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「……」
シオンは思った。
そんなこと出来てたまるか。まるで当たり前のようにこいつは何を言っているのかと。
「あ、「そんなことできるわけないだろ。何言ってんだこいつ」とか思っていますね?」
「……気持ち悪い」
「その返答はおかしくないですか? 人を傷つけることだけを目的にした返答はやめましょうよ」
顔に考えが出ていたのか。
ピタリと考えを言い当てられたシオンは考えるよりも先に言葉を出た。
それに心外だとでも言いたげにわざとらしく拗ねたような表情を作ってオワリは応じてみせる。
「……」
ふと、シオンはオワリを見やる。
オワリのその表情にシオンは胡散臭さしか感じない。
しかし、これがもしオワリを知らない誰かが見たならどうだろうか。
疑うことなくただ拗ねているだけに見えるのだろうか。
改めてオワリを見るとその表情にぎこちなさは一切ない。
それはつまりオワリの表情作りはほとんど完ぺきと言って差し支えないレベルのものであるということになる。
それでもシオンがそれを胡散臭いと感じるのは、感じることができるのは、ひとえにこれまでのオワリとの関係があったからに過ぎない。
それをシオンは自覚する。
そして、改める。
関係によって見え方が変わってくるというのなら、それはつまりこれまで自分が見て感じてきたそれはほんの少し見方を変えれば全く違ったものに変わるということ。
兄は、自分が見て感じてきた以上に、自分のことを煩わしく思っていたのかもしれない。いや、きっとそうだったのだろう。
それこそ殺してやりたいと思うほどに煩わしく思っていたのだ。
その結果がこの惨状だ。
「……シオン? どうかしましたか?」
「……何でもない」
「この期に及んで強がりはよしてくださいよ。シオンが不安定だとそのまま私に皺寄せが来るんですからね」
「……何でもないって言ってるだろ」
顔に感情が出やすいと言われた覚えはない。
つまり、オワリは人一倍他人の表情から感情を読み取るのに長けているのだろう。
シオンはそんな現実逃避じみたことをやり取りの中で考えていた。
この場が危険なことは分かっている。
オワリの言っていることも理解はできる。
けれど、それを理解してなお、現実を見る気にはなれなかった。
見たくなかった。
これ以上、自分が見てきたはずのものが壊れたらと考えると身動きが取れなくなった。
「……」
「……なんだよ。こっち見るな」
「なーに悲劇のヒロインみたいな顔してるんですか。たかが兄弟に殺されそうになったくらいでいちいちへこまないでくださいよ鬱陶しい」
「なっ!? お前……っ」
それを許すほどオワリは優しくはない。
あんまりと言えばあんまりな言葉に思わずシオンは顔を上げオワリを向く。
「どれだけ甘ちゃんなんですか貴方はほんと。というか理解してます? このままじゃ私達の命だって保証はないんですからね」
「あっ、ひょっ、ほまっ、やえろって……!」
オワリは向けられた頬をすかさず掴むとグイグイと引っ張りながら説教を垂れる。
それに何やら反論を唱えるシオンだったが、残念ながらそれが具体的な言葉となることはなかった。
「やめてほしいならシャキッとしてください。私はここに魔人を殺すために来ているのであってシオンの御守りをしに来ているわけじゃないんですからね」
「わはっは……! わはっははらはやふ!」
「全く……次同じようなことがあったらお姫様抱っこのこと外に出てから言いふらしますからね」
「……そんなことしたらどんな手を使ってでもお前を……後悔させてやる」
一通り言いたかったことは言ったのかシオンの頬から指を離すオワリ。
力任せに引っ張られ赤くなった頬を「痛てて……」と言葉をこぼし目元に涙を浮かべながらさするシオンに向けられた言葉に恨めし気な視線を向けてシオンは答えた。