除霊中 その186
俺は桜木の言葉をスルーして、葉月に怒られたので部屋の後ろで勉強を始めた。
霊能者の先生と幹部の二人とが、矢嶋先輩の正面に座ってお経を唱えている。他の信者さんが、その矢嶋先輩の回りを取り囲んでいる。
「何かお手伝いしましょうか?」
と、栃原部長代理は声を掛けたが、
「ふっ、座って見ていなさい」
「お前達じゃ、何も出来ないよ」
と、断られていた。
「お願いいたします」
と矢嶋先輩のご両親が頭を下げている。
「お前達は、この若者から離れて、行くところに行きなさい」
「この若者に憑いていたところで、何も良いことはないぞ」
「この若者は、まだまだする事がある。お前達について行かす訳には行かないのじゃ」
と憑依している霊達を説得しているが、霊達は聞く気がないようだ。
そろそろ1時間が経とうとしていた頃、俺はトイレに行き、帰りにお茶と煎餅を貰って来た。
トイレを探してウロウロしていると、信者さんが使うのだろうか、食堂と厨房が有った。トイレの帰りにそこにより、お盆に、急須と湯呑みと煎餅を載せて、お湯の入ったポットを貰って帰ってきた。
「持っていきますね」と言ってくれたのだが、それを断ってもらって来たのだ。
これは、学校帰りで、どこにも寄っていなかったので有り難かった。もう、十分腹が減ってきていたのだ。
俺がお茶を淹れて、煎餅をかじっていると、佐藤先輩が寄って来た。
二人でお茶で煎餅を食べていると、葉月と栃原部長代理も寄って来た。
「煎餅を、追加貰ってくるわ」
「ええ、お願い」
俺は、再び立ち上がって厨房に向かった。
俺は、今度は大きな袋の煎餅と饅頭の入った袋を貰って来た。
四人で、プチ茶話会を開いていると、時々、桜木と富士見さんが饅頭を取りに来る。撮影をしているので、音がしない饅頭がお気に入りの様だ。
「廃病院にいた時と雰囲気が違うのよ。あの総合病院で、大分と憑依をされたみたいなのよ」
栃原部長代理が状況を説明してくれている。
「悪霊ホイホイだな。あちらこちらの病院に掃除に行けるんじゃないの」
「仕掛けておこうか?」
「やめなさいよ。そう言うところよ」
余計な事を言って、葉月に怒られた。
「で、あのおばさん、なんで早く除霊をしないんだよ?」
「え? 霊が強力過ぎて出来ないんだよ」
佐藤先輩が、この状況を理解出来ないのかと驚いて説明してくれている。
「いや、悪霊退治じゃないよ。あいつから引っぺがすだけだよ」
「それが難しいのだよ」
「俺達には、分からない世界だな」
「まあ、信じて、任せよう」
俺達のプチ茶話会で、煎餅をほとんど食ってしまった。
二時間程が経過した頃、おばさんが動いた。
「誰か喜美絵を読んで来て頂戴」
「はい」
喜美絵を呼んで来いと言われて、信者の一人が走った。
彼に連れられて入って来たのは、高校生ぐらいの女の子だった。
「おばあちゃん、何?」
「まだ、終わらないの」
「おお、喜美絵か。少し手伝っておくれ」
どうやら、この女の子も霊能力者らしい。
「この人、何か嫌なものを沢山憑けているわね」
「どうしたら、こうなるのかしら」
「のうまく・さんまんだーばーざらだん」
彼女は、不動明王の真言を唱え出した。
すると、彼女の目の前に身長70cm程の鬼が現れた。
「藤波、何か小さい小人が現れた」
ビデオのモニターを見て、桜木が声をあげた。
「俺に言うな。そんなの見えねぇよ。まあ、大きい小人はいないよな」
「小鬼よ」
「彼女の式神よ」
栃原部長代理が説明している。
「あなた達、他人の式神を『小鬼』とか『小人』とか呼んで、失礼ね」
その女の子がこっちを見て怒っている。
「そうなのか? 藤波」
