千日坊 その168
「その、千日坊の千日って、何が千日なのだ?」
桜木が、また俺に聞いてきた。
「しらねぇよ。本人に聞けよ。多分、比叡山か何処かで千日行でもして来たのだろうよ」
「それで、『俺、偉ぇぇぇ!』ってなって、自分で改名したのだろう」
「ぷっ、かっこ悪りぃなぁ~」
「で、あいつどうするんだ?」
「放っておけよ、どうせ害が無いし」
「あなた達、止めなさい!」
栃原先輩が、俺達に叱ってくる。
おかげで、亡霊が一匹静かになったのだけどな。その事には触れないでおくんだな。
さらに15分が経過していた。
物理的な? 肉体の目と耳に入る情報だけなら、真っ暗な山の中で栃原先輩の祝詞と葉月の神楽舞の鈴の音だけが聞こえている。
「ちょっと、これを持ってて」
高安さんが我慢の限界を迎えたらしい。
自分の持っている玉を藤谷部長に渡している。
スカートなので、雪の中を歩きにくそうに道の端に寄って行って、一本の落ちている枝を拾っている。
樹皮の様子から桜の様だ。すると、この桜の並木は明治以降に植えられたのだろう。この溜池が大切に管理されていた様子が見てとれる。
高安さんは、まだ枝の付いている桜の枝を雪の中から引き抜こうとしている。
思わず、
「動かないで」
俺は、藤谷部長が駆け付けようとしているのを手で制し、代わりに俺が手伝いに行く。
玉を持って、立花さんから離れる方が困るのだ。
俺は、雪の中からその枝を引き抜いてやり、手に魔刃を発生させて細かい枝を払う。そして、高安さんが希望する長さに切ってやった。
木刀には、少し太い目の丸木の棒が出来上がった。
「これ、桜木用に作ったのだけど、持ってて」
俺は、高安さんに水晶玉を渡した。
「鹿馬太郎?」
「さすがに、馬鹿は言っちゃダメだろうと思ってね」
高安さんは玉の中に見える文字を読んで聞いてきた。
「ありがとう」
そう言って、雪の中を桐崎の居る方へと走っていった。
俺は、皆のところに戻って、体の横で両掌を上に向けて、力無く笑う。アメリカ人の「参ったね」のポーズだ。
背後から、ブンッ! ブンッ! と風を切る音が聞こえる。
高安さんが桜の枝で、飛んで来る蛟に攻撃して居るのだが、枝が当たらないので、空を切って居るのだ。
桐崎だから、辛うじて当たっているのだが、俺たち無能力者には無理なのだ。体力を消耗するだけなのだが知らね。身体は暖まるだろう。好きにしろ。
「五分か十分もしたら、俺達は無力なんだと悟るさ」
「本当に、俺達に出来ることは無いのか?」
「何度も言うが、ねぇよ。ここに居て、立花さんを守る事が、一番足を引っ張らなくて、邪魔にならねぇんだよ」
さらに、十分が経った。膝まで雪に埋もれて立っているには限界の時間だった。皆、個々に足踏みなどをして冷えに抵抗をして居た。
高安さんの桜の枝で空を切る音だけが聞こえている。
雪を掻き分けと言うか、雪を蹴散らせて、葉月が俺の所にやって来た。
「話し合いは付いたかい?」
ブンッ!
「勇人、何とかして」
「無理なのだよ。蘇我さんに魔法を掛けてもらったから見えてるし、聞こえてるが、本来は見る事も出来ないんだ。ここは真っ暗な山の中で、俺達には物音一つしていないんだ」
「そんな奴に何が出来る?」
「お願いよ」
ブンッ!
「そんな事を言わないで」
「先輩が、先輩が倒れちゃう」
「助けて」
ブンッ!
「あの人を放って帰ろう」
「俺達に出来る事は無いんだよ」
「そんな事を出来るわけがないでしょ!」
「殺されちゃうんだよ」
「私達が護らないと殺されちゃうんだよ」
葉月が半分泣きながら、抗議しながら、助けをを求めてきた。
「だから、無理な物は無理。俺達は無力なんだ」
「勇人、馬鹿、馬鹿、馬鹿」
「何か、いつもみたいに魔法の道具を出してよ」
葉月が、そう言って、俺のウエストポーチに手を入れてきた。
(ドラえもんじゃねぇよ。そうそう、都合良く魔法の道具なんて出てこねぇよ)
俺は葉月の好きに任せて、頭を抱いてやった。
「これは何?」
「これを借りるね」
葉月は、何やら木の棒を引っ張り出した。
30~40センチぐらいの木の棒に、千葉のねずみーマウスの手の様な物が付いている。
ブンッ!
「それは、ゴミだぞ」
「貰い物だけど、全く使えないんだ」
「妖精王の右手ね」
「これ、少し借りるわよ」
(な、なにを、それの何を知っているんだ?)
