妖精たちの帰還 その196
四人で喋っていると、妖精達が、砂糖湯のお代わりを言って来るので、葉月が淹れている。こいつらの食欲に底と言うものはない。
出されたケーキを大方食べ尽くすと、お土産のケーキまで食べようとし出した。
「ダメだろう。それは皆んなに持って帰ってやれよ」
「だって、こんなにも要らないわよ」
「ケーキだって、美味しいうちに食べないと悲しむわよ」
「お仕置きよ」
「ブブブブブブブ」
妖精達がとんでもない理屈をつけて、ケーキを食べようとしている。
「ダメだって言ってるだろ!」
俺は、床を叩いて、虫達を叱った。
「葉月ぃ、勇人が叩いたァァ」
「あらぁ、かわいそうに」
ガサガサ
「叩いて、ねぇだろうが」
ガサガサ、「ブブブブブブブ」
「葉月ぃ、勇人がこわ〜いぃ」
「大丈夫? こっちいらっしゃい」
ガサガサ
「イチゴジャム湯を作ってあげるわよ」
ガサガサ
「葉月ぃ、ありがとぉぅ」
フローラが、パタパタと葉月のところに飛んで行く。
ガサガサ
ビリビリビリ
葉月が、フローラのとんすいにジャムを入れて湯を注いでいる。
ビリビリビリ!
ガサガサ、バリバリ!
「なぁーに? そこから甘い匂いがするのぉ?」
「ブブブブブブブ」
「ギギギググギグゥ」
「キャァー、それは、ダメェー!」
妖精達が、葉月のカバンから赤い包装紙の包みを出して、包装紙を破いていた。
葉月が、自分もカバンを取り返した時には、破れた赤い包装紙と「勇人へ」と書かれた手紙だけが残っており、中身は奪われた後だった。
「これ、甘〜い!」
パタパタ
ぶぶーーん
ヒラヒラ
ブブブーーン
四匹の妖精が、空中でハート形のチョコレートに噛り付いている。
「やめて! 返してよ!」
葉月が立ち上がって、チョコレートの奪還に向かうが、妖精達とチョコレートは飛び回って逃げ回っている。
栃原先輩は、おもむろに自分のカバンを引き寄せて、胸の前に抱いた。
まるで、大切な何かを守るように。
「葉月だけズルいわよ。一人で食べるつもりだったのでしょう!」
「お仕置きよ!」
「ブブブブブブブ」
「ヒキュグブビブブギギ」
なぜか、妖精達が口々に抗議している。
これは、文化の違いでも有るのだろうか?
「違うわよ! お願いだから、返してよ!」
葉月は、必死に取り返そうと抗議している。
バシッ!
俺は、丸めた参考書で、飛び回る妖精達とチョコレートを叩き落とした。
床には、仰向けに倒れて、手足をゆっくり縮めて行く妖精と割れたチョコレートが落ちていた。
チョコレートはハート型で、ホワイトチョコで葉月のボーグとおかっぱ頭のフェレンギ人が描かれていた。多分だけどね。
(これじゃあ、耳が大きいのだよ。バルカン人は耳がとんがっているだけだよ)
「キャアァーー!」
俺の部屋に葉月の悲鳴が響く。
「勇人が割ったーっ!」
葉月が涙目で、割れたチョコレートを掻き集めているが、フローラ達も負けてはいない。
死んだ風な妖精も立ち上がって、五人でチョコレートの争奪戦をしている。
(何故? 俺が悪者なのか?)
「ゆ、う、とぉ」
葉月が泣きながら、俺を呼んでいる。
掛けてやる言葉が見つからないので、黙って葉月を抱き寄せる。
「大丈夫、気持ちは伝わったから」
「これ、美味いな」
俺は、床に落ちているチョコレートを拾って、一欠片を食べる。
妖精達のかじった跡があるが、気にならない風を装う。
「明日、ちゃんとチョコレートを買ってやるから」
「うん」
(良いのかそれで? ちょっと違うだろう。俺が買っていいのかよ)
仕方が無く、俺は、明日、葉月にチョコレートを買ってやる約束をしてなだめた。
「もう、お前らも帰れよ」
「これからは、人間に捕まるなよ」
「ありがとう、勇人」
「おいしかったわ。また、来るわね」
「もう、来るなって言ってるだろう」
俺は、机の引き出しを開けて、妖精達を追い返した。
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次回より、新章でございます。