立花美鈴 その155
大晦日の夜、立花美鈴は初詣の二年参りの列に並んでいた。
立花の家は、若死の筋である。
嫁や婿に来た者は、長命と言うか、普通に寿命を全うするが、立花の血を継ぐ者は、概ね短命だ。
そして、その死に方も穏やかでは無い。
大抵は事故だが、突然、30歳の若さで、通勤途中に心不全で亡くなった遠縁の親戚もいると聞く。
美鈴の祖父母は隠れる様に暮らして来た。しかし祖母は普通に生存しているが、母方の祖父は短命で、母も顔を覚えていないと言う。
母は、父親に嫁入りして苗字は変わっているが、やはり短命で、最後は交通事故で亡くなっている。
子供の頃から、お守りや数珠を持たされていて、何遍も転校して、何かから逃げ回っていた。
家も、神棚やら仏像やら仏画などを祀っていたし、拝んでいた。
しかし、最近、彼女の身の回りで妖しい事が続いていた。
そこで、祖母の知り合いの宗教家の知人の拝み屋さんを紹介された。
そのおばさんの言うことには、
立花の母親の血筋の先祖が、大正時代に住んでいた村に大きな溜池があって、そこに祀られていた祠があった。
普段、何が有っても枯れる事のない溜池だが、数十年に一度ぐらいで、干上がる事があった。村人も、寺の過去帳をめくらなければ分からないレベルの昔の出来事だ。
この時も、祠に貢物をし、村の水源を確保しようとした。所謂、人身御供だ。
しかし、人身御供に選ばれた娘を、祠の神様に捧げられた後、村人を押しのけ、娘を抱いて逃げてしまったのだ。「もはや、そんな時代じゃ無い」と捨て台詞を吐き、嫁やその娘を連れて、村を捨てて東京へ逃げてしまったのだそうだ。
つまり、神の供物を横取りして盗んだ事になってしまったのだ。
それで、神が怒っていると言う話だ。
そして、もう一体霊が憑いていると言う。
彼女の先祖が、江戸末期か明治初頭に、旅の僧侶が宿を求めて村に入って来たので、彼を供物に差し出してしまった。
その僧侶の霊が取り憑いて「七代祟ってやる」と言っているそうな。
どれも、全く彼女には身に覚えのない事だった。わかっている祖父母は全員東京暮らしだし、親は東京生まれ。
自分も東京生まれだし、その先祖の田舎がどこだかも分からない。
祖母の知り合いの宗教家の知人の拝み屋さんは、普段お世話になっている霊能力者を紹介してくれた。
その霊能者も「自分には手に負えないから」と霊能者を紹介されて、その霊能者も次の霊能者を紹介してくれて、そのうち、角のタバコ屋の孫のクラスのって、どんどん他人にたらい回しにされている気がしてきた。
その都度高額の謝礼がいるので、もう断ろうかと思っていたら、自分の周りに実害が出だした。
前を歩いている人が、突然振り返り、「キャッ!」と悲鳴を上げて死んだ。振り返った時に、私ではなく、私の後ろの空を見ていた気がするが、そちらには何も無く、良くわからなかった。その女性は、恐ろしく私に背格好や髪の長さや雰囲気の似た女性だった。
ただ、その時に空気が揺れていた事を覚えている。
借りていたアパートが倒壊し、階下の宗教にハマっていたおばさんが死んだ。圧死だったそうだ。
私は、仕事に出ていたのでよく分からないが、昼前に住んでいたアパートが倒壊した。柱がシロアリに食われていたらしい。
そのおばさんは、昨晩、おかずを多く作ったからと、タッパに入れて煮物を持って来てくれていた。
だから、今朝、洗ったタッパを返しに行ったのだ。その時会ったのが最後になってしまった。
「貴女の健康を神様にお願いしておくわよ」と言ってくれた優しい女性だったのに。
他の住民も話では、崩れる瞬間にアパートが周りの空気が揺れていたらしい。
仕事の移動で、タクシーに乗っていた。右後ろが上司で、左後ろが自分だった。
そのタクシーの右後部座席付近に何かが激突した。タクシーはスピンして、ガードレールにぶつかって止まったが、上司は亡くなった。
上司は、所謂、見える人だったので、直前に窓の外を見て、何かを叫んでいた。
自分の周りで続く奇怪な事件の為、本気で自分の身が危ないのだと理解した彼女は、その霊能力者の下を訪ねた。
噂では、彼は日本一の霊能力者らしい。しかし、見た目は普通のスーツ姿のおじさんだった。
「こんな強い霊は、私には手が負えません。まるで神様を見ているようだ」
「って、貴女を襲っているのは、神様ですよ。すごくお怒りになっている」
と、お手上げ状態だった。
