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緊急事態の概要を述べよ その184

 暗い廊下の端の自販機前でコーヒーを飲んで入ると桜木が呼びに来た。


「悪いな。今から見舞いに上がるって」


「おう」


俺と葉月は、佐藤先輩達と合流して二階のICUに向かう。


 大きな、ストレッチャー用のエレベーターで二階に上がると、皆んなとはぐれて、俺は階段の壁に転送シートを貼った。

 何も、転送シートは水平を取らないといけない訳ではない。

座標を取るときに、天地をちゃんと指定すれば良いだけの話だからだ。


 ICUの部屋の扉を開けると、二重扉になっており、ここの部屋で靴を履き変えるのだ。指定されたゴム草履に履き替えて、不織布のガウンを着て、マスクを装着して帽子を被る。

プラ手をはめて、消毒用アルコールをふって、粘着マットの上を歩いて入る。


 足で、小さなステンレスの蓋の様なものを蹴ると、中の扉が自動で開く。扉のノブを触らない為だ。


 俺は粘着マットの上にいて、そこで止まった。そして、扉の閉まるのを待った。


 誰も居なくなると、ウエストポーチからトリコーダーと医療用トリコーダーを出して、アルコールを噴霧しておく。他の入院している患者達に迷惑をかけない為だ。


 まず、俺はトリコーダーで皆の動きを観察する。

ICUには、窓側にベッドが八つ並んでいる。その手前から三つめのベッドに皆集まっている。

誰もコミュニケーターをつけていないが、人の集まり具合から言って、間違いないだろう。


 俺は、そのベッドの傍の位置の座標と現在位置を転送シートに送っておく。


 矢嶋先輩は寝ていた。正確に言うと軽い眠剤で寝かされていたのだ。

右腕には自動で定期的に血圧を測る血圧計、右手の人差し指には、血中酸素濃度を測る機器がはめられている。

そして、右腕には24時間点滴のチューブが刺さっている。痛み止めと抗生物質、と炎症止めだ。


 左前腕が骨だけになっているので、手関節付近から先は、傷口は赤黒く、皮膚は黄色く変色している。血液が流れないので、壊死を起こしているのだ。


「あなた達の友達の、息子は、もうこんな状態なのよ」

「この腕は、明日には緊急手術で切断します。もう切り落とすしか方法が無いらしいの」

「ちょっとした悪ふざけだったかもしれないけど、結果はこんな事になってしまったわ」


矢嶋先輩の母親は、みんなに怒りをぶちまいて説教をしている。


「お母さん、ここは重傷者の病室ですから、静かにしてください」


看護師が止めに来た。


「自分たちの軽率な行動が、人の一生を左右す……。」


その時、矢嶋先輩の寝ているベッドの左側に、光の粒子が舞い出して固まりになって男が実体化して来た。


 男は、不織布のガウンを着て、不織布の帽子を被って、不織布のマスクをして、使い捨てのプラスチック手袋をはめている。


 その男が、皆の方に向き直って言った。


「緊急事態の概要を述べよ」


「勇人、また……。」


と葉月。


「藤波、お前……。」


と桜木。


「あら、また来たのね。ドクター」


と栃原部長代理。


「があああぁぁ」


何を言ったか判らないが、佐藤先輩は、確かにこう言った。


「自分の目玉と腕を喰った患者はこれか?」

「自分で自分を喰うなんて、よっぽど腹が減っていたのかな?」


ちょっと顎を突き出し、嫌味っぽく、そして本人は気の利いたジョークを言ったつもりの演出をして言った。


「勇人、やめなさい」


葉月が止めてくる。


 俺は、左目のガーゼを外して、眼窩を覗き込む。


「これは、デブリがまだじゃ無いか」

「いったい、何をしていたんだか」


俺は少し怒ったような口調で、ナースを責める。


 医療用トリコーダーを開き、中からセンサーを取り出して、患部をスキャンする。左眼窩と左上肢だ。

そして、ガラス瓶の蓋を開けて、ピンセットで大きな蛆虫を取り出して、眼窩に入れた。


「安心したまえ、宇宙バエの幼虫だ。全くもって、患部を傷めずにデブリだけを食べてくれるのだ」


もちろん嘘だ。カブトムシの幼虫を基に、長さを半分にして、蛆虫の様にデザインして作った魔法生物だ。

口から経皮性の麻酔薬を出し、死んだ細胞のみ喰う用に作られた、魔法生物と言ってもそれっぽく動いているだけの物だ。掃除機ロボット程度の知能しか無い。


「ぎゃあー! あなたの何をやって、言ってやって、あなた達が」


