だから除霊だってよ その189
「なんだ、今日は儂が見えんのか」
「まあ、元々はひとだった奴は連れて行こう」
「…………。」
「元々人だった悪霊は連れて行ってくれるって」
「なんだぁ? 儂の声も聞こえてないのか?」
「そうか、爺さん、悪いなぁ」
「藤波ぃ、だからそっちじゃないって」
もちろん、桜木にも声が聞こえていない。ビデオのモニター越しに光る粒子の塊を見ているのだ。だから、場所や形は判るが、会話などは出来ない。
「その小鬼は置いておいてください。その子の式神らしいので」
葉月が、細かい指示を出している。
集まっていた信者達が、何やらお経をあげている。皆、御使いにしろ、死神にしろ、三途の川の渡しの船頭にしろ、何年も修行していて初めて見るのだ。
それを、目の前にいる少女が呼び出して、テキパキと仕事を依頼している。
その助けになろうと、自分達が信心する不動明王に縋っているのだ。
「…………。」
俺は、冬の超日本家屋の日本庭園の庭に突っ立っている。
何も見えない、何も聞こえない、周りに怪しい物など存在しないのだ。
なのに、このへたり込んでいる子は何かに怯えているし、葉月は誰かと話しているし、桜木は何かを撮り続けている。いや、ここにいる多くの者が何かを見て、聞いているのだ。
いつもの事だ。気にするのも馬鹿馬鹿しい事だ。見えない者には見えないのだ。
「勇人、終わったよ」
「お爺さん、帰っちゃったよ」
葉月が話しかけて来た。
つまり、矢嶋先輩の除霊と悪霊の浄化が終わったという事だ。
「蛟の噛みカスと小鬼のミンチは置いて行ったけど」
「市の清掃局職員だな」
「次の生ゴミの日はいつだ?」
「やめなさいよ。持ち主がそこにいるのよ」
「朱雀ぅ〜」
「あなた達、一体どういうつもりよ!」
葉月は、喜美絵って子に泣いて抗議されている。
(俺達が悪いのか?)
俺は、桜木が撮っているビデオモニターを覗き込んで聞いた。
「死んでいないのだろう?」
「元に戻るのか?」
「そうね。時間が経って、体にマナが溜まってくると、自然に回復するわよ」
「小さくて、まだ、弱いから、十年か二十年かすれば、数百年もかからないと思うわよ」
「よかったな、死んでいないそうだ」
「数十年もすれば回復するらしいぞ」
「私が婆さんになるわよ」
もっともな苦情だ。確かに人の寿命は妖魔や妖に比べて短いからだ。
「桜木、隣で暗く光ってるのは何だ」
「あれが、その式神のミンチだよ」
「富士見さんのクーにやられて、息も絶え絶えなんだ」
「噛み砕かれて、咀嚼されたからな」
「隣で光ってる奴は?」
「知らねーけど、この間の蛟の一部じゃねぇの?」
「あれは光ってるって事は、マナがいっぱい溜まっているんじゃないか?」
「元は、水の女神の眷属だし、あんな弱い式神のマナより多いだろ」
「そりゃ、ピカピカ光っているからな」
「でも、どうやって食わすんだよ」
「えっ? 食わすのか?」
「えっ、違うのか?」
「いや、知らん」
「知り合いにスライムはいるけど、式神は居ないんだ」
「普通はいねぇーよ」
「私がやってみようか?」
何か思うところがあるらしく、俺と桜木のいつもの掛け合いに、栃原先輩が言い出した。
「おお、さすがは部長代理だ。お前とは違うな」
「俺は部長じゃないよ」
「うちの部長は、今頃、カバの撮影に行ってるよ」
「だからやめなさいよ」
「瀬戸山さん、藤波君、手伝ってくれる?」
「嫌です」
「勇人!」
「先輩、なんでも言って下さい」
「おい、今、お前、即答で断ったな」
「いい話じゃ無いのは、すぐに解ったからな」
「じゃあ、藤波君、この蛟を切れるカッターをだして」
俺の返事を軽く無視して、栃原部長代理は俺にアイスラッガーを出せと言う。
