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「まさか……そのために僕は殺されかけたのか?」
「あくまで可能性の話です。それに……それならそれで引っかかることもありますし」
この研究所の中と外での殺しの結果生まれる違いはそれをやった者が分かりやすく判明するかどうか。
仮に外でステイルがシオンを殺せばそれは間違いなくステイルが行ったことであるとバレる。けれども、ここならば、研究所の中ならば、真相は闇の中。もっと言えば都合よく書き換えることができる。
例えば、シオンを殺したステイルが外に出て「オワリがシオンを殺した」と言えばそれが真実になるだろう。
そして、そうなればきっとオワリはザハード家からも命を狙われる。元々、オワリを殺すように命令されているだろうが、それでも最終的にその命令を聞くかどうかの決定権は当主にある。先代当主を殺すような化け物の相手なんて危険なことを今の当主がさせるとは到底思えない。少なくとも、積極的な行動は考えられないだろう。
しかし、シオンを殺されたともなれば話は変わる。それが先代当主のように命を狙ったうえでのことならともかく、協力すべきこの場所でそれをやったとなれば、さすがに今の当主も黙ってはいないだろう。
つまり、シオンはオワリを確実に殺すために殺されかけた。
一応、話の筋は通っている。シオンに信じ込ませるにはそれで十分。
「シオンのお兄さんはきっと駒の一つに過ぎなかったのでしょう」
「どういうことだ? 兄様がお前を嵌めようとしたってことじゃないのか?」
「いえ、それにしてはやり方が随分と陰湿です。そもそも、シオンのお兄さんが私を狙ったのだとすればもっと直接的に殺しに来るでしょう。あの人にとって、私は人間の欠陥品に過ぎないのだから」
「それは……」
シオンはオワリに反論するための言葉を持たなかった。むしろその通りだと納得してしまった。
ステイルという人間が、今日まで見てきた兄がそんな回りくどいやり方をするとはたしかにシオンには思えなかった。
「シオンのお兄さんはうまく使われただけに過ぎません。そして、ここまでして私を殺そうとしている者にも心当たりはあります」
「そんな人間山ほどいるだろ」
「失礼ですね。そんなあちこちから恨みかうような生き方はしていませんよ」
「どうだか」
「死体がどうやって恨むんですか」
「……」
淡々とオワリは事実とそれらしい推測を告げていく。
そんな彼の言葉を遮ったシオンのそれは言ってみれば自己防衛に近いものだった。
くだらないことを言っている場合ではないことは重々承知している。一刻も早く何が起こっているのかを把握する必要があるということも。
しかし、それを頭では分かっていても心がついていかない。それゆえの妨害。きちんと整理して理解して把握して呑み込むための時間稼ぎ。
そんなシオン本人きちんと自覚しているわけでもない感情がシオンにそんな行動をとらせる。
それに気づいているのかいないのか。ともかくシオンのそんな言動にオワリは心外だとでも言うように不機嫌そうな表情を顔に貼りつけた。