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「無理だ……兄様は僕と違って完璧なザハード家の人間だぞ!? 僕とお前じゃ逆立ちしたって勝てるわけがない! 大体兄様と闘って何の得がある!? 考え直せ! 死にたいのか!?」


 シオンはオワリの言葉を理解する。

 そして、身振り手振りを交えて激しく否定する。

 それでもオワリの浮かべた笑みが引っ込むことは一切ない。

 それは同時に彼の考えに変化がないことを意味していた。


「否定から入るのは良くないですよシオン。考えたんですか? 勝てる方法がないか、貴方の兄に死角はないのか。本当に考えたんですか?」


 オワリと同じようにシオンも自分の考えを曲げる気はない。

 それを示すように動かないと半ば理解しながらも引っ張るシオンにオワリは少し困ったような顔をしてそう言った。


「いいですかシオン。私はシオンの事も貴方の兄の事もよく知りません。知りたいとも思いません。でも、今の言い方にはシオンが作った得体のしれない兄の虚像に勝手にシオンが怯えているだけのように聞こえます」


「……っ。違う! ステイル兄様は、たしかに人間性はちょっとあれな所もあるけど、でも、それでもザハード家の人間なんだよ!」


「……うーん」


 オワリは頬を人差し指で掻きながら首を傾げて曖昧な表情を浮かべる。


「……ま、いいです。とにかくシオンはきちんと見ていてくださいね」


「待っ、何を……!」


 考えるような仕草を見せるオワリ。

 しかし、次の瞬間にはそれを諦めたようにステイルに向き直る。

 何をする気かは誰に説明されずともよく分かった。

 だからこそ、シオンはオワリを止めようとした。

 たとえオワリが忌み嫌われる死刑囚であったとしても、その命が無意味に散らされていいものではないと思ったから。


「……ぁ……?」


 シオンの伸ばした手は空振った。

 何が起きたのかシオンは理解できない。目の前にいたはずのオワリをなぜ掴み損ねたのか理解できない。

 なぜ、オワリが目の前から消えたのか理解できない。 


 次瞬、小さく声が漏れた。

 シオンからではない。

 ステイルから漏れた。

 シオンは視線を向ける。

 ステイルは左手で首を抑えていた。

 右手でいつの間にかこの研究所すら吹き飛ばせてしまうのではないかと思うほどに巨大な破壊の権化を浮かべながらステイルは首を抑えていた。


 何が起きているのかシオンには把握できていなかった。

 ステイルの行動に疑問を抱く。

 そして、見つめる。


 赤い液がステイルの首を抑えた手の下から重力に従うように落ちていき、一本の線が描かれた。


「あ……ぁ……っ」


 それは徐々に太くなっていく。

 徐々に、徐々に、少しずつ。

 しかし確実に。

 太く、赤くなっていく。


「……あ、分かった。これ……血だ」


 シオンはそこで気づいた。

 それが血であることを。

 ステイルが首を抑えて血が流れるのを止めようとしていることを。


「なんで……?」


 でも、理解できない。

 何が起きてそうなったのか。

 自分の魔法で傷つけたのだろうか。

 そんなわけがないとは思いつつもそんな馬鹿げた思考が頭をよぎる。


 そしてもう一つの疑問に気付く。

 なぜ、魔法で治さないのだろうか、と。


「……あぁぁ……っ!」


 ステイルがシオンを見る。

 何かを訴えるように口を動かす。

 そこにいつもの見下すような姿はない。

 しかし、それ以上にシオンステイルの口に関心を奪われた。


「……舌が……ない?」


 目にうっすらと涙のような液体を浮かべ、口を開き何かを訴えようとするステイル。

 その口の中にあるはずのものがなく、正しくは切断され、失った容積を血で埋めているのが見えた。

 ぼたぼたと大量の血がステイルの口から溢れる。


 それを理解してシオンはもう一度ステイルを見る。

 目元に液体を浮かべて、必死に何かを訴えようとしていた。


 シオンには、まるであの傲慢な兄があろうことか欠陥品である自分に涙を浮かべて助けを求めているように見えた。 


「……ははは」


 シオンは力なく笑う。

 自身の愚かさに乾いた笑い声をあげる。

 それはあり得ないから。

 散々自分を見下して来た兄が、たとえ何があっても自分を頼ることなどあるはずもない。

 シオンはそれを知っていた。


 だから、笑みを浮かべる。


「ステイル兄様。すみません。僕には兄様が何をやっているのか分かりません。けど、そんな冗談みたいなことをやっているということは少し落ち着いてくれたということですか?」


 ステイルが目を見開いた。

 そこにどんな意図があるのかシオンには理解できない。

 ステイルはたしかに性格にこそ難があるが欠陥品の自分と違い完璧なザハード家の者だ。そんな彼がやることを欠陥品の自分が理解するのは難しいだろう。

 シオンはそう思った。


 だから、困ったように笑みを浮かべる。

 あとで殴られるかもしれないが、少なくとも状況は少なくとも先ほどより良くなったらしいことに安堵して。

 理解の及ばないことは多いがそれはこれから理解していけばいいとひとまず自分に言い聞かせて。


「強化魔法のおかげですかね? 魔人よりも硬いなんて驚きです」


 ぬらりとステイルの背後から姿を見せたオワリが短剣をステイルの首に当てる。


「……ぁ……ぁああっ!!」


 そんなオワリにステイルは叫ぶ。

 声にならないそれは本人以外誰にも理解できない。

 ただ一つ、シオンに理解できたのはステイルが目に力を込めたこと。 

 つまり魔眼を使おうとしたこと。


「おっと、それは流石に面倒なので勘弁してください」


 そして、オワリが何のためらいもなくステイルの目を短剣で串刺しにしたこと。


「……オワリ?」


 シオンの思考が瞬間的に白に染まる。

 それは自己防衛のようなものだった。

 灰色で塗りつぶされた思考。それを今一度塗り替え理解しなくてはならない。

 そんなシオンの無意識的な思考がシオンの思考を白に染める。


 そして、ようやくシオンは事態を理解した。

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