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「ふっざけんなぁああ!!!」
オワリは回れ右して一目散に逃げだす。
なんだよあの化け物みたいな生き物は!とか、そもそもこれ動いて大丈夫なのか!?といったような疑問の一切をかなぐり捨てて懸命に走る。
服も体も逃げる最中に枝や葉で傷だらけ、前も後ろも右も左もろくに分からなくなるほど懸命に走った。
そして、普通に捕まった。
「……ま、待て。お、落ち着け。ほ、ほら、話し合おうぜ? な?」
両前足でガッチリ肩を抑えられ、我慢できないというようにボタボタと涎をオワリの体に垂らしながら低く唸る狼型の化け物。
「あー、ダメだこれ。意思疎通とか絶対無理な奴だこれ。ってかこいつ俺の事食い物としか思ってねぇ……!」
それを前にオワリは死を覚悟した。
力で叶わないのならあとは交渉というわけだが、その道すらこの知能があるのかさえ怪しい生き物の前では不可能ということがはっきりしてしまったからだ。
「……嫌だ。死にたくない。こんなわけの分からない所でわけの分からない化け物にわけも分からないまま食い殺されるなんて嫌だぁ……!」
言ったところで目の前の化け物が退くわけもあるまい。そんなことは百も承知でオワリはただ感情のままに思ったことを叫ぶ。
死を意識したからこそ思い残すことの無いようにという無意識下での行いだったのかもしれない。
「ガッ――!」
「ひぇっ……っ」
叫んでしまったのがトリガーとなったのか、それともただ単にそろそろ食おうという気になったのか。ともかく化け物はその体の大きさにそぐわない大口をあけ短く吠えるとそのまま勢いよくオワリの顔めがけてその頭を下ろす。
いよいよ終わりだと悟りオワリは目を瞑る。
「…………ひぇぇ……なんかべちゃべちゃするぅ……どうせ食い殺すなら一思いにいってくれよぉ……そんな焦らしプレイどこにも需要ねぇよぉ……!」
「………………何言ってるんだ? 頭大丈夫か? お前」
「ふぇ?」
目を閉じその時が来るまでの一瞬を一生よりも長い時間を過ごすような気持ちで待つ。
しかし、待てども来ないその時に思わず愚痴めいたことをこぼすと、どこからか呆れたような声が聞こえた。
その言葉に目を開ける。オワリの前には首を飛ばされた化け物の死体があった。
「…………グッロ……っ」
視界にそれが入った瞬間、鼻に強烈な臭いが伝わる。
それと同時にそんな感想が漏れた。
「……肝が据わった奴だな……。……いや、にしてもこれは……」
「……ん。あ、もしかして俺の事助けてくれたんですか? ありがとうございます。助かりました」
「軽いな」
「いや、ほんと。死んだと思ったんで本当に感謝してますよ」
「……やっぱ軽いな」
強烈すぎる臭いと状態に意識をとられていたオワリだったが、かけられた声に視線を向ける。
そこに居たのは金髪碧眼の美男子だった。
正直、さっさと今のこの状況を何とかしたいというのが本音ではあったものの助けられたのならお礼を言わねばと思い感謝を伝えてみたオワリだったが、血にまみれた状態での感謝の言葉はどうにもいい印象は受けなかったらしい。
「……ところでお前」
「……はい? なんですか?」
まぁ、悪印象を持たれてしまったのなら仕方がない。できるなら好印象に変えていき、無理そうならひとまず今は諦めよう。
そんなことを考えていたオワリに金髪碧眼の美男子が話しかける。
上から下までまるで値踏みするかのようにしげしげと自身の体を観察するその視線に僅かばかりの不快感を覚えつつも、オワリはそれを声に滲ませるようなことは無く応じて見せた。
「お前のその恰好……」
「……ん、あぁ、たしかにこれは良くないですね。このまま森をでたら返り血浴びまくったヤバい奴だと思われてしまいそうですし」
「いや、そういうことではなくて。……お前、違う世界から来たんじゃないか?」
「…………はい?」
違う世界。
解釈に困る言葉に思わずオワリの表情が曇る。
「……どうやってこの世界に来た?」
「……あの、言ってることがちょっと分からないんですけど……。この森にどうやって来たのかってことなら正直俺にも分からないんです。……信じてもらえないと思いますけど、俺は家を出ただけなんです。それなのに気付いたらこの森の中に居て、家もなくなってるし……ほんと何が何やら……」
「…………そうか。そういう感じか」
「……?」
半ば無駄と知りつつもオワリは正直に自分に起きた現象を話す。
家を出たら森に居ました。百歩譲ってそれを信じたとしてもまず間違いなく頭がおかしいとしか思われないだろう。
しかし、金髪碧眼の美男子は少し悩むような様子を見せるとオワリの考えから逸れた納得したような表情を見せた。