無理なので受験勉強してます その159
「で、どうするんだよ」
「いや、俺にはどうすることも出来ないって解ったじゃん」
「無理」
「無理って、どうするんだよ」
「俺が判断することでも無いしな」
「お前のところの部長は役立たずだし」
「龍山部長は見当違いだしな」
「結局、栃原部長代理が判断することなんだよ」
「優希が判断しても勝てないだろう」
「あの、入ってきた人を見捨てれば良い。此処の占い師のところに来たんだろ」
「俺達とは関係無い」
「ああ、成る程な」
「俺達かあの人か、どちらかを切り捨てるのか」
「優希には出来ないだろうな」
「コバヤシマルだな。艦長の腕の見せどころさ」
「コバヤシマル? なんだ?」
「アカデミーの卒業試験の一つさ」
「アカデミーって、お前の言ってることが、時々解らなくなるよ」
「所謂あれだろ、暴走するトロッコ」
「暴走するトロッコの行先の線路の前に五人、ポイントを切り替えた先に一人居ます。貴方はどちらにポイント切り替えますか? ってやつだ」
「5人を護るか、一人を護るか答えなさいって事だ」
「ふーん」
俺は気の無い返事をする。
「大切な人が居る方」
俺はそっけなく答える。
「え?」
「大切な人が居る方を護る」
「例え、大切な人が一人で、反対側に十万人居ようと、大切な人を護る」
「まあ、俺なら置石をするな。置石なら、何個でも積めるしな」
「時間があるなら、犬釘を抜いちゃうね。軌間を広げるんだ」
「ああ、そうだな。お前ならそうするな」
「だけど、優希にはその判断が出来ないだろうな」
「ちなみに、トロッコの答えだけど、ポイントを中間で止めると言うのもあるんだ。反則だけど」
「その答えが出てくる様なら大丈夫だ。『コバヤシマル』の答えも、カーク船長は反則するんだ」
「カーク船長って、お前、何の話をしていたんだ」
俺は立ち上がって、占い師の受け付けカウンターの方に行く。
「前に見てもらった先生は、私の先祖が、人身御供の生贄だったのに逃げ出したって……。」
その女性が、今おかれて居る状況を説明している。
俺は、お守りとして売られている水晶の玉を貰うために声をかける。
「あの、おばさん、これ少し貰えませんか?」
「おば、おばさんって、今? 一個2500円だから、お金をそこに置いといてください。ごめんね。今この人の話を聞いてるから」
「いや、金がないんですよ。で、9個ほど欲しいのです。あと、この大きいやつと」
「何? タダで寄越せって言うの? それ、売り物なのよ」
「なら良いわ。俺には関係のない話だしな」
俺は、壁際に来て、座り込んだ。
「ちょっと、何言ってるの? 当たり前でしょ。これは売り物なのよ」
俺は無視して、参考書とノートと蛍光ペンをかばんから出した。
「あなた! この水晶が要るの? 今、必要なの?」
俺は顔を上げ、話しかけて来た女性を見た。先ほど逃げ込んで来た女性だ。
「いや、特に必要無い。あのおばさんがなんとかしてくれるだろうよ」
「要るのなら、もう少ししたら、誰の物でも無くなるから、それから貰うよ」
「え? どうして誰の物でもなくなるの?」
「所有者がいなくなるからね。正確に言うと、ビルのオーナーや占いの元締めみたいな人が居るのかもしれないけど」
「まあ、その時は貴女も居なくなってるかもしれないし、そうすれば、もう、必要無いしね」
「え? 私も居なくなるって」
「いやあぁ、あれを見たら、誰も勝てる気しないし。事実、俺はさっき負けたし」
「勇人! また、そんな言い方をする」
「ちゃんと話せば分かるんだから、女性に『オバサン』って言っちゃダメ!」
「歳がいっていても、普通に優子先生って言えばいいの」
瀬戸山さんが、俺を怒りに来た。
「そっちじゃねぇーよ!」
桜木が、瀬戸山さんに突っ込んでいる。
周りの人達も、声には出さないがバラバラに頷いている。
「藤波ぃ、要るのじゃ無いのか?」
「大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
「栃原先輩の判断次第だが、葉月を連れて逃げる準備はして有る」
「俺たちは?」
「お前達はお前達で、自分で逃げろよ」
「あいつは、お前達には何もしないさ」
「だから、あいつの機嫌が良ければ、何もせずに床に伏せておけよ」
「機嫌が悪ければ全滅だ」
「コバヤシマルだからな」
「逃げ出せるのか?」
「ああ、奴は、まずこの人を狙うだろうし、次に邪魔をする人を排除するだろう」
俺は、目の前に立つ女性を指差して言った。
「次に、優子先生、栃原先輩、葉月、蘇我さん、秋山さん、靏見さん、桐崎、富士見さんが狙われるだろう」
「八瞬程時間があるさ」
「八瞬ってどれぐらいだよ」
「1秒は無いだろうな」
「第一、優希を置いて逃げられるか! 俺も戦う」
「どうぞ。だが、葉月は居ないと思ってくれ。お前まで、七瞬だな」
「七……。なんとかならないのか?」
「ならんから、逃げ出す準備をしているんだよ」
「無理なのか……。」
「無理だ」
「あの水晶が有れば、どうにかなるの?」
立花美鈴と名乗った女は言った。
「しようと思っただけです。私は魔法が使えないので」
「え?」
俺は、また、参考書に目を移す。
桜木が、サッカー部の龍山達やオカ研の部長の藤谷達にビデオカメラのモニターを見せて状況を説明している。
霊視の能力が無いと、何が起こっているのかわからないからだ。
さすがに、この大きさの大蛇を見せられると皆感嘆の声が上がっている。
「決まったわよ」
「本体の蛟に会って、納得して引いて貰うわよ」
栃原部長代理が胸を張って、皆に呼びかけた。
「桜木、最悪だ……。」
俺は、今すぐ帰りたくなった。
「藤波ぃ、蛟って話し合えるのか?」
「そら、話し合えるだろうさ。蛟の言葉が話せたらな」
「勇人、水晶幾ついるの?」
瀬戸山さんが聞いて来た。
「もう要らないよ。ありがとう」
「まだ拗ねてるの?」
「いや、勉強しているだけだし、先輩の馬鹿な判断に巻き込まれたくないだけだよ」
「知らないと思うけど、親の遺言で、俺は蛟とは話し合えないんだ」
「嘘、勇人のおじさんもおばさんもまだ生きているじゃない」
「死んだら遺言が残せないだろ」
「藤波君、聞いたでしょ」
「早速準備に取り掛かって頂戴」
栃原部長代理が、葉月との会話に割り込んで来た。
「今、準備している最中です」
「あら、御免なさい」
俺は参考書のページをめくり、 蛍光マーカーを引いてあるワードに関する文章をノートに書き出していく。
例えば、「大化改新」と言うワードが有ると、「大化改新」が答になる様な文を書いて行くのだ。