蛟かな その158
瀬戸山さんの位置からすると、すでに蛟の頭を通り越して、胴の中に入っているはずだ。しかし、霊能力のない俺には、やつを見ることも感じることも出来ないのだ。
その時、腕から肩、足先から膝、胴体を強烈な力で締め上げられた。息をすることも出来ない。息をするには、胸郭を上げて膨らませる必要があるからだ。蛟が実体化して来たのだ。
俺は蛟の中に囚われたのだ。
そして、その瞬間、俺は後ろに吐き出された。或いは吹き飛ばされた。幸いな事に、射出角度がやや下向きだったので、おれは床に叩きつけられて、そのまま床を滑って壁に激突した。
「グッ!」
俺は悲鳴を上げた。本当に痛い時は声など出ないものだ。
「勇人!」
瀬戸山さんは声を掛けているが、蛟を誘導しているので、こちらには来られない。しかし、心配そうな顔をしてこちらを見ている。
俺は、瀬戸山さんに心配を掛けないように、右手で親指を立てておく。
左肩と左脇腹に激痛を感じているのだ。
ついつい、不用意に訳の解らぬものに突っ込んでしまった事を後悔している。
「藤波ぃ、大丈夫か?」
「ああ、肩がスゲェ痛いけどな」
桜木がカメラを回しながら聞いて来る。相変わらず、ぶれない男だ。
俺は、床からは上体を起こし、壁にもたれて、ウエストポーチから医療用トリコーダーを出した。
トリコーダーを開いて、センサーを体に当てて行くと、左鎖骨骨折、左第十一番肋骨骨折、左第十二番肋骨骨折と出た。
骨折、打撲用のハイポスプレーを左肩と左脇腹に撃つ。
プシューッ! と言う音と共に魔法の薬剤が体の中に入って来る。それと共に痛みが引いて行き左手も上がるようになった。
瀬戸山さんは心配そうに、こっちを見て笑っている。
瀬戸山さんが移動する方から逃げようと、富士見さんと占い師の優子さんが逃げ回り、それに付いてみんなが移動するので、室内は民族大移動になっている。
「藤波君、大丈夫?」
栃原部長代理が桜木の横に来て、俺を心配してくれる。
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、出来たら五分だけ葉月のサポートをしてやって貰えますか?」
と聞いて見たら、快諾して葉月の方に駆け寄って、何か呪文を唱え出した。
俺は指輪のサザンに命令した。
「サザン! 憑依!」
「いつも、こんな時ばかり悪いな。状況を説明しようか?」
「ユウト、見ていたから解っていますよ」
「じゃあ、話が早い。あいつに勝てるか?」
「無理ですね。あいつはドラゴンより強いですね」
「そうか。無理か」
「じゃあ、諦めるか」
俺の声だけが、俺の口から漏れているので、周りには聞こえている。
「サザンでも無理なのか?」
桜木が心配そうに聞いて来る。
「無理らしいぞ」
「『ぞ』ってどうするんだよ」
「俺に聞くな」
「取り敢えず、葉月を助けて来る」
「ああ、出来るのか?」
「さあぁな」
俺は、サザンに魔法のお札を20枚程作ってもらった。用心には用心をして、考えられる魔法を詰めてもらう。
そして、それを持って瀬戸山さんのそばに寄って行く。
「霊視!」
お札の一枚を持って、コメカミに当てる。
さぁーーっと視力が変わり、目の前に直径1.5mぐらいの大蛇が空中を漂っている。
それが、瀬戸山さんの手から出ているピンクの煙の様な物を、チロチロと震わせている舌で嗅ぎ取っては、後を追っている。蛟の体の本体は、遥か遠く、細く長くなって何処からか此処まで伸びて来ている。
俺にはそう言う風に見えた。
これは、俺の頭が作り出した映像なので、実際はどうなっているかはわからない。
「葉月、下がって」
俺はカッコよく瀬戸山さんと蛟の間に割り込む。
「ホーリーライト!」
右手が強烈に光り、辺りを照らす。
右手から出た光りが蛟の体を通り抜け、床や壁を照らしている。
「きゃあーー!」
占い師の優子さんが強い光に驚いて、悲鳴を上げている。
「あれ……?」
「ウフフ、勇人、後ろに下がって」
瀬戸山さんがころころと笑っている。
「神様にホーリーライトも無いわよう」
栃原部長代理がニヤニヤ笑っている。
「あんた馬鹿なの?」
蘇我さんも呆れ返っている。
秋山さんと靏見さんが、顔を背けて笑っている。
その横で、桐崎が両掌を上に向けて首を傾げている。アメリカ人の「呆れたね。」のポーズだ。
「ギュあーー! 露出がぁーー! 飛んだぁ! はじめに言ってくれよぉ!」
(それ? 俺か? 俺が悪いのか?)
