わんわんわん物語 その166
「ピッ! 右舷後方下方より……。」
「左舷前方にデコイを転送しろ」
「右ロール、右旋回」
俺は、シャトルの報告を聞き終わる前に回避行動を命令する。
デコイに蛟が口を開けて襲い掛かるのが、前部の左モニターに映っている。
敵の攻撃を右に左にと避けながら、大きく旋回して、目標から離れない様にする。
「立花さん、これから地上に降りますけど、何もしないでくださいね。本当に何も。動くのも喋るのも禁止です」
「はい? ええ、分かりました」
俺は、立花さんに何もしないように念を押した。結界の効果が切れてしまうからだ。
「コンピューター、目標物に向かって降下しろ。このまま速度を維持しろ」
「高度200mで降下地点に上陸斑を転送。シャトルは一旦上昇し、着陸地点に着陸して待機」
「上陸班を転送後、デコイを二つ、上陸班の上空に転送しろ」
「常に上陸班をロックし、急な転送に備えろ」
「シャトル前面に防御フィールド展開」
俺はシャトルに指示を出すと、シャトルは、板状の結界を前面に張って、向きを変え急降下を始めた。
「きゃあぁぁぁぁーーー!」
「ウオォ!」
「づあや!」
シャトル内部の後方から次々に悲鳴が聞こえる。
5,000m上空から、中心まで5km有るので、45度の角度で約9秒の急降下だ。標高が計算に入っていないので、8秒程か?
45度の角度は、乗っていると垂直に落ちているのかと思う角度だ。ジェットコースターの線路を遠くから見ると大した事のない傾斜だが、乗っていると垂直の様に感じるのだ。
それを時速750kmで降下するのだ。見る見る地面が迫っている様に感じるものだ。
「ピッ! 目標物の……。」
「回避行動デルタ!」
ガクン! ガクン! とシャトルが揺れる。
「ピッ! 前面防御フィールド、20パーセントダウン」
地上から、蛟が六匹、迎撃に上がってきて、その内の二匹が掠めたのだ。
「デルタって、登録してあるのかよ」
桜木がよろけながら聞いてくる。
次の瞬間、目の前の情景が白く光って揺らぐ。次に真っ暗な雪景色が実像を結ぶ。
しかし、暗くて何も見えないところに、2、30m程向こうに、光り輝く女性が立っている。
身を屈めないとくぐれない様な小さな鳥居に、小さな祠。その後ろに白く光り輝く、目の鋭い女性が立っている。
その後ろには、人工的な急斜面がある。ため池の堤防だろう。上面が水平が取れているので、人工物だとわかる。その向こうに人影が無数に立っている。
黒い人影が、まるで黒い頭と胸部だけのマネキンの様だ。それが大量に立っていてユラユラと揺れている。一番前の物が、僧侶の格好で、はっきりと鮮明に見える。
俺たちは足は膝まで雪に埋まり、髪は北風に吹かれている。星ひとつない空から雪が風に煽られ顔に吹き付けている。
「アルファとかガンマーも有るのか?」
「みんな、頭を下げて動くな、静かに」
俺は振り返って、左手を上下に動かし、頭を下げる様に合図を送る。
桜木の事はスルーして置く。
その振り返った視界の隅に翼の生えた鬼がいた。
ヨーロッパの教会の壁に付いている、ガッパとラドンを足した様な物が、オスワリをしている彫刻のあれだ。
本来、ガーゴイルは雨樋の飾りらしいのだが、それが暗がりの中で、2mぐらいの高さに浮いていた。
「えっ?」
(なんだ? 敵か? 味方か?)
ガーゴイルの視線は蛟の女を見つめている。こちらを見ていないので、余計に判断に迷った。
パシッ!
次の瞬間、ガーゴイルは蛟に食われた。電光石火の超特急ってやつだ。
蛟の出現して近づいて来る姿などは、速過ぎて全く見えないのだ。
突然に、直径2mの蛇が目の前に現れて、ガーゴイルがいた辺りを飛んでいくのだ。しいて言うなら、ホームドアの無い駅のホームで新幹線の通過を見送る様なものだ。
その様子に、一同は恐怖すら覚えた。
パキッ!
