行くのか? その152
駅前ロータリーのベンチに移動させて、桜木を寝かせる。
桜木は、その間もカメラを止めていない。流石は桜木である。
俺は、覗きレンズを覗きながら、まず、背中の猿を引っぺがす。
足を持って、歩道の色を塗られたアスファルトに、ゴンゴンと叩きつける。
「プハーッ!」
「そいつ重くてよ、息は出来ないし、手足は動かないし」
「藤波、助かったよ」
「あなた達、何してるの? どうして、はじめがこんなに憑かれてるの?」
栃原先輩が、また、俺に怒ってきた。
(俺が知るかよ。本人に聞いてくれよ)
引っぺがした猿は、ブヨブヨのミズクラゲのようだ。それに、アスファルトに叩きつけても答えている様子がない。
俺は手を休めずに言った。
「その手の奴もこっちに貰おうか?」
「お前、素手で引き離せるのか?」
「別に、掴んだら、掴めるし」
「第一、向こうが掴めるのだから、こちらからだって掴めるだろう」
「じゃあ、なぜ? さっきから助けてくれなかったんだよ!」
「何も言わなかったじゃん。困ってるみたいだから、一応、先輩は呼んであげただろう」
「それが友達にすることか?」
「お前とは、友達では無い」
「ああ、そうだったよ」
俺は、五組の手首も猿にまとめてまとめて、アスファルトにゴンゴンと叩きつけている。
「何してたの? ちゃんと答えなさい」
「いやあ、なんか、撮影してたらいっぱい寄って来たみたいで」
俺はベンチ坐って、足でそれらをゴロゴロ転がして、奴等を丸めている。
「藤波君、止めてくれる? うるさくて仕方がないの」
「え? なにが?」
辺りは静かだし、俺も音を出していないし喋ってもいない。
「あなたがさっきから転がしているそれ、さっきから口々に悪態を突いて煩いの」
「落ち着いて、話も出来ないわ」
「それ、要るの?」
(要るの? と言われても、俺にはどうしようもないから転がしているのだけど)
それに、栃原先輩は相当イラついている様子だ。
「いえ、要りませんけど、野放しにも出来ないので」
「じゃあ、良いわね」
栃原先輩は右手を上げて、呪文を唱え出した。俺も知ってる呪文だ。
ホーリーライトを唱えると、右手が光り出して、その手を俺の足元に向けた。
ただ、それだけだった。
ただそれだけで、足元の丸まった何かは消えていた。
「で、こっちは?」
栃原先輩が、桜木に憑いてくる女性の方を指して聞いてくる。
「そっちは何もしないのだけど、何かずっと付いて来るんだ」
「はじめ、見えているの?」
「カメラの液晶越しだけどね」
栃原先輩は、怪訝そうな顔をしてカメラを見て言った。
「それで寄って来るのね」
「何か約束したの?」
「いいや。声なんか聞こえないし」
「何も約束なんて出来ないよ」
「そうね」
「『家に、連れて帰って欲しい』と泣いて訴えてるわよ」
「え? 俺たちに?」
(桜木、お前にだよ。俺を仲間に入れるな)
俺は、そっぽを向いて、無言の抵抗をした。
「えぇ~と、『藤沢市辻堂』ってワードが出てくるの」
「そこじゃないかしら」
「先輩、さっきの光るやつで、パーッとやっつけてやって下さい」
俺は、話の流れをぶった切って、幽霊退治を提案してみる。
「何言ってんだよ。行くに決まってるだろう」
桜木が、俺を諌めて来る。
「いや、止めておけよ。いつの話かわからないだろう」
「そこに誰も住んでいないことだってさ有るし、行ったら更地になっている事もあるんだぞ」
「それを含めて納得して貰いたいのさ」
「そして、行くべきところに行って貰うのさ」
なぜか、桜木がドヤ顔で言ってきた。
「別に良いけどさ、じゃあ、また明日な」
俺は、二人に別れの挨拶をして帰ろうとした。
「どうして帰るんだよ」
「はぁ? もう遅いし、用事も終わったし」
「今日は塾に行けなかった分、勉強したいんだよ」
「いや、これからだろ」
「この先、どうなるのか気になるだろう?」
「全く」
「藤波君はブレないね。瀬戸山に聞いた通りだな」
栃原先輩が、口を挟んで来た。
「今日なら、付いて行ってあげても良いけど、藤波君は帰りたいようだし、一緒に行けないなら、明日にしようか?」
(だから、俺は関係ないって)
「今晩でも、明日でも構わないので、二人で行って下さい」
「俺はその人に興味が無いので」
「え? 行かないの? どうして?」
「聞いてました? 俺はその人に興味がないし、今晩は、早く帰って勉強したいのです」
「おい! 藤波、このまま、今晩行こうぜ。俺も、憑かれたままじゃ寝れないよ」
「あれ? 何故あなた達は、彼女が人だと理解してるの?」
「見たからです」
「見たんだよ。何が映ってるのか確認しなきゃ分かんないだろう」
栃原先輩の質問に、俺と桜木が返答していく。
「この覗きレンズを使って覗くと、ちゃんと見えるんだ」
桜木が、覗きレンズで自分の周りを見る動作をして、栃原先輩に渡した。
栃原先輩は、桜木に渡された覗きレンズを覗いて、引いていた。
地面の底に流れるマナの川、地上近くを流れているところから、噴水の様に吹き出すマナ。高さは、マンションを超えて、空にまで噴き上げている。
遠くの者は光点に、近くのものは金魚や昆虫になって空中を泳いでいる妖精達。
霊視の能力が有る自分達が普段見ている光景より、より深く、よりハッキリと映像として見えていたからだ。
そして、桜木に憑いて来ている霊は、三、四十代の女性で、打撲跡と出血が酷い状態だ。
「な、何これ? こんな物聞いた事がない」
栃原先輩が、覗きレンズを覗いて驚いている。
(作った俺だって、今までに見た事も聞いた事もないよ)
「な、凄いだろ。魔法が使えない俺でも使えるんだぜ」
「どうして?」
(どうして? って、迷宮でこいつが使ってた武器は、全部そうだったろう)
「そこを藤波に作って貰ったんだよ」
「便利だろう。色々見えるんだぜ」
「そんな事してるから、色々憑いて来るのよ」
「私がいる時で無いと使っちゃダメよ」
「次は取り殺されちゃうわよ」
「ああああぁ~? どうかな? 全部の取材について来るの?」
「ついて行きます」
そう言う事になった。
「じゃあ、明日な」
俺は二人と別れて、駅への道を歩き出した。
「んん? どうして付いてくるんだよ。俺は帰るんだよ」
俺の後ろを桜木と栃原先輩が付いて歩いている。
「藤波! 製作者なのだから、最後まで責任持てよな。途中で壊れたらどうするんだよ」
「ははは、知るか。馬鹿」
「俺は、勉強が有るし、寒いから、もう帰るのだよ」
「馬鹿って、藤波くぅ~ん。馬鹿ってぇ」
桜木が遊び出している。
2021/10/05/19時以降に読まれた方は、大丈夫です。
2021/10/05/19時以前にに読まれた方は、これは新たに追加された話です。
スマホで投稿していたので、投稿を飛ばした話です。