をオワリがこの何もない空間で孤独に過ごすということにならないように元の世界で十秒が経つごとにオワリを外に出すことにした。


 たかが十秒という短い時間。無現牢獄を一度使えば次に誰かを投獄するまでには丸一日の時間が必要になる。その時間がオワリには酷く無駄なものに思えた。それゆえに一秒でも長く居られることを望んだが、それをエンデが認めることは無かった。

 エンデは無限に等しい時間を何もない空間で孤独に過ごすことの恐ろしさを知っている。これまでこの魔法の餌食になってきたエンデですら勝てない強者たちの狂った末路に知っている。だからこそ、折れるつもりはなかった。

 オワリとて、無現牢獄の恐ろしさを知らないわけではない。永遠に灰色の何もない世界で老いも飢えもなくただ生かされ続ける。それがどれだけ恐ろしいことなのかは想像すらできないほどに恐ろしいことなのだと理解していた。


 しかし、同時にこうも思っていた。自分は他とは状況が大きく違うと。

 これまで無現牢獄に囚われ憐れな末路を辿って行った者達は、終わることのないそれに狂わされた。しかし、自分はそれがいつか終わるということを知っている。

 これまで無現牢獄に囚われ憐れな末路を辿って行った者達は、何をするわけでもできるわけでもなく、ただただ永遠に続く『無』に苦しめられた。しかし、自分には『目的』がある。この異空間の中に入り込んででも成し遂げたいことがある。

 だから、大丈夫だと。そう思っていた。

 とはいえ、その舞台を用意するのはエンデであってオワリではない。だから、いくらオワリが大丈夫だと思っていても最終的にどうするのかを決定する権利はエンデにある。そのエンデが十秒だと言ったのだからそれはどれだけ不本意な事であっても受け入れるしかなかった。

では、それは一体どれだけの時間になるのか。納得しているかどうかはともかく、たしかに時間は貰った。その時間は一体どれだけのものになるのだろうか。正確な時間は分からなくても大まかな予想を立てるくらいのことはできる。


「……大体、五十年くらいかな? 短いな……」


 この世界での平均的な一秒は無現牢獄のなかでの5年となる。

 ある程度の誤差は出るだろうが、おおよそその程度の時間になるだろうということは推測できた。

 もちろん通常には手に入らない時間だ。ありがたいとは思っている。しかし、それ以上にその程度の時間では自分の才能の無さは埋められないとも感じていた。


 願わくば、向こうの一秒がこちらの千年になるような不規則な変化が起きますように。

 そんなことを思いながらオワリはペースを乱さず走り続けた。


 三日目。


 走るのに飽きた。とまでは言わないにしても少しマンネリ化しているとオワリは思った。筋トレにしても同じだ。自分以外は灰色の空間しかないこの場所ではナイフを振ることもできない。その点はどうしようもなく不便だなと思った。

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