音を立てて、立花さんの持っていたお札が横に割れた。ガーゴイルが蛟に襲われるのとお札が割れるのは同時だった。
(「えっ?」何もするなと言っておいたのに、全くこの人は)
俺が注意しようとした瞬間、蘇我さんの方が声を掛けた。
「立花さん、何もしないで! 狙われてるのは貴方よ!」
蘇我さんが立花さんを叱責している。
蘇我さんの叱責を受けて、立花さんは、身を縮めて震えている。
奇妙な、先祖の呪いだけでもそうそうある話でも無いのだが、神社で宣託を受けて来て見たら、自分を襲ってる蛟を見せられて、転送されて空飛ぶコンテナに乗せられて、また、蛟本体の前に放り出されたのだ。怖く無いはずがないのだ。ついつい、「持ってろ」と霊能者に渡されたお札に頼ってしまったのだ。
でっかい蛟が三匹、我々の上空に上って行く。多分、シャトルがデコイを放出したのだろう。シャトル内にもデコイを置いてあるので、それを狙いに行ったのかもしれない。
暗闇の中、風と雪が木々の枯葉に当たる音しかしない。自己主張の激しい神霊のみ、自ら光って見えている。
「よく、私への供物を連れて来てくれました。礼を言います」
上から目線で、蛟に礼を言われる。
「出たな! 玉梓のおぉ~んりょぉ~!」
俺は大袈裟に身振りをして蛟を指差す。
「えっ?」
「え? だれ?」
「何?」
「ぶっ!」
みんながキョトンとして俺を見る中、栃原先輩だけが噴き出した。
「藤波、玉梓って誰だよ。お前何か知ってるのか?」
桜木が聞いて来た。ここもスルッと無視しておく。
蛟がゆっくりと周りを確認して、誰もいないことを確かめると
「我は神泉深山玉水姫之命なり」
と名乗った。
(吉本新喜劇じゃねぇーよ)
漢字もこれで合っているのか分からないし、今のように音訓入り混じっておらず、大事な書類は漢文だった時代のものだ。聴いた者が勝手に明治以降の現代文に脳内変換されているのだ。
取り敢えず、いつの時代か解らないが、遠い昔に、深い山の中のここに泉が有って、そこの女神らしい。
「さあ、みんなさっきの玉を出すのだ。力の溢れる不思議な玉を」
俺は、蛟の自己紹介を無視して、皆に先ほど配布した水晶玉を出す様に言った。
「藤波君、遊ばないで」
「勇人!」
これも無視する。今は一刻を争うのだ。
「立花さんに寄り添って、玉の中に書いてある文字を読み上げてください」
辺りは真っ暗で有る。神霊の類たちは自ら光っているが、隣の奴に鼻をつままれても解らない暗さだ。玉の中の文字など見えるはずがない。
慌てて、日向と山本がスマホを出してライトを点ける。
玉の向こうからライトで照らして、字を読もうとしている。
「おい、見えるか?」
「ああ、何か書いて有る」
「礼だ」
「本当か? こっちを照らしてくれ」
「智だ」
各自が、スマホのライトを使い出したので、辺りが明るくなった。
大地は雪に覆われていて、膝まで雪に埋まっている。辺りに、我々のものも含めて、一切の足跡もない。蛟の祠に向かって、左側が広葉樹の落葉した枝だけが見える木が植わっている。街路樹に成っており、列になって植えられており、その向こうは山になっている。
右側は、棚田か段々畑だった物が放棄されて、雑草や木々が生えてきている。
その向こうにも山が見えている。
そして、祠の後ろにため池の堤防があり、その向こうに山が見えている。
それらが、雪の降る灰色の雲にシルエットになって浮かんでいる。
「じゃあ、『智』」
と一歩立花さんに近付いて、山本が言い出した。
「『仁』から順番にお願いできますか?」
「それと、すぐ立花さんの隣に集まってください」
俺は、山本にダメ出しをして、命令を修正する。
「藤波、順番が有るのか?」
「当たり前だろ。バラバラじゃ決まらんだろ」
「急げよ、向こうは待っちゃくれないぜ」
「ああ、てか、順番が解らないのだけど」
「ええ? 仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌 の順だよ。テレビを観なかったの?」
「テレビって、何だよそれ。ネットじゃねーの?」
「俺からか? 『仁』」
桜木が玉の中の文字を読み上げると、半径2mの半球の結界のドームが現れる。
すいません、追加したのは134話、140話、152話です。
三本も抜けていました。
ちゃんと追加しましたので、2021/10/05の19時までに、そのあたりを読んだ方は、戻って確認してください。