廃病院 その177
辺りは、白いボンヤリとした光に包まれる。
病院の鉄筋コンクリートの建物が、白く浮き上がっている。
「ありがとうございます」
そう言って、桜木は三脚に乗せたカメラで病院の外観を撮っている。
普段から、星明りでも映ると豪語するカメラだ。車のヘッドライトの照明が有れば十分色まで撮影出来た。
一階の窓や扉はベニヤや板で封鎖されているが、二階以上はアルミサッシのガラス窓が閉まっている。
木々や草花は好き放題に育っており、この時期は、枯れて、落ち葉が積もっている。
もちろん、ここ最近は手入れなどされた様子がない。
こう言う画像は、インサートと言って、状況説明に必要なのだそうだ。
本筋の間や直前に入れる画像で、病院の外観が映る事で、見ているものが病院に来たと理解するのだそうだ。
学園物のドラマなどで、校門の風景が映る事で、学校内の事や登校風景なので朝の話だと理解が出来るのだそうだ。
桜木は、必ずこう言う画像を撮っている。
外観の撮影が終わると、富士見さんがMCで、オープニングの撮影に入る。
佐藤先輩、矢嶋先輩が照明で、栃原先輩、葉月は音声だ。
俺は荷物持ちで、背中に二本の三脚の入ったケースと両手に二個のアルミケース、両肩に二個のアルミケースを持っている。
残り二個を一個づつ矢嶋先輩と葉月が担いでいる。
桜木が帽子を7つ出してきた。右にドラレコのような小さなカメラが付いており、左に小さなLEDライトが付いている。
「全員これを被っていてください。何が映るかわかりませんからね」
桜木恐るべし、徐々に備品が増えているじゃ無いか。
まあ、これはこれでヘッドライトになって、結構都合が良かった。
俺達は、表玄関の割れたガラスの扉から中に入って行く。
貼られたベニア板も、補強された板も剥がされて、勝手入り口になっている。
(たぶん、この撮影も所有者に許可を取っていないのだろうな。これ、不法侵入だよ)
俺はそんな事を考えて、皆についていった。
入り口に、白いプラスチックの板に青い切り文字で、病院の名前と診察科目、診療時間、連絡先を書いた板が落ちていた。
診療科目が、
脳神経外科
神経内科
心療内科
一般外科
整形外科
胃腸科
リハビリテーション科
と書いてある。
なぜ? こんな山の中で、ごく普通の病院を開業したのだろう。
そら、経営は大変だったろう。
と、やはり関係ないことが気になった。
皆に続いて、病院に入って行くのだが、入り口は封鎖されている。誰かがベニア板を剥がしただろう所から入るのだ。ガラスも割られていて危険な状態だ。
桜木は、富士見さんに頭を下げて入るように指示している。しゃがんで入るのだが、ワザとカメラ位置を下げて撮影している。こう言うところが、桜木のワザトイところだ。
彼曰く、こう言う画像は一定の需要があるのだそうだ。
富士見さんが入ったところで一旦撮影を切り、スタッフが中に入り、もう一度富士見さんが入るところを撮り直す。
「しゃがんで、右側が前だったよ。マイクは左手で持っていたよ」
桜木は、細かい所作を覚えており、富士見さんに伝えていた。
俺は荷物持ちで、最後に入って行く。アルミケースをズリズリと中に押しやり、しゃがんで入る。
ガンッ!
