魔法部、北へ その197
三月の朝、俺は葉月へのプレゼントをウエストポーチに入れて、家を出た。
まだ寒いとは言え、梅も桃も咲き散り、今や桜の開花予報が天気予報を賑わしている。
学年末試験も終わり、俺は補講と追再試験を受けに登校するのだ。
俺は、魔法の実技が赤点なのだ。
いや、初めから素質が無いので、赤点決定なのは解っていた事だけど。
学校に着いて教室に入ると、担任が追再試を受けるか、補講にするか聞いてきた。
なんだそりゃ。こっちで選んで良いのか?
「補講でお願いします」
これ以上、いくら試験を受けても、魔法が使えないので試験に通るはずがないからだ。
「よーし、藤波、ジャージに着替えて、グランドを十周走って来い!」
魔法の実技試験の補講が、何故にランニングなのかは分からないが、俺は走りに行った。
別に教師がグラウンドまでついてくる事はない。教室の窓から見ているだけだが、周回のカウントだけは、しっかりと行なっている。
グラウンドを十周走ると、赤点ギリギリの40点が貰えるのだ。
元々の試験が、0点でも、10点でも、35点でも40点だ。
40点プラスでは無く、その教科が40点になるのだ。
もちろん、補講は昼には終わるので、食堂で早いお昼ご飯を食べている。この時間だと、運動部が、まだクラブ活動中なので空いているのだ。
普段食べられない人気メニューも頼み放題だ。
俺が頼んだメニューはたぬきそばとカツ丼の勝手定食だ。
勝手定食とは、自分で勝手に頼んだメニューの組み合わせで、勝手に定食にして食べるのだ。
食堂の作った定食メニューでは、麺が少なかったり、揚げが一枚だったりするからだ。そんな物では、運動部の男子には足りないのだ。
俺のメニューも、この時期の高校生にはエネルギーが必要で、脂と炭水化物に片寄ったメニューになってしまっている。
食堂に、葉月が俺を探しに入って来た。クラブ活動の時間だと思うのだが、俺はそれを見ていた。
「何処にいるのよ! もう。教室にも図書室にも居ないし」
俺が見つからない事に苛ついている様だ。
「俺は、さっきからここにいるよ。
そして、この後、コーヒーを飲んで出て行くよ」
俺は、抑揚のない声で答える。葉月の事を怒っているとかでは無い。普段からこの調子だ。
「まって、森野ちゃんから、応援の要請が来てるの。
助けて欲しいって」
森野ちゃんと言われても、俺には心当たりが無い。
「誰それ?
行っといでよ」
「違うのよ、貴方もなのよ。勇人」
「チャッ、チャッ、チャッ。チャッ、チャッ、チャッ。チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ、チャッ!
応援終わり」
「何言ってるの? あの森野ちゃんよ。
もっと真面目にしてよ」
あのと言われても、全く思い当たる人物がいない。
「????」
言葉には出ないが、わからないと言う表情が顔に出ていた。
「文化祭の時にきてくれたでしょ。
あの、森野ちゃんよ」
「ああ、あの中学生か」
俺は、桜木が魔法部に出入りするとかしないとかで、大揉めした時の文化祭を思い出した。
その時にフローラが来て、妖精の世界を救えとか大騒ぎをしたのだ。
そして、そこで勇者として、呼び出されていたのが、魔法使いの森野と言う中学生だ。
文化祭の最終日にも、学校に遊びに来てくれている。
「そう、あの中学生の森野ちゃんよ」
「何? 勉強を見て欲しいの?」
「どうしてよ」
「だって、もう三年生になるのだろう」
「そうだけど、違うのよ」
「じゃあ、俺は関係ないな。夏休みにでもくるように言ってくれ」
「だから、違うのよ」
「勉強を見て欲しいのじゃないの。助けて欲しいのよ」
「じゃあ、俺じゃ無理だな。塾もあるし」
「秋田の山奥にね、吸血鬼が住み着いたんだって」
何も言っていないのに、葉月は、応援の内容を話し出した。
「それで、問題になって、退治に出かけたらほぼ全滅したのだって」
「聞いてる?」
「聞いていない」
「それでね。私達に応援に来て欲しいのだって」
何か、どや顔をして、俺の返事を待っている。
「じゃあ、頼んだわよ!」
葉月は言いたい事だけ言うと、すぐに立ち去ってしまった。
もしも助けに行くのなら、出発メンバーや時間、交通機関など、打ち合わせしないといけない事がたくさんあるだろうに。どうするんだよ。
って、どこに行くんだよ。あの娘、秋田県って言ってなかったか?