「どうするのですか」
「少し、小鬼にマナを補充して貰おうかと思うの」
「小鬼の口は、私達で治すわ」
「口だけですか?」
「あんな物、全身治せないわよ」
「勇人、式神は人間などよりはるかに強いのよ」
「全身治していたら、こちらのマナが足らなくなるの」
「人間より弱いと、使役する意味が無いしね」
「どうして?」
桜木は、会話の内容が理解出来ていなかったようだ。
「弱い式を使うより、直接殴った方が強いだろ」
「えっ? お前、凄いな」
「昔、ある漫画家がな、『超能力でスプーンを曲げるより、手で曲げた方が早い』と言っていたのだよ」
「いや、そりゃそうだけど」
俺は、指輪からスライムのサザンを出して、俺に憑依させる。
右手の指に嵌めた指輪から、サザンが出てきて、俺を包み、肌に吸収される。
「グオぉー! お前ら何やってるんだ?」
喜美絵という子が遂に切れ出した。
すでに、俺たちを見る目が人を見る目じゃ無くなっている。
俺は、サザンに頼んで、結界のお札を作ってもらう。形状は、底面の一辺が、極端に短い二等辺三角形の三角錐だ。それに円柱形の柄が付いている。
イメージは柳刃包丁だ。
そして、ノートに魔法陣を描いて葉月に渡す。
これで、今日の俺の仕事は終わった。
俺は、部屋の隅に戻って、おにぎりを食いながら、勉強を続け行く。
葉月は栃原部長代理の肩を左手で押さえて言った。
「三回目です」
そして、俺から貰ったノートに書かれた魔法陣を読む。片手で身振りを付けて、ゆっくりと読んでいる。
次に、ノートを見ずに声に出して唱えた。
そして、右手も栃原部長代理の右肩に添えて、何やら詠唱した。
葉月を中心に、半径3m程が暗くなり、異世界の空間が開いた。
中は暗く、何も見えない。
葉月も栃原部長代理もその穴に落ちる事はなく、立っている位置は変わらない。
変わった事といえば、その暗闇からマナが吹き出していることぐらいだ。
葉月の髪は、下方より吹き上がるエネルギーによっては逆立ち吹き上がっている。また、体が眩しく光り、栃原部長代理に触っている腕も眩しく光っている。
なんと、葉月は、大地のマナを吸い上げ、栃原部長代理に誘導しているのだ。
「おい、おい、おい、藤波!」
「大変だよ。こっち来いよ」
ビデオのモニターを覗いていた桜木が大騒ぎしている。
「なんだ? 何かあったか?」
俺は、おにぎりを左手で持ったまま、桜木の方へ近づく。
「おい、地面から凄い何かが出ているぞ」
「前も蘇我さんがしていただろう」
「そうか? そうなのか? 俺は初めて見るぞ」
「なあに、俺にも何も見えて居ないさ」
今度は、栃原部長代理と葉月が呪文を詠唱している。
キュゥーパーン!
突然音がして、天使が現れた。
全長4m超の全裸の男性だ。ギリシャ彫刻のような筋肉質で、背中に片翼3m程の翼を持っている。
その翼をユッサユッサと羽ばたかせて浮いている。
俺にも、「パーン!」と言う音は聞こえた。大きなラップ音のようだった。
もちろん、その後は何も見えないし聞こえない。
「お、おい、何か出た。何か、何か出た」
ビデオには、空間が縦に裂けて、中の光の異空間が見えたと思ったら、眩しく光った途端、すごい音と共にその男が現れていた。もちろん、ビデオには、光の粒子の塊として映っている。
「藤波、何だあれは?」
「しらねぇよ」
俺は、ビデオのモニターを覗いて言った。
「大きなトンボじゃねぇ?」
「動いてる様子は、ウスバカゲロウだな」
佐藤先輩が、モニターを覗き込んで言っている。
「尾が有るから、ウスバカゲロウじゃ無く、ただのカゲロウだろう」
俺が、佐藤先輩の意見に修正をかける。
「馬鹿、御使よ。天使様」
栃原部長代理が、俺達を叱っている。