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182/215

何が効くかな その182

 俺は、テーブルに座って、勉強の続きをしようと問題集を開いた時、桜木が怒鳴ってきた。


「違うだろう! 荷物を片付けろ! 街に降りて、病院に行くぞ!」


「え? ロケはどうするのだ?」


「それどころじゃ無いだろう!」


「あいつはどうするのだ?」


俺は、ピエロの操り人形を指して言った。


「違うよ。天井に居たんだ」

「って、片付けろよ。逃げるぞ!」

「元に戻さなくて良いぞ。裸でも良いので、車に積み込んでくれ」


「ああ、良いのか?」


「一刻を争うのよ。藤波君、急いで」


 佐藤先輩が矢嶋先輩を背負って、栃原部長代理と葉月は回復魔法を矢嶋先輩に掛け続けている。

それを、桜木が撮影しながら出て行った。

 俺は、一旦、富士見さんを表まで連れ出して、車のそばに座らせてから、再び備品の回収に戻る。


 機材がアルミケースに上手く収まらないので、シャワーヘッドなどと一緒に、ウエストポーチへそのまま放り込んでおく。後で、桜木に整頓させれば良いだろうと言う判断だ。


「おい、誰かこの子も診てやってくれよ」


車に戻ると、車の側で富士見さんがぐったりと伸びて居た。


 一時間余りも、強制的に立たされて、自ら目玉を取り出したり、腕を喰うシーンを見せさせられたので、貧血を起こしていたのだ。


 富士見さんは、葉月が飛んで来てくれて治療に当たり、回復したらそのまま眠ってしまった。


 どうやら、桜木達は矢嶋先輩を助手席に寝かせるつもりらしい。

助手席の背もたれを倒して準備している。


「それ、下に何か敷かないと血だらけになるぞ」


俺は忠告したが軽くいなされた。


「こんな時に何言っているんだ」


「いや、シートが血で汚れるぞ」

「生地や中のウレタンに染み込むと取れなくなるぞ」


「あ、あの?」

「佐藤先輩? 何か敷いた方が良く無いですか?」


さすがに他人の車なので、気になったようだ。

桜木が佐藤先輩に、何か敷物が無いか聞いている。


「後ろに、機材の緩衝材の毛布が積んで有るのだが」


結局、矢嶋先輩は、ビニールシートとボロ毛布の上に寝かされた。


 乗車位置は、運転手は佐藤先輩、助手席に矢嶋先輩、二列目右が俺、二列目真ん中が桜木、二列目左は、助手席のリクライニングを倒しているので、使えないでいる。

三列目右が富士見さん、三列目真ん中が葉月、三列目左が栃原部長代理だ。三列目は二人がけだが、無理に3人乗っている。


 車は、静かに真夜中の山の病院を後にする。矢嶋先輩の傷は止血されているが、重症には違いないからだ。

ハイエースは衝撃を与えないようにゆるりと動き出す。


 佐藤先輩が、受け入れてくれる救急病院を探している。すでに数件断られているが、執拗に電話をしている。運転中の携帯電話の使用は違反なのだが、誰もそれを注意しない。


 それでも、6軒目には連れて来いと言ってくれる病院があった。いや、当番の病院を聞いて連絡しているのだが、「今は手がいっぱい」とか言われて断られ続けていたのだ。


「おい、藤波。どうしてお前だけ動けていたのだ? 嫌になるよ」

「やはり、サザンは強いのだな」


栃原部長代理も葉月も、矢嶋先輩の回復作業で手がいっぱいだったので、桜木が俺に話しかけて来た。


「サザンは関係ないよ。俺は、自分の姿を鏡に写さなかったもの」


「え? 何言ってんだよ。ちゃんと写ってたぞ」


「それは、俺とお前の中間点を取るだろう。それをA点とするだろ」


「何?」


「そのA点を通るように、鏡面から直角の線を引くんだ」


「おう、って、だから何言ってるの?」


「その鏡面と直角に交わってる点をB点としよう」

「そのB点には、俺から見ればお前が写ってるし、お前から見れば俺が写っている。しかし、そこには俺自身は写っていないのさ」

「俺自身が俺を鏡に写すには、俺のいる位置を通るように、鏡面から直角の線を引き、その線と鏡面が交わるところを見ないと、俺は写っていないのさ」


「いやいやいや、何言ってるの? お前、鏡の前をウロウロしていたじゃないか」

「絶対、その鏡の直角の線のところを通ってるよ」


「まあ、通っていたけど、映っていたかどうかは未確認だ。誰も確認していない」

「奴も確認出来ないのさ。どうしたって、奴と俺の中間点を通る線上に写ってる鏡像だからな」

「だから、俺が映っていることは誰も確認出来ないのさ。確認出来るのは俺だけだ」

「いわゆる、『シュレーディンガーの猫』だな」

