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悪魔 その193


「これって、古典的な魔法の講義なんだよな」

「民俗学だよな」


桜木が思っていた内容と、現実の講義、実演が違うので驚いている。


「いや、間違いないさ」

「それも、相当手馴れた魔法使いだよ」

「割と古典に忠実だし」

(時代が、ムチャクチャに混じっているけどな)


「そうなのか? 良かった」

「目の前で始めちゃうし、どうしようかと思ったよ」


何か、安心したように桜木が喋っている。


 俺はちらっと桜木を見る。


(目の前に悪魔が出現して座っているのだが、何とも思わないのかよ)



「さあ、みなさん、準備が出来ました」

「最初の方から、願いを叶えて頂きましょう」


 彼はそう言って、一番端に並んでいる女性から、白い折りたたんだ紙を受け取った。

そして、マイクを彼女に向ける。


「…………。」


「聞こえません。誰のお願いですか? 自分の願いでしょ。あなたが願わないで、誰が願うのですか?」

「高いお金を払っているのでしょう」

「ここには、地獄の悪魔様が降臨されていますよ」

「今! 今、お願いしないと、いつお願いするのです」

「さあ、大きな声で、悪魔や会場の皆に聞こえるように」


「はい……。」

「私の、彼と、浩司との仲を元に戻して下さい!」

「一生、離れない様にして下さい!」


女性は、必死に大きな声を張り上げている。


「これは何ですか?」


司会者の男が、手渡された白い紙を開いて行く。


「浩司と私の、大切な部分の毛です……。」


女性は、恥ずかしそうに俯いてしまう。


「みなさん! この様に、媒介になるものがあると、より願いは叶うのです」

「特に、このように隠しておきたい秘め事の媒介は効果があります」


それを聞いて、俯いていた女性が顔を上げてにこりと笑う。



「エコエコアザラク エコエコザメラク ザルコザルコザルコ エコエコケルノノス エコエコアラディーア」


司会者が呪文を唱えながら、黒い布を掛けた箱から、何かをつまみ出した。


 全長30cmほどの甲虫に手足と顔が付いている。妖精だ。


「ギーッ! ギャーッ! ギーッ! ギッギッグッギッギッ!」


妖精は何かを言っているが、言語には聞こえない。まるで、金属音を擬音で表したかのような声を発している。


 司会者は、つまみ出した甲虫の妖精を悪魔の方へ差し出す。


「この者が、別れた男と永遠に添い遂げたいそうです」

「どうか、この者の願いを叶え給え」


 頭を垂れて、うやうやしく妖精を差し出すと、悪魔はそれを摘んで食べた。


 悪魔は、胡座をかいて座りながら左手を女性の背中に回して腰を振っている。

そして、おもむろに右手で甲虫の妖精を摘んで口に運んだのだ。

 しばらく口から足が出ていて、ジタバタと動いていたが、ツルッと口の中に吸い込まれた。


 悪魔はニタリと笑って、右手をその女性の方に突き出して、呪文を唱えた。


「ぎぐひゃうわんくぐ」


人の耳には不快に思う音だった。中国語や地球の裏側の民族の言葉を5倍速で喋られたって、ここまで不快にならない。そんな音だ。


 手をかざして貰った女性は、涙を流して喜んでいる。


「今、この方は願いを叶えて頂きました」

「その幸福感で涙しています」

「大丈夫ですか? 願いが叶いましたか?」


司会者の男が心配そうに聞いている。


「ええ、彼が、彼が、今、彼が私の元に帰ってきました」


「貴方は、彼が貴方の元へ帰って来たのが解るんですね」


「ええ」


もう、泣いて声にならない声を上げている。


「大丈夫ですか? 今、願いは叶いましたが、これから、幸せを掴むのはお二人の仕事ですよ」

「ぜひ、幸せなゴールをして下さいね」


何か、司会者が、女性に強いエールを送って話をしめている。


「あいつら、他人の命で願いを叶えやがった」


俺は、怒りを抑えて、平静を装った。


「え? 人が死ぬよりいいんじゃ無いか?」


「人がそんなに偉いのかよ」

「自分の願いなら、自分の魂を使えってんだ」


「そんな事したら、自分が死ぬじゃ無いか」


「それが嫌なら、悪魔などに願い事するんじゃねぇよ」


俺と桜木で言い合いをしていると、次の願い事を発表し出した。


「さあ、次は貴方ですよ。どうされました?」


「きよしの、浮気を、あの女と別れさせて欲しいの。お願いします」


「貴方の願いは、貴方の彼氏とその女性を別れさせて欲しいのですね」


「ええ、もう引っ付かないように、完全に、永遠に別れさせて欲しいの」


「分かりました。では、心からお願いしましょう」

「さあ、心から願うのです」


と言って、白い紙に包まれたものを受け取った。


 司会の男が、黒い布をかけてある箱から、何かを掴み出した。

全長30cmほどの羽の生えた女性だ。

花柄のワンピースに背中に陽炎のような羽を持っている。


「やめなさいよぉぉーー!」


「離しなさぁーい!」


どこかで、聞き覚えのある声だ。

あの甲高い、素っ頓狂な声、見た目も声もフローラだ。


 俺は左右を見た。

右は桜木に栃原部長代理、左は葉月が座っている。

彼らを立たせて、通路に出ている時間はない。遅くなると、フローラが食われてしまうのだ。


 俺は立ち上がり、椅子を踏み台にして机の上を走って行った。俺が、机の上を走っている途中で、葉月がフローラに気づいた様だが、俺はそのまま走って行った。


ドォッ! ドォッ! ドォッ! ドォッ!


「ヤメロォ! ストップ! ストップ!」


俺は走りながら叫んでいた。


 もちろん、俺が叫んだからと行って、フローラが悪魔に生贄に差し出されない訳がない。


 俺は、机の上を走りながら、サザンを憑依させる。机に座っている奴らは、スライムに食べられていく人間が走って行く。と勘違いしていただろう。


「止めろ! 止めろ! 止めろ!」


もちろん、叫べど、喚けど、やめてくれるはずはなかった。


 その間にも、フローラは司会者の手から、悪魔に渡されて行く。


 段々と前に行くほど微妙に机が低くなっており、机の間隔も有り、俺の脚長では走り難い。


 講聴生の間の机の上を走って行くのだが、机が教壇が見やすい様に、やや弧を描いて並んでいるので、座席がズレているところもあり、机の上は走り難い。


 サザンが憑依してからは、ウエストポーチから鉄刀を取り出し、魔刃を発生させて置く。


 最前列の机から、結界に向かってジャンプすると、人の作った結界などサザンに憑依された体だと、最中の皮程度の衝撃で破ることが出来た。


「やめなさーいよぉ~!」

「離しなさぁ~い!」


今や、悪魔に摘まれているフローラの声が響いている。


 フローラを摘んだ悪魔の右手を、鉄刀で叩き斬る。何の防御もしていない悪魔の右手は、なんとか切り落とせた。


 俺は、悪魔の方へ振り向いて、ゆっくり大見得を切る。


「悪いな。知り合いなんだ」


わざと落ち着いた声を出して、ポツリと呟く。



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