除霊とは その187
佐藤先輩が、俺達を見て、いや、おにぎりを見て喜んでくれた。
部屋の隅で、四人でおにぎりを食べていると、桜木と富士見さんが我慢出来ずに食べに来た。
見た所、矢嶋先輩に進展は無さそうである。
おにぎりの下に敷いてある海苔の対角線を持ち上げて、おにぎりに合わせると、三角おにぎりにちょうど合う大きさになっている。
手で摘んで食べるに丁度よく、空腹時に嬉しい食事になった。
ペチャクチャ喋って、おにぎりを食べていると、二、三十分は直ぐに過ぎてしまった。
桜木は直ぐに撮影に戻ったが、他の五人は、すでにだらけてしまっている。
「俺はもう帰っていいかなぁ?」
「明日、朝から塾が有るんだけどさ」
「もう少しだから、坐っていなさい」
葉月が怒って、帰らせてもくれず、しぶしぶ坐っていた。
そろそろ日付が変わった頃、おばさんが言った。
「この子に憑いている悪霊は強力です」
「本日の除霊はここまでにして、明日、また続けましょう」
「うちの孫も疲れてしまって、これ以上力が出ません」
「先生、よろしくお願いします」
一旦中止を宣言した霊能力者に、矢嶋先輩の親御さんがお礼を言っている。
俺は、コンビニで買ったワサビと辛子のキャップを外し、中のアルミシールもめくっておく。そして、かねてより準備しておいた指輪をはめる。本来は、軽い電撃とスリープの呪文がかけられている指輪だ。
そしてそっと、撮影している桜木に近付き、話しかけた。
「ああ、失敗だったな」
「ところで、こう言うのって、本で読んだのだが、煙で燻して、背中を竹の棒で叩くのじゃないのか?」
「いつの時代だよ」
「それは、明治か江戸時代の狐憑きか犬神だよ」
「もう、令和だぜ! スマートに現在風にやろうぜ」
「そっか、現在風にだな」
俺は、疲れて伸びている矢嶋先輩の側に行って言った。
「おい悪霊!」
声が裏返って甲高い声が出てしまった。
「おい、それは目玉親父だろう」
桜木がすかさず突っ込んで来る。
「いや、すまん」
俺は、わざと低音にして言った。
「おい悪霊! 最終通告だ」
「そいつから離れろ」
俺は、葉月の顔を見る。
葉月は、首を横に振っている。
悪霊は、矢嶋先輩から出ていないと言う事だ。
「何してるの? そんな事しても、除霊なんて出来ないわよ」
喜美絵と言う子が、気になるのか止めに来た。
「ああ、俺達はもう帰りたいんで、ちょっと強引に除霊しますね」
「無駄よ。明日、私達で落としますから」
「いや、ほんと、もう急ぐので」
俺は、鬱陶そうに頭を下げておく。
ウエストポーチから、アジシオの瓶を取り出して、片手でキャップを開ける。
「悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散!」
頭からアジシオを振りかけて見る。
桜木は笑っているが、矢嶋先輩のご両親の目が冷たい。
この道のプロが駄目なものを、高校生が真似をしてもどうにもならないと言わんばかりの目だ。
「駄目だ、桜木。次行こう」
俺は、アジシオの瓶を仕舞って、炒り大豆の袋を二つ出して見せた。
二つの袋を片手で持ち、一つを床に落とす。
「フジッコのお豆さぁ〜ん」
ドラえもん風に声に出して見る。
「止めろ! 藤波」
「畳が汚れる」
「ええぇ? じゃあ次行ってみよう」
「次じゃねぇよ。そっちの節分用の炒り大豆で良いじゃねぇか」
「モモの缶詰めぇ〜」
「ぶつける気か! 怪我をするから止めろ」
桜木は、俺から桃の缶詰めを取り上げた。
そして、桜木が、俺から取り上げたものを俯いて片付け出した。
その隙に俺は、左手で矢嶋先輩の頭の毛を掴み、右手でワサビと辛子のチュウーブを持ち、両の鼻の穴に突っ込む。
キャップを閉めるネジの部分が太いのだが、無理やり突っ込んだ。
「悪霊退散!」
叫ぶと共に、右手を握る。
「ぐうぅぅおおおおぉぉー!」
矢嶋先輩が鼻を押さえてのたうち回っている。
「桜木! 水! 水! 水!」
「お茶! お茶で洗って上げて!」
「藤波! 何やってんだよ!」
「矢嶋先輩、大丈夫ですか?」
桜木が慌てて、ぬるいお茶を鼻に入れる。
「ぐぎゃあァァ!」
矢嶋先輩はまた、のたうち回って、バタバタしている。
俺は、矢嶋先輩の肩を掴んで、言った。
「バルカン、ピンチ!」
バタン!
文字通り矢嶋先輩の身体が跳ねた。
ドラマでは、「バルカン、ピンチ!」などと言わない。バルカン人が黙って相手を気絶させるのだ。
しかし、ここで黙ってすると、葉月達にも何をしているか分からない。なので、敢えて声を出したので有る。
「ピンチ!」
「ピンチ!」
「ピンチ!」
バタン!
バタン!
バタン!
「藤波、出た。出た。出た。もう出てるよ。やめろ! 出てるよ!」
桜木が慌てて止めに来た。
「何やってんだよ」
「バルカンピンチ」
「どちらかと言うと、ラムちゃんだったぞ」
「浅間山で、蘇我さんが使っててさ。かっこいいから真似して作ったんだ」
「電撃なんて、使ってたか?」
「スリープだよ」
「今日は、特別にスリープを切って、電撃だけにして見たんだよ」
「死ぬから、やめてあげなよ」
「ERの『離れて!』、チュイーン、バン! って奴みたいだったぞ」
悪霊は、矢嶋先輩から離れたと言うので、俺もこれ以上はふざけないようにして離れた。
握りこぶし程度の人の頭部がたくさん集まって、2m程度の山になっている。それが天井の高さぐらいに浮いている。
ただし、俺や桜木には直接見えていない。
桜木は、天井辺りを撮っているし、栃原部長代理も葉月も、富士見さんも霊能力者のおばさんも喜美絵と言う少女も天井辺りを見つめている。
それを見て、俺は確信した。
「な、現在風に追い出しただろう」
俺は桜木にニヤリと笑う。
「藤波、丸い光の玉が、悪いオーラを出しているぞ」
「こいつら、病院で見た奴だ」
「それを出したかったのだろう」
「次! 富士見さん、犬を出して食わせて」
「え? え? 何? クウの事? はい」
急に自分に振られて、驚いている様だ。
「あの玉、持ったままだろう」
「ええっと、そう。そう」
納得した様だった。