転送! その161
俺は、手に魔刃を発生させて、六角柱の水晶を縦にスライスして角の面取りする。
そして、上と下に穴を開けて出来上がりだ。
水晶球もサザンに頼んで、魔法のアイテムに変える。
加工した水晶柱や水晶球を、ウェストポーチから取り出した魔核を使って魔法の道具にする。
あと、魔法の札も何枚も作っておく。
俺が、ふっと顔を上げると蘇我さんがやって来た。
「準備が出来たの?」
「じゃあ、行って来なさいよ!」
俺は蘇我さんに手を引っ張られて、部屋を追い出された。
物質側にいる俺は、難無くとぐろを巻く蛟の身体を通り抜ける。
彼? にとって俺は、全く眼中にないのだ。彼の邪魔をしなければ、なんら問題が無いのだ。よって、俺に一瞥もくれないのだ。
「私も行く!」
葉月が、部屋から出て来て駆けてくる。
「ダメだ。相手が強すぎる」
「行く!」
「多分、葉月の体がもたない」
「でも行く!」
葉月は、俺に飛びかからん勢いで走って来た。
俺は葉月を抱き止めて、コミュニケーターを渡す。
「これを身につけておいてくれ、位置の特定に必要なんだ」
桜木も廊下に出て来て、こっそりと撮影している。
部屋の扉を閉めると、廊下で起こっている事が見えなくなるからだ。
俺は、転送シートを広げて、その上に立つ。
結界の札を一枚とって、手にかける。
両の手を合わせて、頭頂部からやや後ろでかまえた。
三日月を半分に切った形の結界を作り、投げる!
「ジュワッ!」
掛け声はお約束である。
投げた結界は蛟を傷付けて帰って来る。
それを両手で受け止めて、頭に戻す。
そして、再び投げる。
「何をしているの?」
瀬戸山さんが聞いて来た。
「ふふふ、嫌がらせ」
「ええぇ?」
(なんだぁ? その非難の目は? だからね、俺はこいつに勝て無いの)
「痛くもないし、ダメージも行か無いけど、相当嫌だと思うよ」
「ちょっと鬱陶しいだろうしね」
「はあ?」
蛟は、チラリとこちらを向いて、また、部屋の中を睨んでいる。
「瀬戸山さん、お願いがあるのだけど、さっきみたいにあれを引き付けてくれない?」
「良いわよ」
ちょっと疑問に思っています的な顔をして、俺の頼みを快く引き受けてくれる。
「ありがとう」
俺は、軽く礼を言うと、両の手の人差し指と中指を伸ばし、他の指を曲げて、手のひら側を前にして、額に当てる。
「ジュワッ!」
直径5mm程の試験管様の結界が伸びる。
「だから、何をしているの?」
「嫌がらせ」
俺は、悪い笑顔でニコッと笑ってやった。
瀬戸山さんが手を合わせて、その手を離すと、蛟が早速反応した。
格の差がこう言うところに出てしまう。
俺の嫌がらせは無視されるが、葉月の魔法には簡単に反応するのだ。
エメリウ、いやいや、細いガラス管様の結界を嫌がらせに撃っているが、蛟にダメージはなく、ズンズンと近ずいて来る。
俺の前に板状の結界を張って、進行を止める嫌がらせをする。
もちろん、そんな物は抵抗にすらならない。迂回すれば終わりだ。
しかし、それを何回も繰り返すのだ。
「それはどうするの?」
俺は瀬戸山さんに蛟の引き寄せ方を聞いた。
「簡単よ。ただの現し身の法だから」
「本来は、本人の髪の毛や爪を使うのだけど、これは彼女のイメージだけ使ってるの」
本来は、本人の髪や爪を藁人形や形紙の人側に入れて、あたかもそこに居るように鬼神を騙す呪法である。
瀬戸山さんは、彼女が見た女性のイメージを女性の髪の毛の代わりに使って、形紙人形の代わりに自分の手を使ったのだ。
俺は、ドーム型の結界を張って、瀬戸山さんと二人で入った。
「サザン、お願いします。これも作って」
魔法用紙に「立花美鈴」と名前を書き、用紙をを二つ折りにし、手で千切って人型を作ってサザンに魔化して貰う。
この人型を持って、結界から出て魔法の道具になった現し身の法を使う。
蛟がギロッとこちららを睨むと、口を開けてやって来た。
一瞬早く板状の結界を張ったために助かったが、俺の体は吹き飛ばされた。
「あははは、面白い。実在しない存在なのに、運動エネルギーを持っていやがる」
「大丈夫?」
「大丈夫だ。これで目処がついた」
「葉月! 行くぞ!」
俺は胸の徽章を叩いた。
ピポッ!