「わ、悪かったな。すまん」
何故か俺が謝る羽目になった。
「葉月、下がっていてくれ。試したい事があるんだ」
「うふふふ、また何かするの?」
「まあね」
魔法の札をもう一枚使った。
そして、俺は腕を水平に左右に上げて、肘を曲げた。大体、160度ぐらい曲げる。
手のひらは下向きで、指は綺麗に揃えている。
そのまま左手は前に突き出した。右手は肩から前に手のひらは右耳の横に持って来る。
結界はドーム型の半球とは限らない。魔法式をを書き換えたらドーナツ型にでも出来るのだ。所謂、海水浴の時のビニールの浮き輪だ。そして、その厚みをどんどん減らして、薄く、ぺったんこにする。
そのリング状の結界を右手に発生させて、投げる。
「ジュワッ!」
投げられたリング状の結界は、目の前の蛟に当たり、身を切り裂きながら飛んで行き、壁の向こうに消えた。
結界とは、神霊用の防御壁なので、実体の有る者には一切影響が無い。その為、飛んで行った八つ裂き光輪、もとい、リング状の結界は特に問題が無い。
傷付いた蛟は、全く痛みなどは感じていなそうだ。
まあ、当たり前か。所謂、神経と言うものがないのだ。頭の方に黒い左右に二つ水平についているものも目とは限らないのだ。
中枢もそこに有るとは限らない。本体は別かもしれないのだから。
「通ったな。ふふふ」
「藤波君凄いね。それで、スペシウム光線は撃てるの?」
「いや、彼奴に全然効いていないしな」
「そうなの? 切れた様に見えたけどね」
栃原先輩が笑っている。この先輩の怒っている姿は見たことがない。
いつも笑って、こちらを見てくる。
俺は、部屋の中央でお札を使って、床に叩きつける。
手の平サイズのドーム型の結界が、徐々に大きくなって行く。
人間はと言うか、実体の有るものは影響を受け無いので、特に問題はない。
この部屋の中で影響を受けるのは蛟だけだ。
膨れて行くドーム型の結界に押されて、横向きに部屋から無理やり押し出されて行く。押し出されて行く時に、蘇我さんたちが張った結界を通る。その時に、またビルが振動する。
その後、部屋の中に入ろうと体当たりをするが、結界はビクともしないし建物も振動することは無い。
防御魔法というのは、相当のレベル差が有っても、取り敢えずは効果が有るのだ。1レベルでも能力差があると効かないと言うのでは、使えないからだ。
栃原部長代理や優子さん、蘇我さん達が、女性の周りに集まり出して、事情を聴いている。
「すいません、立花美鈴と言います」
「お正月に橋本神社にお参りした時に、今日のこの時間に此処に来る様に御神託を頂きまして、何とか助けていただけないでしょうか?」
彼女は、今までの経過を話し出した。
「藤波ぃ~、トグロを巻かれたよぉ~」
桜木が、カメラを天井に向け、グルグル回っている。
「ああ、リアル安珍清姫だな」
俺も上を向いて答える。
ありがとうございます。
夜の間にブックマークを沢山頂きました。
また、こうひょうかもつけていただいています。
ありがとうございます。