それでも、三つのお札に三つの護法神を付けてくれて、方違いの方法と簡単な結界を張る方法を教えてくれた。
方違いとは、行きたい方向が凶方や悪方だった時、一旦違う方向に向かって行き、途中で向きを変える方法である。
また、半紙等で人型を作り、自分の名前を書き、髪や爪を貼り二つ折りにする。紙相撲の駒の様にして、息を吹き込み身代わりにする。
それを、電車に乗った時にシートの隙間に挟み込む。
すると、相手はどちらが本物か分からなくなるのだ。
身代わりの移し身の法である。
家は、米と塩を混ぜた物を小皿に乗せて、四方八方に順に呪文を唱えて置いて行く。彼女には霊能力が無いので、予め準備されていた道具を置いて行くだけなのだが。
三つの身を守る方法を教えて貰い、三つのお札が、全て割れたら、また来るように言われて終わった。
方違いをしながら移動する事は、身を守るのに効果があったし、神社仏閣のお参りも大変効果があった。
神社仏閣の境内に入ると、相手には分からなくなるようだった。
そして、西国三十箇所霊場参りや四国八十八箇所霊場参りは、彼女の位置がその相手には全く分からなかったようだった。巡礼中は、まったく何事も起こらなかったのだ。
彼女には全く見えないし、聞こえないのだが、近づいて来た時の空気の震えはわかるようになって来た。
皮膚に鳥肌が立ち、毛穴が開くのだ。
年末、12月21日は終い弘法、24日は地蔵尊、28日はお不動様である。
次々にお参りに行く限り、安全であり、安心していられる。
各神社仏閣で特別に祈祷して頂くと、なお効果が高かった。
しかし、それでも渡して貰ったお札は、もう二枚が砕けていた。
見えないが、「キャン!」と言う金属音がして割れた。その後、圧倒的な何かが通りすぎて行った。
その空気の振動で、ポロポロと木のお札が砕けて行った。
大晦日の日、立花美鈴は、初詣の列に並んでいた。大晦日の日にお参りに行き、0時とともに参る二年参りだ。
橋本神明宮は、境内へ続く参道が国道まで伸びている。外の鳥居と中の鳥居があり、中の鳥居から参拝客が並んでいる。
美鈴は安いワンルームマンションを数軒借りている。もちろん親が借りていてくれているのだが、二ヶ月か三ヶ月で住む所を変えているのだ。
そのマンションの一つが神奈川県に有り、氏神様が橋本神明宮なのだ。
0時前にカウントダウンが始まって、0時の時報と共に境内に進みだした。
夜中から初詣に出かけようとする参拝客は若い人が多い。辺りはザワザワと、いや、ぎゃーぎゃーとうるさいレベルだ。
立花美鈴は、やっと本殿の前まで進んで来た。
鈴緒を振って鈴を鳴らす。
お賽銭を入れて、お参りをする。
神様、どうか自分の身を護って欲しいとお願いをする。
「どうか、何かわからない怖いものから、この身を護って下さい」
「もう、どうすれば良いのか分かりません」「どうか助けて下さい」
「どうすれば良いのか教えて下さい」
ついつい、いつまでも強く願っていた。
辺りは、雑踏で煩いぐらいだ。
「お前!何を願ったんだよ」
「良いだろう、何だって」
「100円分はお願いを聞いてもらわんとな」
「聴くだけな」
「クラスの真斗と付き合えますように」
「お前、男だろ! 何で俺とお前が付き合うんだ!」
誰かが、下らない話を大声でしている。中高生の友人との初詣などこの様なものだ。
字に起こすと、
ワーワー、ガヤガヤ、ウァーン、カランカラン、チャキ。
様々な音と声が境内を響き渡っている。
そこで、神様に一心不乱に祈っていた。
「どうか、私を助けて下さい」
と。
その時、雑踏が一瞬引いた。
会話と言うのは、喋っているばかりではない。息継ぎもあれば、間も有るのだ。
その、何十、数百と言う会話の切れ目が重なった。
一瞬、静寂が訪れた。
その時、誰かの声がした。
「……、十日の午後三時半、マダモアゼル星子の館な!」
その声は境内に響き渡った。
ざあぁー、とまた雑音にかき消されてしまった。
慌てて振り返ったが、誰が話した声なのか分からない。
「え? 『十日の午後三時、マダモアゼル星子の館』に行けと? 啓示なの?」
立花美鈴は震えていた。
これが啓示なのかと。まさか、その様な能力がない私にも神様が助けの手を差し伸べてくれたと。
慌てて、お祓いを受けて、お守りを買い漁った。そして、10日間を何とか生き延びたら大丈夫だと安心していた。
ありがとうございます。
ブックマークと高評価がグッと、ググっと増えました。
ありがとう、みなさん!