魔法の玉 その169
蛟が怒りの表情を顔に滲ませて、蛇を放って来た。直径が2mも有る大蛇が飛んで来るのだ。あの桐崎の刀が刃が立たなくて、向きを変えるのがやっとの蛇だ。
ガッシュ! バババババッ。
高安さんの桜の枝が、蛇の身に食い込んでいる。
そして、蛇の鱗や肉片が光の粉となって飛び散っている。
蛇の勢いが強い為、切りは出来ていないが、桐崎よりはダメージを与えている。その為、飛んで行く蛇の横腹には二の文字の傷が付いている。
「あわ……、あわ……、あわ……、あわ……」
後ろで藤谷部長が「あわあわ」言っているのを聞いて、我に帰る。
「おお、桜木、桐崎と あ、あ、誰だ? 彼女を守るぞ!」
「さっき、ちゃんと呼んでたじゃないか。高安さんだよ」
「で、どうするのだ?」
「犬を出す」
「八犬伝には犬は出てこないぞ。あれは、名前に犬が付いた、八人の武士が出て来るのだよ」
「ふふふ、画期的だろう」
俺は振り向いて、藤谷部長から、高安さんが渡した水晶玉をもらう。
「さあ、みんな! 犬を呼び出すのだ!」
俺は、仰々しく、芝居掛かって言った。
「どうして?」
桜木が素で聞いて来る。
「まあ、握っても、掲げても、額に押し頂いてもいいので、強く念じるんだ」
「強くて、逞しい犬を」
「どうでもいいのだな」
桜木が身も蓋も無い言い方で突っ込んで来る。
俺は、やや茶色い秋田犬を出す。
全長は約4.5m。高さは3m程ある。
結界を犬の形にしただけで、基本、結界アイスラッガーの延長だ。動く時には、手足や尻尾がそれっぽく動く様にはしてあるが、本当の動物では無い。
また、実体はなく、よって質量も無い。
そして、霊体でも無く、単に動く結界だ。
桜木と藤谷も秋田犬を出して来た。
日向が秋山さんに指導を受けて、シェパードを出して来た。ちゃんと尻尾が降りていて、横で聞いていた龍山がドーベルマンを山本がブルドックを出して来た。
攻撃性の高い形状の犬達が揃っている。
立花さんがラブラドールレトルバーを出した。
(それ、優しいキャラの犬だろう)
俺は心の中で突っ込んだ。
数が必要なのであって、実際の犬としての犬種の強さは関係ないからだ。噛みつければ問題がないのだ。
その頃、胡桃さんが犬を出せないでいた。何か犬に嫌悪感が有るのか、恐怖感が有るのか? 強く念じる事が出来ないようだ。
特定の動物は失敗だったかと思っていると、富士見さんが応援に駆けつけた。
「こうやって、玉を額に当てて念じるのよ。昔飼っていた犬でもいいのよ」
胡桃さんの目の前で実演している。
「有り難う。私、、犬が苦手なの」
胡桃さんがお礼を言って頭を下げている前で犬が出た。
「あっ!」
くまさんカットのポメラニアンだ。
(「あっ!」じゃねぇよ。てめぇが出して、どうするんだよ)
(第一、ポメラニアンって)
「クゥー!」
全長4.5mのポメラニアンに呼びかけている。
どうやら富士見さんが、以前の自分の飼い犬を出したらしい。
ポメラニアンは富士見さんの方を見て、「ワン!」なんて鳴いている。
結界で出来た、全長4.5mのポメラニアンは、クーの記憶を引き継いでいる訳ではない。俺が書いたプログラム通りに動いているだけだ。
なんども言うが、数が欲しいだけなのだ、犬種とかは問題がない。
ただ、曲亭馬琴も驚いただろう。200年も経って、犬士がポメラニアンでパロディーされるとは、思ってもいなかっただろう。
「さあ、みんな、犬に飛んで来る蛟の足を止めさせるんだ」
「くっ、くくくっ、くっ、ダメだ。あははは、足だって」
桜木がツボにはまったようだ。
「行け!」
俺は、手を振り下ろし、桐崎達を指して指示を出した。
「あははは、行け」
「行け!」
次々に指示が出されて、桐崎達の周囲に犬が集まった。
また一匹、大蛇が飛んで来た。そのスピードは凄まじく、まさに新幹線の通過のようだった。
「キャン!」
悲鳴をあげて、俺が指示した秋田犬が吹き飛ばされた。
しかし、それで勢いの落ちた大蛇に、残りの犬達が次々に襲いかかり、最終的に行き足を止めた。
さすがに、サザンが作り出す結界八個は破れなかったのだ。
吹き飛ばされた犬達も起き上がり、次々に襲いかかり、噛み付き、振り回している。
ビタン、ビタンと犬達に噛み付かれて動いている大蛇に、桐崎が斬りかかる。
刀身の半分を体に食い込ませて切っている。
そこに、高安さんが光る小枝から、先になお光を出して殴り切った。1.5mの小枝が、3mぐらいに伸びていた。
胴を真っ二つにされた大蛇は、数度のたうちまわって動かなくなった。
「キッ!……。」
蛟本体の女性が、桐崎達を睨んで動かなくなった。
「……切ったな……」
「ああ、切ったな」
「切ったなって、桜木ぃ。あれ、神の眷属だぞ」
「それを切っちゃったよ」
「あの人、怒ってるだろうね」
「滅茶苦茶にな」
「人じゃないけど」
俺は出来る事は、すべてやっておく事にした。後で後悔しても遅いからだ。
「高安さん、大鷲を飛ばして!」
小枝を持って、震えている高安さんが振り向いた。
「ええ? ええ? 何をするの?」
「さっきの玉を持って、大鷲を出すのです」
もちろん、水晶球にスイッチなどは付いていない。が、持てば呪われるのである。水晶球を使える呪いにかかるのだ。
素直に、水晶球を触った高安さんの頭の中に、「鹿馬太郎」の文字が浮かぶ。
身を守る
物理障壁(○自動 ×手動)
魔法障壁(○自動 ×手動)
結界 (○自動 ×手動)
回復 (○自動 ×手動)
再生 (○自動 ×手動)
魔獣を出す
馬 (選択)
鹿 (選択)
河馬 (選択)
大鷲 (選択)
ゴリラ(選択)
狼犬 (選択)
脳内でこの様な表示のイメージが現れる。
本来、魔法を使うには、床に魔法陣を書き、そこに魔法の式を書く。
そして、魔法陣を発動させて、体内のマナを現実世界の力に変換して使うのだ。
しかし、魔法の素質がない者には、魔法陣が発動させられないのだ。その為に魔法が使えないのだ。
勿論、体内のマナは魔法が使えないものにもある。
ATPをADPに変換して、筋肉がエネルギーを取り出す時などに使われているのだ。
しかし、極微量で意識される事はない。強いて言うならば、元気などと言う言葉で表されるぐらいだ。
その為に、水晶球には呪いがかけて有り、水晶球自身が魔法を発動するのである。本人が魔法を使えるかどうかは関係ない。
そして、そのインターフェースには、コマンド選択型にしたのだ。GUIで、そのコマンドを意識するだけで良い。
ドラクエやスマホを触って来た若者には操作の説明がいらないからだ。