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「……あまり、行儀が良いとは言えないな。……罪人だと自覚があるならもう少し罪人らしく振舞ったらどうだ?」
一切違和感はなかった。そうあるのがさも当然のようにごく自然に。気付けばその手足を拘束するものは何もなくなっていた。
当然、シオンに動揺はあった。しかし、それを悟られまいと彼は喉元までこみ上げた驚愕を呑み込んでそう言葉を紡ぐ。
「それを言うのなら、シオンは最強の一族の落ちこぼれらしい振る舞いを心がけなければならないのではないですか?」
「……っ。黙れ……っ」
「おっとと。……そんな怖い顔をしないでくださいよ。せっかくの美男子が台無しですよ? ね?」
軽い気持ちで吐かれた言葉がそれを向けられた相手に多大な影響を与えることがある。シオンからオワリに向けられた殺意はそれを分かりやすく示していた。
しかし、そんな殺意に富んだ視線を向けられてもまるで動じることなくオワリは肩をすくめて宥めるようにそんな言葉をシオンに向けた。
「……話が逸れた。もう一度言うが、僕がここに来たのはそうせざるをえない理由があったからだ」
「えぇ、はい」
シオンはそんなオワリの様子にこれ以上は何を言っても無駄だと理解して半ば強引に話を戻す。
「お前は……ここから出たいか?」
「それが合法的で誰からも認められる方法をとってのことであるなら」
意味ありげに間をおいてシオンが口を開く。それにオワリは間髪入れず返事を返す。
「なら、僕が出してやろう」
「それをしてシオンには何か得があるのですか?」
「ある。そうでもなかったらお前みたいな危険人物は絶対に出したりしない。なんなら今この場で処刑しておきたいくらいだ」
「それは処刑とは言いませんよ。ただの私刑です。あ、もしかして死刑と私刑をかけたのですか? 全然面白くないですね」
「もう一回話を逸らしてみろ。ぶっ殺してやる」
「シオンが逸らしたんじゃないですかぁ」
「……」
「……」
「…………コホン。お前は知らないと思うから最初から説明してやる」
不満げに口をとがらせるオワリ。
そんな彼の言葉に思い返してみれば、たしかにその話題を始めたのは他ならぬシオンであり、それがシオンに僅かばかりの罪悪感のようなものを覚えさせ、軽く咳払いをさせた。
そして、何事もなかったかのようにまた話を続ける。
「この国は、数カ月前から帝国と戦争をしている」
「えぇ、はい。そうですね。私が外で元気にやっている頃からでしたから……もうかれこれ半年は続いていますね」
「あぁ、そうだ。さすがにこのくらいは知っていると思うが、帝国は奴隷大国で様々な種族を使役している。強靭な肉体を誇る獣人族や魔法に特化したエルフ族、そして最強の種族と呼ばれた魔族までもな」
「改めて考えてみると凄い話ですねぇ。人間なんて他種族からしてみればどの観点からみてもあらゆる種族の弱点を寄せ集めた最弱の種族だというのに、この世界を支配しているは人間なわけですから。やはり数の暴力は偉大です」
「今回の問題はそれだ」
「……?」
オワリにとってもシオンにとっても改めて確認するまでもない常識とも捉えることができる話。それに少し大げさに腕を組んでこくりこくりと頷きながらオワリは改めて人間という種族への感心を抱いた。
そんなオワリにシオンは指をさして「それだ」と言うが、どれのことか分からずオワリは首を傾げる。
「この国には、僕たちザハードの一族が居る。エルフや獣人、魔族がどれだけ強かろうが、歴代最強の転生者である先祖様の血を受け継ぐ僕たち一族には及ばない」
「はいはい」
「……だが、帝国の戦力は単純な数の計算ならこの国の非戦闘員を含めた人口の十倍よりも多い。お前の言ったように数の暴力は偉大だ。いくら僕達一族が強くても一人で捌ける数には限度がある」
「なるほどなるほど」
「このままでは、きっとこの国は帝国に負けてしまう」
「…………へぇ?」
「どうかしたか?」
「……いえ、なんでも。続きをどうぞ」
シオンの説明に同意や相槌を打つことで反応を示していたオワリだったが、シオンの言葉に何かを考えるような様子を見せる。
しかし、それも一瞬のこと。オワリの様子に疑問を持ったシオンの呼びかけにニコリと笑みを浮かべ、話を続けるように促した。
「……だから、国王陛下は決断されたのだ」
「…………」
「数の暴力を打ち破るための力を使うことを」
「…………あぁ。そういう事ですか。懲りないな。あれは」
「……っ」
オワリは呟いた。心底呆れたように。おぞましいほどに冷たい声で。
「もういいですよ、シオン。ありがとうございました。大体は理解できましたから」
ほんの三秒前のそれが幻だったのではないか。そんなことをシオンに思わせるほどに再び口を開いたオワリの声は落ち着いていた。