「俺が確認するまで、俺が写っている鏡と俺が写っていない鏡が混沌として有るわけだ」


「そんな訳ないだろう。ちゃんと一枚の鏡だったぞ」


「その鏡に、どこにも俺自身の像が写っていなかっただろう」

「そして、お前らの体のコントロールだが、カタツムリをコントロールする寄生虫が有名だが、さすがにこんな多細胞生物の、こんな高等生物の手足は動かせなかったな様だな」

「カタツムリだって、身体をコントロールされてる訳じゃ無いからな」


「ゾンビは」


「あれは、人を食いたいと思わせているだけさ」

「細かいコントロールはヒトの脳がしているさ」


「じゃあ、どうやって」


「いわゆる催眠術さ」

「私は今、貴方の脳に直接話しています。って奴だな」

「耳の穴の中の、鼓膜の直前の空気を振動させるだけなら、大したエネルギーも要らないだろうし」

「どちらかは判らないがな」


「あいつが催眠術をかけて来たのか?」


「お前だよ」


「え? どうして俺が掛けるんだ」


「先週、学校で散々『鏡面世界からの侵略だ』って騒いでいただろう」

「皆の頭の中では、『鏡面世界からの侵略』が事実になっていたのさ」

「それに、夜中の廃病院、暗い中でのロケ、見鬼には現実に霊魂が見えているしな」


「ああ」


「脳が異常に興奮しているさ」

「ちょっとしたきっかけで、ふっと掛かってしまうのさ」


「しかし、天井から、何か糸の様なものが降りて来ていたぞ」

「それにコントロールされていたんじゃ無いのか?」


「知らん。そうかもな」


「桜木! 桜木!」


俺たちの話を断ち切って、佐藤先輩が桜木を呼んでいる。


「そうかもなってお前」


「桜木!」


「俺には見えないし、聞こえないからな」


「桜木!」


「え、先輩、何ですか?」


やっと、桜木が佐藤先輩の呼びかけに気づいたらしい。


「外、外、扉の外に何かいる」


「俺には何も見えませんが」


桜木が外を覗き込んで、辺りを確認している。


「俺にも見えねぇよ!」


佐藤先輩がどなっている。


「はぁ?」


「見えねぇから言ってんだよ。見えてたら困らねぇよ」


佐藤先輩は、チラチラと窓の外を見て、何やら確認をしている。


「花柄のワンピースの女性でしょ」

「それ、さっきから付いて来ていますよ」


栃原部長代理が矢嶋先輩を介抱しながら言った。全く、気にもとめていない感じだった。


「いや、何か白いフワフワした物がミラーに映るんだよ」

「で、覗き込むと何も無いし、窓を確認しても何も居ねえんだよ」


「あ、先輩、映っていますよ。人サイズの何かが」


桜木がビデオカメラを外に向けて、確認している。

 ビデオカメラには、光の粒子の塊が、窓の外に映っていたのだ。


「『殺してやる』って言ってるだけだから、大丈夫でしょう」

「格好も古い霊のようですし」


栃原部長代理は、特に慌てていない。どちらかと言えば無視状態だ。


「構わないのか?」

「何もしないのか?」


佐藤先輩が少し怯えた声で聞いてくる。


「ハンドルをしっかり持っていたら、大丈夫ですよ」

「昭和の格好をしていますし、直接、私達にどうこうされたとか、関係ある霊じゃ無いでしょう」


栃原部長代理は、矢嶋先輩を治療している。


「手、手、手、来た、来た」

「ハンドル持ってる」

「おい、おい、ハンドルを持ってるよ」


佐藤先輩には、窓から腕が伸びて来て、ハンドルを握っている手が見えている。


「おい、誰か何とかしてくれ」


「ハンドルをしっかり持って!」


栃原部長代理は、葉月の肩を叩いて、運転席を指差した。

 手が離せないので、代わりに処理して欲しいと言う合図だろう。


「分かりました。あれを祓えば良いのですね」


葉月がめんどくさそうに答える。

それを俺が手を出して止めた。


「まあ、ちょっと待って」

「俺達で何とかするよ」


 俺は、葉月達は後ろのシートに乗っているので振り向いていたが、桜木の方に向きを変えた。


「桜木、これを使ってみてくれ」


「また、アジシオか? 普通は焼塩とかじゃ無いの?」

「って、その胡椒と練りからしは何だよ」


桜木は、俺が両手に持っている胡椒の瓶とチューブの練り洋からしを咎めて来た。


「オチだよ」

「取り敢えず、それを撒いてやれよ」

「たぶん、効くぞ」


「ああ」


桜木は、アジシオのキャップを片手で開けて、運転席目掛けて撒き出した。

ブックマーク、高評価を頂きました。

ありがとうございます。


どなたかわかりませんが、本当、感謝しかありません。

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