帰宅 その173
俺は、ジロッと爺さんの顔を見て、池に目をやる。
「今、ここで消滅するか、この爺さんに送ってもらうか選べ!」
俺は池に向かって叫んだ。
ウヨウヨと揺れている元生贄どもが動揺している様だ。
爺さんが船を漕いで、空中から池の水面ギリギリに漕ぎ出している。
「お前、やつらの言葉が話せるのか?」
いつの間にか横にきていた桜木が聞いてきた。俺に、神霊と話す能力があるのか? と聞いているのだ。
「まさか。たとえ話せても、俺は明治以降の学校教育の言葉しか知らないよ」
「生きていても、奴らとは会話が成立しないさ」
「何でだ?」
「方言と話し言葉だよ。今の言葉になったのは明治以降だよ」
「ああ、そうなのか?」
「水戸黄門も暴れん坊将軍も、ドラマのような喋り方はしていないさ。水戸黄門も、地方に行ったら通訳がいるぜ」
俺たちは、どんどん伝馬船に乗せられていく生贄の怨霊を見ていた。
「我は千日坊なり〜」
「お前も早く乗れよ。出ないと消滅させるぞ」
俺は坊主の怨霊に船に乗る様に促す。
「そいつはダメだなぁ。乗せられないぞ」
爺さんが、千日坊を乗船拒否してやがる。
「どうしてだよ爺さん、そいつも乗せてやってくれよ。」
「ダメなんだなぁ。宗教が違う」
「え?」
(三途の河って仏教じゃ無いのか?)
「そいつは、もう得度して仏門に入っておる」
「行くところが違うんじゃ」
ぱああぁああぁぁ
ぴイィ〜〜
バアァン、ポクポクポク
と、後方から音楽が聞こえ出した。
振り向くと、無数の仏が隊列を組んで浮いている。
周りを、笙や篳篥や鼓、琵琶、太鼓、鐘などを鳴らしながら、ピンクの雲に乗った天女が飛び回っている。
「桜木ぃ、あれを見ろよ。3D曼荼羅だな」
「撮れてるか? 世の中の常識が変わるぜ」
大日如来を中心に、様々な仏が立体的に並んで近付いてくる。
「ヘヘヘ、弘法大師が見てても表現できなかった光景だぜ」
「藤波、どうするのだ?」
「どうもしないさ、放っておいてやれ」
「お迎えに来ただけだろう」
「金色に輝く、身長4mの生き物って、もう、俺達と体を形成している組成が違うじゃん」
「俺達より、高次元の生き物なんだろうよ。理解しようとしても無理だ」
「無理って」
「彼らに見えているものが、俺たちには見えないからね」
その時、千日坊の体が光って、細かい光の粒子になって舞上がって行く。元から物質の身体が有った訳でもなく、存在自体が怪しい物だったので、そんなものだろうと見ていた。
「あいつ、成仏するのか」
「俺達が考えている様な、いわゆる、天国や極楽浄土とは違うだろうけどな」
「な?」
「仏教だろ。人はと言うか生き物は、地獄、修羅、畜生、餓鬼、現世、極楽の六つの世界をグルグル生まれ変わって回っているんだと」
「そして、そこから抜け出て仏になるのが、解脱して成仏すると言うんだ」
「え? ああ」
「あいつ、殺された事に執着して、現世の暮らしに拘っていただろう」
「俺達が言う極楽浄土には行けないな」
「だって、あんなに沢山の仏様が迎えに来てるじゃん」
「さあな、これもまた、あいつの魂には必要な修行だったのだろうな」
そのうちの孔雀に乗った一人の仏様が、高安さんの所に降りて来て言った。
「他人の為に、自らの命をかけて守るのは尊い事ですよ」
また、手に持っていた孔雀の尾を振って言った。
「あなたの思うままに、あなたに必要なものに」
高安さんが持っていた桜の枝の中から、桜の木の木刀が出て来た。
ボロボロと不要な部分が剥がれ落ちて、中から木刀が出てきたのだ。まるで彫刻師が、「木の中に眠っている仏像を掘り出すのじゃ」と言うような言葉を具現化した様な状況だ。
「桜木ぃ、俺は日本語を聞いたよ」
「何を言ってるんだよ。当たり前じゃないか」
「例えば、孔雀明王の真言『おん まゆらきらんてい そわか』は、空海が唐の都、洛陽の恵果和尚から教えて貰って持ち帰っている」
「恵果和尚は三蔵法師が残した経典から。三蔵法師はインドまでお経を取りに行っている」
「ああ、いわゆる西遊記の元ネタだろ」
