憑き人 その151
帰り道、桜木がカメラを回しっぱなしにして、試し撮りをしている。
お前はおもちゃを買ってもたった子供か。なぜ家まで我慢が出来ないのだ?
「おお、何か反応があったぞ」
大体、20m付近で映り出した。普通の映像は無限遠から映っているが、夜なので、照明のないところは暗い。
何やら、光点が映っていたが、10m程度まで近付くと人サイズに成った。しかし、それはまだ光点の集まりだった。
蚊柱が蛍だったらこんなものだろうと言う様な映像が映っている。
「まあ、そんな物だろうよ。通常の可視光線で焦点が合っているのだから、違う種類の、あるいは違う波長の光りは合焦しないのさ」
「いや、根本的に映像なのかも怪しいしな」
「そっちで見てみろよ。頭で合成されるから、ちゃんと映像になっているはずだ」
「ただし、過去の記憶の合成だけどな」
「そんなものか?」
桜木は、覗きレンズを取り出して、人サイズの光点の集まりだった物を覗いた。
「ウワァ~ぎゃ!」
桜木が悲鳴を上げて、後ろに飛び退いた。
「どうした?」
「おんな! おんな! 女が立ってる! 事故! 事故に遭った女が立ってる!」
「それを見たかったのだろう」
「ああ、ああぁ、そうだよ」
「じゃあ、良いじゃないか」
「でも、事故に遭って、大変な状態なんだ」
「気にするな。もう、死んでるよ」
「そ、そうだけど、そうだな」
「第一、それは、相手が見せたいか、お前が見たい映像を、お前の頭が合成した映像だ。気にするな」
「交差点だし、車に跳ねられたんだと、お前が思って、お前が勝手に作ったんだよ」
俺はそう言って、自分の覗きレンズを覗いた。
「うわっ!」
そこには、ひどい状態の女性が立っていた。
俺の頭もステレオタイプらしい。
桜木に説明する時の「交通事故を連想させるワード」で、自分がこんな映像を見るなんて。
「なっ、ひどい事故だったんだよ」
俺達は、駅に向かって、歩き出した。
覗きレンズは、流石にチートなサザンが作った魔法の道具だけあって、地面を見れば、地下深くに流れているマナの地脈が見えるし、道端の花壇にも光る何かが見える。
横浜の大都会なので、以前の様な森と違って、妖精の類は少ない。しかし、それでもいろいろと光るものが見えるのだ。
「おい! 藤波」
カメラを構えて歩いている桜木が、震えた声で言ってきた。
「なんだ?」
「追いてくるよ」
「何が?」
「さっきの女がだよ」
俺は、桜木が撮影しているカメラのモニター液晶を覗かせてもらう。
確かに、人サイズの光点の集まりが映っている。
「あれかな? 何か言いたい事があるのかな?」
「俺は、幽霊の声なんて聞こえないけどな」
俺は軽口を叩いている。
「俺もだよ」
「ほら、あれじゃない? よく言うじゃん。目を合わせたり、見えてると分かったら憑いて来るって」
「いやいやいや、付いて来られても困るんだけど」
「いや、憑依の憑いてな」
「え? 憑かれてるの?」
「だって、ずっと憑いて来るんだろう」
「ああ」
桜木は、妙に納得したようだった。
俺達は、東神奈川で乗り換えだ。その女性は、ホームを移動してもずっと後を付いて来る。
電車を待っていると、段々と桜木が喋らなくなってきた。
二人で黙って電車を待っている。周りを撮影していた桜木が、前を向いたまま動かなくなっている。
そして、八王子行きの電車がホームに入ってきた時、桜木が一歩二歩三歩と、前に歩き出した。
「おい、ここは横浜線のホームだ。止めとけ」
俺は桜木の襟首を持って、後ろに引いた。
「うおっ! 藤波ぃ~。助かったよ」
「いや、大丈夫か、俺」
「此奴らに引かれて、線路に引き落とされる所だったよ」
「うー」
「いや、ちょっと待って」
桜木が、意味不明なことを喋っている。相当興奮しているようだ。
その時、ゴォー、ガタン、ゴトンと電車がホームに滑り込んで来る。
電車がホームに着くと、手足の自由も回復したようだ。
「助かった。此奴らなんなんだ!」
「何を止めろって?」
俺たちは、列車に乗って、空いている席に座った。始発駅だから、どこもここも空いているのだけど。
「飛び込みだよ。ここは、横浜線のホームだから、全部の列車が止まるんだ。」
「ああ」
「事前に速度を下として入って来るから、轢かれると痛いぞ」
「悪いことは言わん、新幹線の小田原のホームにしておけ」
「新幹線なら一瞬で八つ裂きにしてくれるぞ」
「死なねーよ。ってか、殺されかけたんだよ!」
「それに、新横浜じゃ無いのかよ」
「新横浜は、速度を落とすから痛いぞ」
「だから死にたく無いんだよ」
桜木が、電車の椅子に座ってから、自分の手を覗きレンズで見て驚いた。
「うわっ、手だ!」
「手だな。何を驚いているんだよ」
「手だよ! 手が、手が俺の手を掴んでいるんだよ」
二本づつの人の手が、桜木の両手首と腹付近と両足首を掴んでいた。合計十本の手が手足を掴んでいたのだ。さっきは、これらにホームから線路に引き落とされそうになったのだ。
「俺には何も見えないけどな」
「どこで、何を憑けて来たんだ?」
「分からん、ホームに立ってると、ふらふらと前に引っ張られていたんだ」
その手は、前腕の途中から見えなくなっている。そして、二本の手でガッツリと桜木の手首を掴んでいるのだ。
「藤波、何とか……。してくれよ」
「なあ、これを……。」
「んん、今、あの向かいに立ってるサラリーマンの背中に猿がいたよな?」
「こっち向いて、ニィーと笑ったら消えたんだ」
「重い……。」
桜木は腰を曲げて、椅子に座ったまま二つ折りになった。そして、そのまま動かなくなった。
俺は、椅子に腰掛けたまま足を組んで、スマホでラインを送る。
横目で桜木を見ると、カメラは自分を撮っている。この状況でもブレない男だな。
静かになった桜木の横で、俺は参考書を読んでいる。参考書はマーカーと付箋で、賑やかな装いになっている。
列車が着いたので、俺は両肩に動けなくなった桜木を横に担ぎ、改札を出た。カードで出れないので、有人改札を通る。
もちろん俺の家の最寄駅でも桜木の家の最寄駅でも無い。
「大丈夫ですか?」と駅員が声を掛けてきた。酔っ払いと思われたかな?
俺、制服なのだけど。まあいいか。
改札を抜けると、栃原先輩が待っていてくれた。詳細はラインで連絡をしてある。
「はじめ! あなた達、いったい何をしているの!」
(あなた達に俺も入るのか?)
「何かをしているのは、彼らの方ですね」
「俺は関係ないです」
俺は淡々と答える。まあ、彼らが何をしているかは、俺には見えないのだけどね。
栃原先輩に、「キッ!」という音が聞こえるかと思う目付きで睨まれてしまった。
この目付きには覚えがある。子供の時、友達とイタズラして怒られた時、友達のお母さんから「もう、うちの子と遊ばないで頂戴!」と言われる時の目だ。
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頑張って更新して行きたいと思います。