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「…………どういう意味だ?」
静寂を壊したのはステイル。その言葉に先ほどまでの誰かを見下し嘲笑うような気持ち悪さはない。
もっと、純然たる悪意。殺意と言い換えても問題ないもの。それを言葉にのせオワリにぶつけた。
「ま、待ってください兄様! こいつの今の発言は決して今兄様が想像しているようなものではなくて……その……」
シオンは慌ててステイルとオワリの間に割り込む。
性格に難はあるもののザハード家の人間としての才能を十分に持つステイルが死刑囚であるオワリに本気で殺意を持てばどうなるか。
どれだけ好意的に解釈したとしてもこの場が何事もなく綺麗に収まることなどあるはずもなかった。どう軽く見積もっても死体が一つは出る。そんな状況は何としても避けなければならなかった。
しかし、そのためにはシオンには言葉も力も足りない。
「――何をやっているんだい? 二人とも」
「「~~ッ!?」」
「……おやおや、これは」
シオンは考えた。
しかし、何一つこの場を納める案はなかった。一触即発の危ない状況。それを終わらせたのは唐突にシオンとステイルにかけられた声。それと二人を抱き込むように二人の肩に置かれた手だった。
場の視線は全てがシオン達に向けられていた。意識もまたシオン達に向けられていた。
しかし、誰もその男の存在には気付かなかった。気付けなかった。
別のものに意識をとられていたからと言ってしまえばそれで終わってしまう話ではあるのかもしれないが、ただの一人にも気付かれず部屋に入り、声を発し体を触り意識を自発的に向けさせるまで誰一人気付くことのなかったそれの手腕にオワリは感心したような声をあげる。
「元気があるのは構わないけれど、喧嘩は時と場合を考えてするべきなんじゃないかな? 私達は誇り高きザハード家の者なのだから」
「ご、ごめんなさい。ロイ兄様」
「……すみません」
「反省しているならそれでいいんだ。でも、喧嘩の原因は後できちんと説明してもらうよ。ザハード家当主として、二人の兄として、私にはそれを知っておく義務があるからね」
男の叱るような言葉にステイルは先ほどまでの勢いはすっかり消え失せ、肩を落として謝罪を口にする。そして、それに続くように、ステイルとは違いどこか安堵したような表情を見せ、シオンも謝罪の言葉を口にする。
そんな二人の様子を見てロイと呼ばれた男は満足そうに一度頷くと二人の頭を撫で、笑みを浮かべてそう言った。
「ヒイラギ・オワリ」
「……? なんですか、ザハード家当主様?」
「…………いや、何でもない。国王陛下の御前だ。お前もお行儀よくしておくように」
「……はーい」
二人から視線を外し、オワリに向けられたロイの視線。
二人に向けられたものとは明らかに質が違う声になんでもないわけがないことはオワリには分かっていた。
何を言おうとしていたのかも確証こそないが、大体の予想はついていた。その者のプライドを傷つけかねないから呑み込んだだけに過ぎないという事も。
だからこそ、それを理解したからこそ、オワリが背を向け歩いていくロイに何かを言うことは無かった。
「なんですか。揃いも揃って人の行儀がなってないみたいに」
「……」
「何か言いたげですね」
「……別に」
「……むむむ」
「いいから前を向け。兄様が言ったことを忘れたのか?」
「……はーい」
ザハード家当主であるロイがこの場に現れたということは。それはつまり、ロイが護衛している人物もこの場に現れたということで。
国王は居た。相変わらず実年齢と容姿が全く一致しない、艶やかな銀髪の美男子が居た。いつの間にか、ロイと同じく誰にも気づかれることなくそこに居た。何も言わず、ただいつの間にか用意されていた椅子に腰かけ部屋の様子を見ていた。