俺は、取り敢えず科学部の鈴木の元を訪ねた。
作って貰っていた武器の受け取りだ。
「ハェーヨォ。
出来てるけど、試射してねぇぜ」
「ああ、良いよ。
自分でするよ。
こっちは弾な」
「それで、もう一つ作って欲しいのだが、期限が今日の放課後なんだ」
「無茶言うなよ」
鈴木は、俺の言う通りの物を作ろうと、図面を引き出した。もう一つと言ったが、本当は一つでは無い。吸血鬼と聞いて、できる対策をしておくのだ。
理屈は分かるのだが、現実に作るとなると、普段からエラーアンドトライをして実験しているものには敵わない。
その後演劇部で、衣装を俺のサイズに合わして貰っていると、桜木から電話が来た。
「忙しんだ。切るぞ」
「待てよ。俺も行くんだよ」
「来るな。以上」
「待てって、優希もみんな行くだろう」
「打ち合わせとか準備があるだろう」
「ええ? なんでだよ」
「取り敢えず、部室まで来いよ」
「どっちのだよ?」
俺は、魔法部の部室に呼び出された。
魔法部の部室に着くと、いつものメンバーが揃っていた。
部屋に入ると、栃原部長代理の横で葉月が睨んで来た。
もう、何かのオリエンテーションが始まっていたようだ。
俺は、教室の後ろの席に黙って座った。
「という訳で、吸血鬼が大量発生していて、現地の魔法使いだけでは手に負えないそうなの。
もちろん、警察や猟友会や町内会、農協なども動いてくれているらしいのだけど、被害者が出る一方らしいわ」
(そりゃそうだ。町内会ってゴミ出しかよ。普通は自衛隊だろう)
「で、我が魔法部で討伐応援の依頼を受けました。
交通費全額支給、食事三食、一日一万円で四日間です。
付近にお店は有りませんので、必要な物は事前に購入してきてください。との事です」
(一体いくらで受けたのだよ。魔法部と言っても二人しかいねぇじゃん。
魔法部が、間に入るピンハネ業者に見えてきた)
「宿泊所は、村の公民館になるそうです。お風呂は有るそうですが、温泉は無いそうです」
多分、これは、さっき葉月が話していた秋田の吸血鬼の案件だろう。
そうそう、世の中に吸血鬼に居られても困るからだ。
あちらこちらに居るのなら、もっと問題になっているだろう。
そして、葉月が栃原部長代理に話して、森野さんと葉月の依頼では無く、村役場から学校の魔法部への依頼に切り替えたのだろう。
しかし、相手が本当に吸血鬼なら、栃原部長代理が来たら危なく無いか?
俺は、そのような事を考えていた。
俺は、席を立って教室を出た。
「どこに行くんだよ?」
桜木が聞いて来た。
「浅草と秋葉原」
「どうしてだよ。話を聞いておけよ」
「どうせ、出発は明日だろ。
買っておくものがあるのだよ」
「今晩じゃ無いのか?」
「夜行列車はもう無いぜ。
バスで行くのか?」
「俺が知るかよ」
「お前は良いのか?」
「何が?」
「ボウガンの矢だよ」
「4日分も有るのか?」
「あっ!」
俺達は黙って、魔法部の部室を出た。
ブックマークをありがとうございます。
いよいよ、話は3月、最後の章でございます。