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「……索敵なら任せろ」
「おー、頼もしいですね。魔力のない私にはできないことですから羨ましいですよ」
少し歩いて、ポツリとシオンが無音を終わらせるようにそう切り出した。
魔法をオワリは理解できていない。魔力を持たず魔法とは無縁とも思える彼だが、知識として知っておくだけでも無駄になることは無いだろうと学ぼうとしたことがある。
しかし、オワリには全く魔法というものが理解できなかった。
彼の理解力が足りないとかそういう話ではない。
オワリが学習に使った魔導書によると魔法の原理は極めて単純。己の体内の魔力を放出することによって外界を漂う魔法の源たる『何か』に干渉することで魔力を放出した者の望む事象を引き起こす。
漠然とした理解。それがこの説明によってオワリが得た成果だった。
そもそも、魔力がないのだから魔力を放出するという段階ですでにオワリにとっては理解しがたい話である。それでもオワリはせめて魔力を持たない弱者である自分でも魔法の理解だけはと考え次のページをめくった。そんな彼を待っていたのは長ったらしい詠唱とそれによって引き起こされる事象の数々だった。
そこから先のページは全て詠唱と事象に埋め尽くされていた。説明という説明はこれ以上一言もなかった。
その結果、オワリにとっての魔法とは「長ったらしい詠唱を聞き取れないほどの超高速で済ませ、魔力を放出することでどういう理屈かは分からないが、何らかの不思議な現象が引き起こされるもの」というお世辞にも理解できているとは言えないようなものとなってしまった。
だから、オワリはシオンが用いている魔法の理屈は全く分かっていない。
しかしそれでも、それがどういった効果をもたらすものなのかは知っている。
周囲に存在する魔力を有するものを感知する魔法。魔法の中でもよく知られた部類であり、使えない者を捜す方が難しいほどに初歩的な魔法。
一般的には『サーチ』と呼ばれている魔法である。
オワリが最初に詠唱と効果を覚えた魔法でもある。もっとも、どのみち魔力を有しないオワリに使うことはできず、詠唱も速すぎてほとんどオワリが覚えたそれの原型はとどめていないのだが。
「うわっ……」
「どうしました? もしかして囲まれていますか? 殺意は感じなかったのですが」
「……いや、研究所全体に使ったら反応が多すぎて気持ち悪くなった」
「……でしょうね」
並の人間が『サーチ』を用いて感知をできる範囲はせいぜい自分を中心に半径100mといったところである。
しかし、優秀な人間が使う魔法は同じであっても効果の深さが全く違う。
これは初歩的な魔法であればあるほどに顕著に現れる現象であり、今回のような『サーチ』に関して言えば、非常に優秀な人間でおよそ1㎞先まで感知してみせる。
それがシオンともなれば10㎞は容易く感知してみせるだろう。
事実、シオンは何も特別なことをしたつもりなく研究所全体の感知をした。やろうと思えばきっとそれより先の地帯の感知をすることも難しくはないと考えられる。
恵まれた才能に僅かばかりの嫉妬を覚えつつ、シオンの意図しない天才の発言にオワリは呆れたようにそう返す。
「とりあえず、ちょっと先までを見るようにする」
「はい。それでいいと思います。囲まれると厄介なのでそこだけは注意を配った方が良いかもしれませんね」
「……分かった。……一ついいか?」
「……さっきのことなら気にしなくていいですよ。私も私の考えが絶対に間違っていないとは言えませんから」
「……いや、そうじゃなくて」
「……?」
「その……囲まれてる」
「……マジですか」
視線を逸らし、乾いた笑みを貼りつけるシオン。
その表情が冗談とかそういう類のものではないことを示していた。