葉月は、俺から少し離れて、妖精王の右手を右手に持ったまま、水平に上げて、ぐるっと360度回った。
そして天高く指し、
「空と大地とその間に居るものよ!」
葉月は、次に妖精王の右手で地面を指してから水平に戻し、高安さんを指して言った。
「妖精王の権限をもって瀬戸山葉月が命じる。彼女を助けろ!」
「汝達の力を彼女に貸したまえ!」
葉月が居るところから、パァーッと明るくなっていくように感じた。
並木道の桜が咲き出し、満開になっていく。
いや、桜の木には、花どころか葉も生えていない。枝に雪が降り積もっているぐらいだ。それは、見えて居るし、わかっている。
しかし、花は満開で、桜吹雪が舞っていて、高安さんが持っている桜の枝に吸い寄せられて入って行く。
雪を割って、レンゲ、スミレにタンポポ、コスモス、曼珠沙華に向日葵が生えて来て花を咲かせる。ありとあらゆる野原の野草達が季節に関係なく咲き乱れて、花が、花びらが、高安さんが持っている桜の枝に吸い寄せられて入って行く。
カブトムシが蝶が、カナブンにカミキリムシ、ホタルに蜘蛛、百足にゲジゲジまで、ありとあらゆる虫が、高安さんが持っている桜の枝に吸い寄せられて入って行く。
棚田の跡からは、小さき人が実った稲を肩に担いで歩いて来た。そして、高安さんが持っている桜の枝に吸い寄せられて入って行く。
空から、白い、サンタクロースの様な服を着た小人が、六角形のパラシュートを背負って降りて来る。着地地点は、高安さんの持っている桜の枝である。
妖精王の右手の光が遠くの山にまで届いた時、山が動いた。
エントだ。植林されて放置されていた杉や檜が歩いてやって来た。
ドシン! 、ドシン!
山魈で有る。だたらとも言われる一本足、一つ目の妖怪だ。
これらは、シャーマニズムの山の神々だ。
狼が、タヌキに狐にイノシシに猿が、森の中を走ってやって来た。
目の前のため池から、光る水で出来た龍が飛び上がって、クルクルと回りながら高安さんが持っている桜の枝に舞い降りた。
「キャアアアアァァー!」
高安さんが、突然、持っている桜の枝が重くなったかの様に前屈みになって、悲鳴を上げている。
俺は勿論だが、葉月も栃原先輩も蘇我さんも桐崎達も目を見開いて見ていた。
「何をしたのだ?」
俺は葉月に呟いた。
「ちょっと、妖精達に手伝って貰うだけよ」
葉月の声は震えている。
「手伝って貰うのなら、向こうじゃないの?」
俺は栃原先輩を指差して言った。
だが、自分のした事に震えている葉月からの返事は無い。
「あはは、その様な胆力では、その小枝は振れまい」
「ワシの力を貸してやろう」
天狗が居た。どこかの木の枝から降りて来てそう言った。
山伏の格好に鼻の長いあの天狗が、降りて来て言ったのだ。
高安さんの側に立って、消えてしまった。
藪の中から鬼が出て来て、葉月に一礼して、高安さんに取り憑いて消えた。
身長が4mも有る、トラの腰ミノを巻いたアレで有る。
「いひひひ、桜木ぃ、天狗と鬼が見えたよ」
「藤波、俺も見えたよ」
「いや~、俺の頭もステレオタイプだったわ。天狗に鬼が「ニッポンまんが昔話」だったよ。笑ったな」
高安さんがすくっと立ち上がり、桜の枝を左の腰に持ち、
「キェーーーー!」
奇声、失礼、大声を出して気合いを入れている。
その後、蹲踞の姿勢をとり精神統一し、再び立ち上がって構え直している。
構え直している桜の枝が光り輝いて見えている。
いや、肉眼にはツルッとした桜の枝がただ見えているだけだが、それが光り輝いているのだ。
いや、いや、いや、何を気合いを入れてんだよ。
「高安さん、さっきの玉使って! 自分の体を守って!」
俺は必死に体を守る様に促した。
「高安さん、無理だから! 自分の体を守って!」
高安さんはゆっくりと振り向いて、軽く会釈をしてから玉を取り出した。
左手は、腰に桜の枝を持ったままで有る。
「鹿馬太郎」
静かに呟く声が聞こえてきた。
三重の光の幕が降りて来て彼女を包み込む。物理障壁、魔法障壁、結界だ。
結界はドームでは無く、本人に掛かっている。
元々、桜木の防御用に作った物なので、今回の立花さんを守るという事は考慮されて居ない。栃原先輩が桜木の刀「紫電」を借りパクしているので、桜木の防御用なのだ。
妖精王の右手を使った葉月も栃原先輩も蘇我さんも目をひん剥いて驚いている。いや、蛟の神泉深山玉水姫之命も驚いている。
「藤波ぃ、何が起こっているのだ?」
「俺に聞くな。付近の妖精が助けにきてくれただけだよ」
「勝てるのか?」
「だから、俺に聞くなって」
「お、おう」
(納得できたのか? 桜木、それで、納得できたのか?)
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