目的地 その165
俺は、タブレットに表示される現在地から、栃原先輩が読み上げる数字の方位に線を引く。
と言っても、アプリに方位の数字を入力するだけだ。そして、3点も取れば正確な位置が判明した。
「コンピューター、目標地点を中心に半径5キロの周回コースを取れ」
シャトルは直径10kmの周回コースに入った。少し左に対G用にローリングした。サーキットのバンク角、鉄道のカント値だ。その為シャトルは左に傾くが、Gは真下から、床に体が押し付けられるように感じる。
乗っていると、モニターの画面は左側が上がっているが、まっすぐに立っている感覚になる。
俺は、立花さんに髪の毛を少しもらい、テッシュペーパーで包み、秋山さんに貰った可愛いキャラクターの傷絆創膏で止めた。
呪いの藁人形ならぬ、身代わりテッシュの出来上がりだ。これを十数個作った。
「何を作っているのだ?」
桜木がカメラを向けて聞いてきた。
「チャフだよ」
「攻撃された時の用心だよ」
「チャフ?」
「彼女の囮になるデコイだよ」
「葉月、お願い。これに魔法をかけて」
その時、シャトルが大きく揺れた。左から突き上げられた感じだ。
「きゃあああぁぁぁぁー!」
「うわっ!」
「ぐをぃぅ!」
「うひょう! 本当、こいつは霊体なのに運動エネルギーを持っているぜ!」
悲鳴が上がる中で、俺だけが喜んでいた。
「コンピューター、左モニターを左舷下方をモニター! 目標物とその付属物を追尾せよ」
「トリコーダは、目標物を警戒対象に登録」
俺は、シャトルのAIに指示を出していった。
蛟の襲撃から数十秒が経った頃、船内はだいぶ落ち着いて来ていた。
「ピッ、目標物の付属物が急接近中! インターセプトまで3秒です」
「え?」
「いや!」
「早い!」
「全員、耐ショック行動! 近くの物に掴まれ!」
俺は叫んだ。
ドン!
間髪入れずに、床が30cm程跳ね上がる。
30cmも跳ね上がると言うのは、実際には嘘になる。床が跳ね上がり、身体が30cm程跳ね飛ばされたのだ。
シャトルのAIが判断し、回避した結果、蛟の付属物、或いは触手の攻撃の衝撃を弱めたのだ。
「時速750kmまで加速、y=x2のコースで上昇、y=5000mで旋回行動」
俺はシャトルに指示を出す。時速750kmはいままでに出したことの有る最高速度だ。
シャトルは、このままでは振動してまっすぐは飛んでいられないのだが、今は回避するほうが優先だ。
「ぐはっ!」
「ぎゃ!」
強烈なGと振動が乗員を襲う。
「藤波! 止めろ!」
「止められるか!」
「どうしてだ?」
「あいつは、5089mを十秒で到達したんだぞ」
「なんだ、それ?」
「シャトルのアナウンスが約7秒、で、残り3秒だ。合わせて約十秒だよ。」
「奴は、空気抵抗が無いことをいい事に、マッハ1.8で迎撃して来るんだ」
「八王子の時より、性能があがってるんだよ!」
「完全にミスった」
シャトルのGが弱くなり、身体が楽になった。着席していない者は、皆転倒しひっくり返っているようだ。
Gは無くなったが、耳と頭が痛い。シャトル内の気圧が急激に落ちたのだ。
現実には、宇宙船でもなんでも無いアルミのコンテナなのだから当然だ。機密性など無いし、与圧キャビンでもないのだ。
「コンピューター、シャトルを物理障壁で覆い、船内で空気創造。船内気圧を一気圧で維持しろ」
「ピッ、目標物の付属物の攻撃です。インターセプトまで7秒です」
シャトルのアナウンスが流れる。
「耐ショック行動! 近くのものを持て!」
と言っても、シャトル内には手摺や吊革などは付いていないのだが。
今度は、シャトルの右底を突き上げられた。
シャトルは左にロールし、我々は、シャトルの右壁に叩きつけられた。
「あはは、時代遅れの蛇野郎め、後悔させてやる」
「おい、藤波、勝てないのだろう? 大丈夫か?」
「お前だろ。ダメだって言ってるのに、シャトルを引っぱり出させたのは、お前だろう」
「かつて神だった蛇に、反省と後悔と謝罪をさせてやる」
俺は、地上が写っているモニターを睨みつけた。
「コンピューター、シャトルを物理障壁で覆え、その後、カプセル状の物理障壁で覆い、Bー1状の物理障壁で覆え」
