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以前、シオンがまだ十歳だった頃の事、まだシオンがステイル相手に反論をすることに意味を見出していた頃の事。
シオンはステイルの逆鱗に触れ殺されかけた。
その時と全く同じ、下手すればその時よりも数段怒りのボルテージは上に見える。
怒りによるものなのか顔はどこか変色しているようにすら見える。
当時はローラとロイがシオンを殺しかけたステイルを止めた。
しかし、今回その二人は居ない。
つまりそれは今この場において誰一人ステイルを止めることができる存在は居ないということで。
「…………おい、オワリ」
シオンは呼びかける。
目を血走らせ、自分に馬乗りになり、一切の容赦なく殺意すら抱いて拳を振り下ろす兄を思い出し、体の末端に隠せない震えを走らせながら呼びかける。
「逃げるぞ! ああなった兄様はもう止まらない!」
そして、叫ぶ。
オワリの手を引っ張り、魔人など何の問題にもならないほどの脅威と化した兄に背を向け全速力で走り出す。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
しかし、それは三歩と続かなかった。
細腕のどこにそんな力があるのかと問いたくなるほどの力で逆にオワリはシオンを引っ張り寄せる。
いともたやすくシオンの力の向きは入れ替わりオワリの胸に収まった。
「な、何するんだバカ! 早く逃げないと兄様の魔法が……!」
「シオンこそ何を言っているんですか? 私は言ったはずですよ? ここで学習しろと。それにこうも言ったはずです。ここにはうってつけの材料が揃っていると」
「……お前……何を……?」
オワリは笑う。
それはこれまでシオンに向けていたいかにも人の良さそうな、彼の経歴上胡散臭さすら感じる笑みではない。
もっと攻撃的な、悪趣味な、そういう類の笑みを浮かべる。
シオンにはそれが理解できない。
理解できるけれど理解できない。
目の前の人間がどうしようもない狂人であることをようやく思い出した。
「まだ分からないんですか? 体力の節約、効率の良い闘い方。あれを使って見せてあげますからしっかり見て学んでくださいねってことですよ」