29
「あ、ヤバい」
オワリのその一言がシオンを現実に半ば無理やり引き戻した。
何がヤバいのか。それはわざわざ聞き返すまでもなくシオンにも理解できた。
倒れるステイル。
その右手には変わらず破壊の権化が掲げられている。
術者を殺せばそれ以上同じ魔法が使われることは無い。たしかにその通りだ。あらゆる魔法に対してその対策は絶対と言える。
では、死ぬ前に使った魔法はどうなるか。
消えてなくなるのか。はたまた魔力へと変わるのか。
違う。そんなことはない。
答えはもっと単純だ。
何も変わったことは起きない。ただ、起こるべきことが当たり前に起きるだけ。
つまり、ステイルの生み出した破壊の権化はその威力の一切を失うことなく、ただコントロールだけを失った。
「おま……バカ……え、ちょっ……」
倒れるステイルの体。
それに伴って地面へと迫るステイルの右腕。
その動きを追うように高度を下げていく破壊の権化。
それらを視界に入れてシオンの頭はかつてないほどに高速で回転する。
ステイルの体が地面に倒れれば、右腕が地面につけば、破壊の権化はその威力を術者の意図に関係なくその威力を発揮する。
それが意味するのは避けようのない死だ。
そんなものはシオンの望むところではない。
もちろんオワリだってそうだ。
出来ることは何か。
シオンは考える。自分にできることを。死なないために何ができるかを。
真っ先に思い浮かんだのは魔法障壁で破壊の権化そのものを包み込んで威力を殺すということ。
しかし、確実性に欠ける。
一体それがどれだけの威力を誇るものなのか。シオンには見当もつかない。
包み込んで威力を完全に打ち消せる確証がない。
そもそも魔法障壁による干渉を無効化する類の攻撃だった場合、シオンのしようとしていることは何の意味も持たない。
失敗が意味するのはそのまま死だ。
そんなリスクを背負ったまま行動には移せない。
考えなければならないのだ。
もっと確実な方法を。
間違いのない方法を。
しかし、そのための時間は不足しすぎていた。
「……っ!」
結果、シオンの導き出した最適解はありったけの魔力を用いて破壊の権化そのものと自身、そしてオワリの周囲の空間に魔法障壁を展開するというどうしようもないほどの力技だった。
「オワリ! 出来るだけここを離れ――」
「いやいや、私の話聞いてました? 誰がこんな力任せなやり方をしろって言ったんですか……」
全力で駆けながらオワリにも逃げるよう促すシオン。
そんな彼に心底呆れたようにオワリは言葉を返す。
ステイルの右腕はオワリに掴まれていた。
ピクリと動くこともない。
それ以上破壊の権化が地面へと近づくことはない。
「私は効率の良い闘い方を見て学べって言ったんですよ? なんでこんなバカみたいに燃費悪そうなことしているんですか。死にたいんですか?」
オワリは走る体制のまま固まっているシオンに苦言を呈す。
「お前……まさか初めから僕を試すつもりで……?」
「最初からそう言っているでしょう? 最後にちょっとしたテストをやってみようかと思ったらこの有様ですよ。私の闘い方ちゃんと見てました?」
オワリの呆れたような眼差しにシオンは自分が状況を把握できていなかったことを理解した。
「……見てなかった訳じゃない。何も見えなかったんだよ!」
改めて状況を把握。そして、オワリの質問に答えるようにシオンはそう返す。
「……僕が見たのは、気付いたらステイル兄様の舌が無くなっていて、お前がステイル兄様の後ろに回り込んでいて、目を潰して、そして……首を掻っ切って殺したことだけだ」
置き去りにされている場合ではない。
ともすれば先ほどまで以上の焦燥感がシオンを襲った。
それに促されるままに自分が何を見たのか、何が起きたのか、思いつく限り、思い出せる限りのことを口にする。
「ちゃんと見てるじゃないですか。できることなら最初に私があれとの距離を詰めたところまで見ていて欲しかったですが」
「無茶言うな」
「無茶なんて言っていませんよ。注意深く見ていれば、ちゃんと私の動きを目で追えたはずです」
オワリの要求にシオンは若干責めるような声色でオワリに言葉を返す。
しかし、それがオワリに受け入れられることは無く、むしろ責めるような返答が返った。
「……あの時は、お前よりも兄様に注意を払うべきだった」
「何言ってるんですか。両方に最大限の注意を払っておくんですよ」
「そんな無茶な」
「無茶じゃありません。実際私は今だってシオン以外にもありとあらゆるものに注意を払っていますよ。殺意に敵意、そういうものには常に注意を払っておかないと足元掬われますからね」
「……」
そもそもの話、注意を払うと言ってもそれが自分の認識とオワリの認識で同じものなのか。
そんな疑問がシオンをよぎった。
何と言うか。シオンの言っているそれはただきちんと見るとかそういう話ではなくて、第六感とかそういう類の話のように感じられたのだ。
「私があれを見つけられたのも、あれが出していた殺意を追ったからですし。まぁ、そこら中に漏れ出ていたせいで見つけるのにちょっと時間がかかっちゃいましたけど」
そして、続けられたオワリの言葉に自分のそれが間違いなく思い違いなどではないのだということを理解した。