「時速750kmを維持」
「立花さん、結界を張らせて下さい。あなたの気配を消したいので」
俺は立花さんに結界を三重にかけた。
これぐらいでは、居場所を覚られてしまうのだが、シャトルの分と合わせて六重である。
その時、ガタガタと揺れていたシャトルの振動がやんだ。
暗くて良く見えないが、透明な翼の端だろう付近にヴェイパーが発生している。
冬の日本海側の湿った空気の影響だろう。この高度では、まだ地勢の影響を受けるのだ。
その時、トリコーダーが反応する。
「ピッ、左舷下方……」
「コンピューター、右旋回、回避しろ! 左舷三百メートルにデコイ一個転送!」
俺は、トリコーダーの報告をすべて聞く前に、シャトルに指示を出した。
全員が、蛟の攻撃による衝撃に備えて、体を硬くして身構えている。
…………。
左舷に転送された立花さんの髪の毛が一瞬で後方に飛ばされて行く。実際には、俺たちが進んでいて、髪の毛は止まっているのだ。今から自由落下をする直前だったのだ。
その甲斐の毛に、地上から飛び上げって来た蛟が襲い掛かった。まさに一瞬であった。
シャトル内は強烈なGがかかっている。
半径5000mでの旋回と言うのは、自衛隊のF-15イーグルに比べたら全然大した事ではないが、民間機では行わないレベルだ。
半径5000mの旋回は、離陸時や着陸時に行うことがあるのだが、フラップを下ろし、速度を落としている。このような高速では普通は行わない。
それも、適当な椅子と床に座っているだけの状況では、これが限界だった。
「ははは、馬鹿め! おとりに引っ掛かるのかよ」
「コンピューター、デコイ三つを物理障壁で覆い、300m、500m、700m後方に転送! それをトラクタービームで牽引しろ」
「藤波、トラクタービームがあるのか?」
「魔術師の基本だろ、空中浮遊とか物体の移動とか。幽霊だって、ポルターガイストで動かすぜ」
「ああ、そうだな」
なんか、桜木が残念そうだ。
「シャトルの後ろは、空気の渦だらけだ。デコイが揺れるぜ」
「ついつい釣られて、そっちに行くさ」
左右、上昇下降をランダムに繰り返す。蛟に捕捉される前に回避しているのだ。
目で見ている訳ではない。目で見ると言うのは、太陽からの光と言う電磁波を目標が反射し、それを受信しているわけだ。
レーダーで捕捉されている訳でもない。俺たちの捕捉に電磁波は使われていないのだ。
まったく、魔法とか心霊とかはややこしい。
立花さんの気配がする物が、目標物の上空で、ぶんぶん飛び回っているのだ。これは相当うっとうしいだろう。
「ピッ! 右舷下方……」
「コンピューター! 左ロール、左旋回、目標物の付属物を回避! デコイをランダムに任意位置に転送!」
俺たちは、シャトルを右に左に振り回して、蛟の攻撃を回避し続けている。
もう、三回程回避したので、次の行動に出る。あまり長時間、この辺りを飛んでいたくないのだ。
このシャトルは、自衛隊のレーダーに映りまくっているはずなのだ。
じきに小松基地から、スクランブルで戦闘機が上がって来るだろう。その時に、状況を説明する無線機が無いのだ。いや、有ってもなんて説明するのだ?
それに、このシャトルは、ただのアルミのコンテナだから、機銃掃射でボコボコ貫通して行くだろう。北朝鮮の不審船より柔らかいのだから。
「コンピューター、グーグルマップを表示、衛星写真で目標地点を示せ」
俺は、前部モニターに衛星写真を表示させる。スマホからテザリングで表示しているのだ。
見ると、池が表示されており、車一台程度が入れる道が続いている。
池に向かって左手が山になっていて、木が植わっている。右手が棚田で草や木が生えている。その向こうが山になっており、やはり木が生えている。
棚田の状態から、だいぶ以前に耕作放棄されたようだ。
その道を200m程下ると、シャトルを降ろせそうなスペースがある。
車がUターンするのに使っていたのか、農作業の機械や車を運んできたトラックを止めていたのだろう。
この地点を着陸地点として、シャトルに登録しておく。
そして、目標物の手前30mを降下地点として登録しておく。
すいません。
一部、飛ばして投稿していました。
今修正終わりました。