「俺に聞くなよ。本人がそう言うのだから、そうなのだろう」
「一般人が持てる式神など、たかが知れているだろう。知らんけど」
「だけど、そら、それを小鬼呼ばわりすれば、失礼だろうよ」
「いくら小さくても、本人にとっては大切な小人なんだろうよ」
桜木に聞かれ、俺は無責任に答える。
「たかが知れてるって、どう言うことよ」
「たかが知れてると言うのは、石高のたかで、数量を表すのものだ。昔の米の採れた量を表す言葉だ。つまり、せまい耕地面積では取れる石高も知れているだろう。わかっているよ。と言う意味だ」
「転じて、大した事ではないよ。と言うい……。」
また、話の途中で、葉月に引っ張られた。
「説明しなくていいのよ」
「自分では立派だと思っている式神を、高が知れていると言われて怒っているのよ」
「あの式神は立派なのか?」
「高校生か中学生っぽいから、人として、限界ぐらい立派よ」
「そうなのか」
「桜木、その小さいのは、その大きさで十分立派らしいぞ」
「聴いてたよ。そうなのか」
「このサイズで、世間では立派なのか」
「立派どころか、出せる人などいないわよ」
その、喜美絵と呼ばれている少女は怒っている。出した式神に相当の自信があるようだ。
彼女は不動明王の真言を唱え始めた。
「のうまく・さんまんだーばーざらだん・せんだん・まーかろしゃーだーそわたや・うんたら・たーかんまん」
「朱雀、やりなさい」
俺はズッコケる。
「密教と陰陽道がごちゃ混ぜだぜ」
「藤波、分かってるよ。あと三体出て来るのだよ」
「黙って見ておけよ」
桜木までが俺を叱ってきた。
その喜美絵と言う少女は、キッ! っと桜木を睨んでいる。
小鬼が両手を矢嶋先輩に当てて、何かをしている。その様子を桜木にはモニター越しに見えているが、俺には何も見えない。
その後、何も出て来ず、何も起こらず、一時間が経過した。
「じゃあ、俺、お代わりを貰って来ますね」
俺はポットと急須を乗せた盆をもってで部屋を出た。
人の気配がと言うこともない、普通に後から、栃原部長代理と葉月が付いて来る。トイレかなと思っていると、食堂まで付いて来た。
食堂には、おばさんが一人でポツリと待っていた。手伝いの信者さんや先生の夕食をラップして、テーブルに配膳したままなのだ。
あの人達も、矢嶋先輩の件が終わらないと、夕食を食べられないのであった。
「君達もお腹が空くよね。オニギリでも作ってあげようか?」
「ええっと、お願いします」
「台所を貸していただけたら、私達でします」
俺が、少し考えて、お願いしたら、栃原部長代理と葉月が自分たちですると言い出した。
結局、おばさんと栃原部長代理と葉月達三人で作る事になった。
焼き海苔を軽く炙り、適当な大きさに切り、三角おにぎりを斜めに乗せる。具は、鰹節に醤油を掛けて混ぜる、少し御飯と和えるとそれでおにぎりを握るとカツオおにぎりが出来る。
「ノリは巻かないのですか?」
「家で食べるときは、ノリが湿らないように、こうするのよ」
「食べる人が、その時に巻けばいいの」
葉月が栃原部長代理に聞いている。
食習慣や味付けは家によって違うので、仲が良くても驚く事があるものだ。
「油は有りますか?」
「アブラ?」
俺はおばさんに、油があるか聞いて見た。
「何か?」
「サラダ油でも天ぷら油でもごま油でも何でもいいです。油なら」
「有りますよ」
「何するの?」
おばさんは、サラダ油の容器を出して来てくれた。
葉月は、おにぎりに使うのかと疑っている。
俺はポットと急須と湯飲みの乗ったお盆にサラダ油の容器を持って、部屋に戻った。栃原部長代理と葉月はおにぎりの乗った大皿を持って付いて来る。