除霊 その153
「先輩、この馬鹿に首輪して繋いでおいてください」
「あれ? 藤波君は行かないの?」
(聞いてなかったのか? バカップルめ!)
「さっきから行かないって言ってるでしょ」
「そっかぁ~。でも、友人が取り憑かれて、死んじゃったら、夢見が悪いでしょう」
「脅迫ですか? 今行くと、後で後悔しますよ」
「ちなみに俺は、桜木が死んだらぐっすり寝れますよ」
三人で行く事になったが、栃原先輩と桜木はニコニコしている。
因みに、俺と桜木は、始業式の帰りなので、学校の制服で、昼間の格好だ。
相模原線に乗り、東海道線本線に乗り換えだ。冬の夜の茅ヶ崎駅は、人気もなく寒い。
辻堂駅は東海道本線に乗り換えて直ぐの駅なので、体が温まる時間もない。
辻堂駅に着くと、桜木がフラフラと北側に歩き出した。
ショッピングセンターとか建っている賑やかな駅前だ。
「あれ? 俺、ここにきた事が有るよ」
「ばかっ!」
栃原先輩が顔を赤らめて俯いている。
(え? 一体、二人に何があったんだ?)
桜木は、そう言ってカメラを回している。
インサート用の画像が要るんだと、駅や辺りのショッピングセンターを撮影している。
1秒か2秒、状況を説明する画像を入れることで、視聴者が状況を理解しやすくなるのだそうだ。
桜木は、ふらふらと歩き、あの女性に憑依されている割に頭はクリアーな様だ。
「お前の以前来た街に興味はない。知らんから、ちゃんと前見て歩け」
俺は、横を見て交差点を渡る桜木の襟を引っ張って止めている。その前を車が通り過ぎる。
それでも桜木はカメラを離さない。
そして、俺が手を離すと、また、フラフラと歩き出している。
「はじめ! 危ないわよ」
「お前、意識はあるけど、体のコントロールが出来ていないだろ」
「ああ、大丈夫だよ。コントロールは出来ているよ」
と言いながらフラフラと歩き、首だけ横を向いて話して来る。
(ダメダコリャ! ちょーさんに怒ってもらわないと)
しばらく、桜木に導かれて歩くと、桜木がだんだんとハイになって来た。
学校の事とか、子供時代の出来事とか、栃原先輩への想いとか、こちらが聞かないのに喋り出している。
「桜木ぃ。お前、ついに感情のコントロールも出来ていないよ」
「あははは、そうか? こんなに楽しいのに、お前みたいに苦虫を噛み潰したような顔が出来るか?」
そう言いながら、踊る様に歩いている。誰かに引っ張られている様だ。しかし、多分、それでもカメラはブレていないだろう。そんな男だ。
そして、突然、桜木が一軒の家の前で立ち止まった。付近は住宅街で、一戸建ての家が多い。
そして、向きを変えて、家の中に入って行こうとする。
「待ちなさい。はじめ、ストップ」
「待って、藤波君、はじめを捕まえて」
栃原先輩が、桜木に言っても聞かないので、俺の方を向いて言って来た。
俺が桜木の襟首を掴んでいると、桜木は左手を前に出し、宙を掻きながら家に入ろうと手足を動かせているが、右手にカメラを持って、しっかりと自分は撮っている。
(この男は本物だわ。って、右手は意地でも自分でコントロールしているんだな)
その姿を見て、少し笑ってしまった。
「藤波君、有難う。もう少し、彼を捕まえておいて」
「どうも、彼女の本体が感じられないのよ」
(幽霊の本体って、もう荼毘に付されているだろうが)
「はあぁ?」
俺は、気のない疑問の感嘆詞が口から出てしまった。
「出会った時から、不思議だったのだけど、魂が感じられないのよ」
「多分、事故に遭って、死ぬ直前に『家に帰らなくちゃ』って強く思ったのかも」
「この世の未練とかじゃ無く、家族の事を考えていたのよ」
「はあぁ」
(そんな分かんない話をされてもねぇ)
「それで、死ぬ瞬間に体から抜け出た想いが交差点に残って、地縛霊みたいに道行く人に取り憑いて、家に帰って来るのよ」
「はあぁ」
(もう言ってる事が分からないや。「で、魂本体は?」と聞くべきか、「無事帰って来られて良かったですね。」と言うべきか、それも分からないや)
「か、帰って来られて良かったですね」
「よく無いわよ。ずっと、それを繰り返しているのよ」
「え? 想いが叶ったのに、成仏しないのですか?」
(いや、ここで『想いが叶って、成仏して良かったね』って場面だろうが)
「魂じゃ無いから成仏しないのよ」
「迎えが来ないから、また、その交差点に戻っているのよ」
「それは良かった。桜木が喜ぶね」
「そんな事言ってられないわよ。その内、悪霊化して、向こうに引っ張られるわよ」
「桜木がな」
(それは、俺には関係無いじゃん。今は、寒いのだよ。家に帰りたいのだよ)
「えっ? そうね。普通の人には見えないものね」
「じゃあ、手を離すよ」
「待って、彼女の想いを昇華させて、消えて貰うわ」
「こう見えても、瀬戸山ほどじゃ無いけど、私も貴方達と出会って、成長しているのよ」
「はあ」
(俺の知った事じゃ無いんだけれど)
(さっきから、寒いので帰りたいと言ってる事を分かっているのかな?)