矢嶋先輩の母親は、意味不明のことを言っている。


 俺は、左目は放って置いて、左腕の方を見る。


「この手はもう使い物になら無い様だな」


俺は、変色した腕を指して言った。

 前腕が橈骨と尺骨だけになっている。筋肉も血管も喰われて無いので、手は変色している。12時間以上も血液が流れていないので、細胞ももう死んでいるだろう。


「看護師くん、シャーレ、いや、この腕が入る大きさのパッドを用意してくれ」


俺は、金属製のベルトを用意した。


 金属製といっても、プラスチック製の普通の結束ベルトだ。一番幅広の物をホームセンターで買って来ただけだ。それを金属に見える様に、魔法でクロムメッキしただけだ。


 それで、上腕の中ほどを締める。

ステータスの筋力をあげて、ギチギチに締め上げる。

腕が引き千切れるかと思うぐらい変形している。


 医療用トリコーダーのケースから一本のステンレスの針金を取り出して、摘んで持つ。

俺は左手で、矢嶋先輩の左腕を持ち上げて、その針金に魔刃を発生させて、肘の上辺りでスカっと切る。

 紫色の光に包まれた針金は、抵抗も無く、矢嶋先輩の左腕を横断した。

上腕で縛り上げているので、出血は少ない。


何も無かった様に俺は看護師に言う。


「後で、彼か彼の家族に処分して良いか確認を取ってから、適切に処分してくれ。訴訟になったら困るからな」


ドスン!


矢嶋先輩の母親は、耐えられずに意識を失って倒れた。

人が倒れる時は、結構大きな音がする物だ。

普通はうずくまったりする物だが、彼女は文字通り倒れたのだった。


「誰か、彼女をそちらに連れていってやってくれ」


俺は、チラッと見て意に介さない様な振りをして、作業を進めて行く。


 医療用トリコーダーから、ハイポスプレーを取り出して、残った側の上腕部に三箇所打つ。中には急速再生の魔法薬が入っている。

治らない怪我や病気には、切り取って、再生した方が早いのだ。


プシュ

プシュ

プシュ


光の粒子が集まり、舞い、瞬時に矢嶋先輩の左手を形成して実体化する。


「フン!」


あたかも成功して当然とばかりに鼻を鳴らし、顎を突き出しておく。


「デブリの掃除は終わったかな?」


独り言を呟き、左目の眼窩から、宇宙バエの幼虫をピンセットで摘まんで取り出す。

そして綺麗になった眼窩を覗き込む。


「フン、フン、よく働く良い子だ」

「何処かの誰かさんとは大違いだ」


プシュ

プシュ

プシュ


俺は、コメカミとまぶたの上、頬にハイポスプレーを打った。


 落ち込んでいた眼瞼が持ち上がって来て、見慣れた顔になった


「一週間は使わない様に言っといてくれるかね」


俺は看護師に向かって言った。

そして、皆を見回して微笑む。


「大丈夫、自分でプログラムを切る権限が与えられた。もう点けっぱなしになる事はないぞ」


さも、自慢そうに語りかける。

いい演出だと思っている風に演じている。


「コンピューター、緊急用医療ホログラム終了」


俺は、不織布のガウンの下の服に付けている左胸のコミュニケーターを叩いて消えた。


「なんだ? 今のは、誰だ?」


佐藤先輩が動揺して聞いて来た。


「藤波君よ。治療する時はアレをしたがるの」

「はじめの時もそうだったわ」

「何かのドラマのドクターらしいの」


「ボエジャーの緊急用医療ホログラムのドクターだよ。アレ」


栃原部長代理を桜木がフォローする。


「俺の時もあれをして遊んでいたのか。あいつ」


「途中で止められたら、相手を病院送りにしていたわよ」


自分が仇を取れと言ったにもかかわらず、栃原部長代理が話を盛っている。


「あいつも魔法が使えるのか?」


「彼は使えないわよ。魔法の道具が使えるだけで、魔法は使えないの」

「一旦家に帰ったから、道具を作っていたのよね。きっと」


「魔法が使えないので、道具を使うのか? って、完全に魔法だったぞ」

「手が生えて、眼球が戻ってるじゃないか」


「ちょっと、あなた達は出て行って下さい。すぐに先生を呼びます」


皆は、ICUから追い出された。


 俺は、ICUの入り口に転送されたので、ガウンや手袋を所定のゴミ箱に捨てて出て来た。

転送シートを回収して、一階の自販機でまたもや微糖コーヒーを飲んでいる。本日、二本目だ。

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