「ああ、ただし、三蔵法師はシャカ國には行っていない。その頃にはもう国が無くなってるしな」
「三蔵法師はシャカ國が有ったところから数百キロ離れた町で仏典を学んだんだ」
「日本で言えば、東京と青森ぐらい離れているんだ」
「そこで、お経を学ぶのだが、唐に持ち帰る時に紙に書き写すんだ。それも、表意文字の漢字を音だけ使って、インドの言葉のサンスクリット語に漢字を振り当てたのさ」
「それを日本の坊主がありがたく持って帰って来たから、本来の言葉は分からないよ」
「え? もう無茶苦茶じゃ無いか」
「んだ。んだ」
俺は青森付近で使われている、肯定の意の返事をした。
「で、その仏様が、今、日本語を喋ってたんだ」
「明治以降の現代日本語だぞ」
「二千年前のインド語じゃ無いぞ」
「そりゃそうだろ。インドの言葉で喋られたら分かんないじゃん」
3D曼荼羅がゆっくりと回って、こちらに背を向けて去って行く。
「曼荼羅って仏の世界を表しているのだろう?」
「これが、全容か?」
「さあな。四次元時空連続体の三次元部分の全容かな」
「え? 何言ってるの?」
「あの向こうに、五次元、六次元の部分が広がっているかもしれないし、無いのかもしれない」
「お前の言ってることは意味分かんねぇわ」
「そっかぁ」
数百体の仏様達が音楽と共に消えていった。
振り返ると、伝馬船の爺さんもいない。
闇と雪と風だけが吹いていた。
正面で、高安さんが、光る木刀を持って立ち尽くしている。
(道路工事のガードマンかよ)
「終わった……。」
「終わったわね。みんな集合!」
栃原先輩が俺の言葉を遮って、集合の号令を掛けている。
「みんな怪我はない?」
バサッバサッバサッ!
空を舞っていた大鷲が降りて来た。
俺は、出した動物の収納の仕方を教えて、撤収作業に入る。
「お前ら、いつもこんな事しているのか?」
龍山部長が、蘇我さんに聞いている。
「してないわよ。私、魔法部でもオカ研でも無いもの」
「でも、平気だよな」
「あら、私はもうダメって思ってたわよ」
「……。」
龍山部長が絶句してしまっている。
「どうも、ありがとうございました」
立花さんは栃原先輩に礼を言っている。
「これで、もう、あいつに襲われる事は無いでしょう」
「まだ、何か有ったら、連絡して下さい」
(いやいや、もう勘弁してくれ。今後は魔法部で解決してくれよ)
(で、成果は先輩が持って行くのかよ)
俺は、寒いので、早々にシャトルに戻って、皆を順に転送させた。
雪の山の中で、ボロボロの服にずぼ濡れなのだ。
機内温度を少し高い目に変更して、八王子を目指した。
もう、電車も止まっている時間なので、各自の家の最寄駅近くか、希望する駅近くに転送した。
最後に、葉月の家の近くの公園に着陸し、葉月の家のマンション下まで送っていった。
葉月のお母さんが家によって行けと言うので、断ったが、結局寄ることになった。
「あなた達、何をしているの?」
葉月のお母さんの第一声がこれで有った。
上半身の前側半分が焼けて、ほぼ裸同然の格好で半乾きの格好だったので仕方がない。大火傷していないだけマシである。
この状態になった時の状況を説明しながら、出されたホットココアを飲んだ。
「危険な事はしないでって言って有ったわよね」
葉月のお母さんが、俺を非難の目で見てくる。
「あなたの娘に言って下さい。俺を危険な目に巻き込まないでって」
俺は葉月を人差し指で指していった。
「それは、勇人が美鈴さんを見殺しにしようとするからよ」
「俺は、自分から俺より強い物に戦いに行ったりはしないよ。そして、俺は知らない他人を守ったりしないよ。俺が守るのは葉月だけだ」
「そんなこと言う勇人は嫌い」
「男として情け無いわ」
「男らしい事をした結果がこれだ」
この時、葉月の弟の勝月が起きて来た。起きて来たと言っても、寝ていた訳ではない。自室にいただけだ。
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まだまだ続きますよ。