「じゃあ、あのぉ、ピカァーっと終わらせて貰えますか?」
「ええ、はじめを捕まえておいてね」
栃原先輩は、身振り手振りで呪文を詠唱している。
おもむろに、桜木の額に右手を当て、何かを引っ張る動作をした。
「げほっ! グゲほっ!」
桜木が、何やら咽せて咳き込んでいる。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
桜木が礼を言うが、俺は襟首を掴んだまま、離すことはない。
「ここが貴女、帰りたかった家なのでしょう」
「もう、想いを遂げているのだから、消えて貰うわね」
栃原先輩が何やら詠唱を続けると、振り向いて、その家を見て詠唱をやめた。
桜木も、右手に持ったカメラをそちらの方に向けている。
りりりりりりりりりりりーーーん
目の前の家の閉まった窓越しに、目覚まし時計のベルの音が聞こえてくる。
「おおっ!」
桜木が、カメラのモニターを見ながら、件の家の屋根を撮っていて、声を上げた。
栃原先輩も屋根を見上げているが、俺には何も見えない。
「藤波! 凄いぞ! 見てみろよ」
「何も見えねぇよ」
「お前、自分のレンズを持っていたじゃないか?」
「使えよ」
「見ねぇよ。興味ないし」
「うふふ、あなた達は徹底してるわね」
その後、三人は、駅に向かって歩き出した。
藤川雄二は、二階の自室で寝ていた。
子供の時から住んでいる、玄関前に小さな庭がある建売の家だ。
夜中の一時過ぎ、階下で目覚まし時計がなった。
りりりりりりりりりりりーーーん!
「秀一!、雄二!、おきなさーい! 遅れるわよーぉ」
「食べたら、食器を流しにつけておいて」
「おかぁーさん、先に行くわよ!」
目覚まし時計のアラーム音の後に母親の声がした。ベルのような電子音だ。母親が好きで長年使っていた目覚まし時計の音だ。
慌てて、階下に降りて行くと、親父も自室から飛び出して来ていた。
「母ちゃんが帰って来てた」
俺が目を丸くして、小さな仏壇を見ながら親父に話し掛ける。
そこには、今日の昼、十三回忌の法要をして貰った跡がある。
座布団などは片付けてあるが、お供えはまだ置いてあるのだ。
今日の昼、お寺の住職さんが法要を行なって帰ったのだ。
「ああ、あいつの声だったなぁ」
親父にしても、十二年ぶりに聞く嫁の声だったのだ。
秀一とは兄貴の事で、東北の方の医学部に進んでいる。今年も学校があるからと、もう、寮に帰って行ったのだ。だから、参列者は親父と弟の俺の二人だけだった。
俺の母親は、いつも「先に行くわよ」と言って、会社にでかけて行った。あの日もそう言って出かけて行った。
俺は、兄貴と用意してある朝食を食べて学校に行ったのだ。
夕方は、俺は学童に預けられて、兄貴の友達のお母さんが迎えに来てくれた。その後、三日ほど、兄貴の友達の家で過ごしたのだ。
兄貴は成績優秀で、医学部に進んだが、俺は学業は駄目だった。
その代わり、アメフト部で、県大会を良いところまで進んだ。
全国大会には行けなかったが、盾と小さなトロフィーを貰った。
それを、仏壇の横の本棚に飾ってあるのだ。
(母ちゃん、見てくれたかな?)
雄二は、そんな事を考えていた。