「コンピューター、二名、三千メーター上空に転送」
辺りの景色が変わり、大空になる。
冬の太平洋側は空気が乾燥して晴れ渡る。三千メートルも上空に来ると隅々まで視界が広がる。
高層に綿雲が列をなして浮いている。
遠くの山々には雲がかかり、山頂部には雪が積もっている。
時刻的にも、差し込む日差しが赤味が混じって、浮いている綿雲に少し色を付けている。
突然、胃袋が、と言うより内臓自体がこみ上げて来る。
自由落下だ。
空中に転送して来たので落ちているのだ。
「ぎゃああぁぁーーーーぁ!」
葉月の悲鳴が聞こえる。
すぐ横に浮いているのだ。いや、俺と一緒の速度で落下している。
俺は両手を広げてバランスをとり、体を安定させる。そのままひじを曲げ人差し指と中指を伸ばしてひたいに当てる。
慎重に狙って、上を向き上がって来ている蛟に結界を撃ち込む。
的が遠すぎて当たっているのかどうかは分からない。どうせ嫌がらせだから、その様な事はどうでも良い。
「キャあああああああぁぁぁぁぁーーーーぁ」
葉月が横で悲鳴をあげ続けている。
地上から蛟が口を開けて、物凄いスピードで上昇して来る。
俺は、奴と三千メートル離れていてよかったと思った。
遠くに、蛟の体自身は北の方から伸びて来ているのが見える。あちらの方に本体が有るのだろう。そして、八王子の街で垂直に伸び上がっている。
「葉月、こっちだ!」
俺は手を伸ばして葉月を掴む。
「コンピューター、六千メートル上空に転送!」
辺りの景色が変わる。
魔法の瞬間移動は、移動後、異動前の運動エネルギーは一切ゼロになる。
出現後、慣性が残っていると壁や地面に激突する事が有る。それを避けるためだろう。
昔の魔法を作った偉人の知恵である。
近くの山は山頂部分に積雪が有るだけだが、遠く北の山々や北東方面の山々は全身雪化粧になっている。
富士山も麓の方まで真っ白だ。
ふっと内臓が込み上げて、金玉が縮むのが解る。身体が落下し始めたのだ。
「ぎゃああああああぁぁぁぁあぁああぁぁーーーーーーぁ!」
(あ、葉月の悲鳴が止まってたのか?)
「葉月、こっちに来い。俺に捕まっておけ!」
落下中に葉月を抱き寄せる。
俺が下を向いて落ちているので、葉月は仰向きに落ちている事になる。
右手で引き寄せて、左手で葉月を抱き寄せる。
「ぎゃああああああ、、あああ、、」
葉月が俺の背中に手を回してしがみついて来る。
自分で飛行の魔法を使えば良いようなものだが、一旦恐怖心でパニックになると、魔法を使えないようだ。
ずっと悲鳴をあげている。
蛟は上空に移動した俺たちを見つけて、再度上がって来た。魔力が尽きず、力強く、凄いスピードで上がって来る。
蛟と衝突する寸前に移動する。
「コンピューター、九千メートル上空に転送!」
九千メートル、一万メートルと言えば、旅客機の航路がある高さだし、夏の入道雲の最高部が一万メートルだ。
これ以上の高さには雲は発生しない。
エベレストより高く、酸素ボンベを持たないでの活動限界を超えている。
寒波の影響が無くても、-60度の世界だ。普通は学生服で来るところではない。
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!」
俺は強く葉月を抱き寄せる。
葉月は背中にしがみつくだけで無く、自分の足を俺の足に絡めて来た。俺から離れない為だ。
「コンピューター、一万二千メートル上空に転送!」
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁあぁああぁぁ!」
「葉月、息を止めろ。落ち着け」
「キャッシュあああ、無理無理うわわあああぁぁぁぁ!」
「コンピューター、一万五千メートル上空に、二名転送!」
この辺りまで来ると、ー70度になる。
大気も薄く、呼吸も苦しい。
しかし、気温は地上近くとは違って、高度に比例しては下がらない。もう成層圏なのだ。
しかし、学生服で落下する分にはたいして変わらない。
寒いと言うより、冷たくて痛いのだ。
「コンピューター、一万六千メートル上空に転送!」
余裕を持って、もう千メートルほど上がる。
ブックマーク、高評価をありがとうございます。
数字が増えたのが、確認できるのが悲しい!
ところで、134話と140話を追加しました。
仕事中にスマホから更新していたので、跳んでいました。
すいません。