扉が大きな音を出して揺れた。
「きゃー!」
照明とカメラがこちらを向く。
背中に担いだ三脚が、割れたガラスに引っかかったのだ。
「驚かせないでください」
「みなさん、すいません。スタッフが荷物をぶつけただけでした」
富士見さんが、驚いた後、MCを続けている。
入った所にカウンターが正面に有り、左が会計、右が薬局と有る。庭の敷地内に、院外薬局も建っていたのに、院内にも薬局の表示がある。
カウンターは左側が曲がって奥に続いているL字型のカウンターだ。
右側は、壁で、自販機置いてあったようなスペースと公衆電話が置いてあったような棚が置いて有る。
入って直ぐに左側に、長椅子がたくさん置いて有る。手前側の椅子は会計のカウンターに平行に置いて有り、一番後ろに丸テーブルが二つ、壁際に置いて有る。
会計や薬を待つ人の椅子だろう。
(って、やっぱり、院外薬局じゃ無いのかよ)
カウンターが曲がった奥が各科の受付になっている。
IDカードの診察受付でなく、昔ながらの診察券を入れるシステムだ。
そして、その前が荒れていて、スペースが出来ている。長椅子が片付けられてスペースが出来ているのだ。
その前に大鏡が四、五枚繋げて壁に固定されている。
そして、奥に廊下が続いていて右にトイレと階段、その奥、左手が診察室が続いている。
右手が、トイレの次が検査室、レントゲン室が続いている。
一番奥が処置室、救急外来になっている。
もちろん、俺には、会計と薬局のカウンターしか見えていない。
撮影が一旦中止されて、本格的な撮影の準備に入る。
「藤波、こっちにそれを置いてくれ」
「さっきは良かったよ。お前、腕を上げたなぁ」
「すまん、すまん。要らない音をさせてしまったな」
「ああ言うのが良いのだよ。緊張と緩和だよ」
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』みたいな事があると、視聴者がドキッとしてなんダァ~となるのだよ」
「それが良いのか?」
「場を盛り上げるのに必要なんだ」
「芝居じゃない。ワザとじゃ無いのが良いんだ」
「芝居をしたら、見抜かれるからね」
桜木は、好感度カメラを三脚に固定しながら、話しかけてくる。
俺も照明とマイクロフォンを三脚に固定して行く。
照明も小さなLEDライトだし、マイクロフォンをマイク部分は大きいけど、録音部分は小さいICレコーダーだ。
「あの鏡なんだ」
「えっ? 近かっ! それ?」
「ああ、あれ」
桜木は、目の前にある壁の鏡を指差した。
「あれに姿を写すと、鏡の中の自分に、体のコントロールを乗っ取られるんだ」
「ふーん」
桜木は興味の無い話をしてくれる。
富士見さんは原稿のチェックをしている。
矢嶋先輩が葉月に言った。
「今、奥で何か声がしなかった?」
「ちょっと見に言ってみようよ」
「えっ、聞こえたのですか? どの声が聞こえました?」
「どの声って?」
「この沢山の声のどの声が聞こえてきたのですか?」
「矢嶋、止めとけよ。この娘たちは見鬼なんだと」
「俺達の時に居てくれたら、助かったのになぁ」
「なんだよ、その見鬼って」
「幽霊やこっちの物じゃない者たちを見る力だよ」
「所謂、霊能力者だよ。だから、ここに居る霊の声も聞こえているのさ」
「お前が嘘言って連れ出そうとしても、全部ばれてるよ」
「ちっ!」
「ちなみにな、その娘を連れだそうとした奴が、あの彼氏に見殺しにされて、トロールにぼこぼこにされていたぞ。お前も気をつけろよ」
「なんだよ、それ」
佐藤先輩は、浅間山大迷宮の合宿のビデオを見ているようだ。
桜木は、鏡の両側に一個づつ照明を低く置いた。そして、各科受付総合窓口のカウンターの下にも一個置く。
ビデオカメラは、各照明の横に人の胸元の高さで置いて行く。三脚の影がカメラに写り込まないように横に置いたのだ。鏡の横のカメラは広角で鏡の反対側から受付のカウンターが移る様に。そして、受付のカウンターからは鏡が移る様に置いて行く。
そして、壁際の丸テーブルにも一つカメラを置いて行く。こちらには照明がない。
そして、奥の廊下側には、鏡とカウンターが移る様に一台。反対側の診察室の廊下が映る様に一台を置いている。