王の帰還 その146
俺達三人は、辛うじてパンツを履いているが、部長は着替えで前を押さえているだけだ。素っ裸で前を隠しているだけで、裸芸の続きの様な格好だ。
「はあ、彼女が上がったらカメラを片付けますので、そのあとで良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
血みどろ女性の爽やかな笑顔と素っ裸の変態野郎の苦笑いが闇の中で、行き場のない空気感を出している。
その晩、瀬戸山さんが俺のテントに入って来た。
「何もしないでよ」
「何もしないよ」
俺は葉月を背中から抱いて寝た。
髪の毛からシャンプーの良い香りがしている。
「ガジガジ」
「頭を噛まないで下さい」
「ハムハム」
「ムフッ、ふふふ、こそばゆい。耳も噛まないでください」
風呂からは、ずっと話し声が聞こえていた。
今は、八王子南高校の男子生徒が入っていた。
「本当だ! このシャワー、ホースが繋がっていないのに湯が出ているぞ」
「この犬の置物も置いて有るだけなのに湯が出ているぞ」
(ライオンな、それはライオンだから)
俺は、心の中で抗議した。
隣のオカ研のテントでは、オカ研の四人が座らされている。
龍山部長でも栃原部長代理でも無く、剣道部の唯一の女子、高安弘子に怒られていたのだ。
この度の一件が、彼女の倫理感に触れたらしい。
もう、二時間も怒られている。
「あなた達は、どうして、あんな真似ができるのですか! 破廉恥な」
「すいません」
「ごめんなさい」
「はい……。」
「……。」
「相模原商業、全員の品位が問われるのですよ」
「すいません」
「ごめんなさい」
「はい……。」
「……。」
「で、触ったんですか? みんなの前で」
「すいません」
「ごめんなさい」
「はい……。」
「……。」
「いやらしい」
話は、二時間も経っているので6回ほどループしている。
「じゃあ、今後どうするのですか?」
「自分達で対策が取れないなら、私が決めます」
「はい……。」
「藤谷部長か胡桃さんを私が管理します。どちらが良いですか?」
「「「部長で」」」
「胡桃で」
「ええぇぇ〜。お前らぁ〜」
一瞬にして、オカ研の部長は後輩に裏切られたのだった。
俺は、この煩い中、いつの間にか眠っていた。
翌朝は、自分のテントと風呂を解体し、オカ研の荷物をリヤカーに積んだ。今日は、撤収の日だからだ。
往路に比べ、復路は上り坂な為、余分に時間が掛かるのだ。
倉田は、多めに休憩時間を作り、脱落者が出ないようにパーティーを進めて行った。
魔法部の女子2名は、予め、疲れて来たらリヤカーに乗せる約束で歩いたが、結局、疲れたので乗せている。
地上のビジターセンターに着いた頃は、昼をはるかに回り、夕方近くになっていた。
遅い昼食と入浴を済ますと、日はもう傾いていた。冬至過ぎ一週間目なので、まだまだ、日没は早いのだ。
迎えのバスに乗った頃には、空は真っ赤に染まっていた。
俺は、窓際に瀬戸山さんを座らせて、手を繋いで座っていた。
日が暮れて、暗闇の中を走るバスの中で、瀬戸山さんが聞いて来た。
「非公式のDVDって何なの?」
魔法部の合宿の後、みんなと別れて、俺は葉月の荷物を背負って家まで送って行った。
桜木達オカ研は、動画の編集作業が有るとかで、荷物を片付けたら、部長の家で徹夜になるそうだ。
気が付けばもうクリスマスが終わっており、駅前には歳末セールの幟がはためいている。
年の暮れの夜風は、外套が無ければ寒く、我慢が出来るものではなかったが、迷宮でゴブリンの親子の服に仕立て直されてしまったので、仕方がない。
気温は、地下洞窟の方が冬は暖かいのだ。地下洞窟の気温は、地上に比べて夏は涼しく、冬は暖かいのだ。
「星が綺麗ね」
瀬戸山さんが話しかけてくる。
街が明るく、見にくくなったとは言え、この辺りまで来ると東京都心に比べると夜空の星が綺麗に見える。
「ああ、あれがベガ、そっちがアルタイル、こっちがデネブ」
「ウソ!」
「本当さ、三つを結んで冬の超大三角形て言うんだ」
「嘘つき」
「本当さ、冬の裏三角形や表大三角形に新大三角形に元祖大三角形も有るんだよ」
「じゃあ、元祖冬の大三角形はどれ?」
「え?」
「あそこのウメーとこっちのズーと今は見難い、そっちのニィーとを結んだ三角形なんだ」
「嘘つき、煮干しと図星じゃ無いの」
隣で話されると、張っ倒してやりたくなる様な会話をしながら、駅からの道を歩いていた。
戸山さんは、鞄からクマのぬいぐるみを取り出して、
「はい、これクリスマスプレゼント!」
と言って渡してくれた。
クマの額には、三条のツノ状の突起が付けられている。
肩からはサッシュを掛けて、手には三日月型の武器を持っている。
どうやら、瀬戸山さんの手作りらしい。
それを綺麗なリボンで括ってラッピングして有る。
三日月型の武器の作り込みが甘いが、よく出来ていると思えた。
「ありがとう。大切に飾るよ」
俺は、一緒にくれた紙袋に縫いぐるみを直した。
瀬戸山さんをマンション下まで送って行き、別れた。別れた。別れたはずだった。しかし、別れ際に、瀬戸山さんのお母さんから家に上がって行けと電話がが入ったので、丁寧にお断りしたが、瀬戸山さんに連れて行かれてしまった。
瀬戸山さんの家の中は暖房が効いて暖かい。
お母さんは上機嫌だが、お父さんは苦虫を噛み潰したような顔をして居る。
コーヒーを淹れてくれるが、御茶請けが塩煎餅だ。
「無事に帰って来たのね。楽しかった?」
彼女のお母さんはは、愉快そうに聞いて来た。
「ええ、一回しか死んでいませんから。どちらかと言うと無事な方でしょう」
俺の答えに部屋の空気が変わった。
「やはり危険なところだから」
「死ぬ程の強敵だったのね」
「妖魔の方は予定通り、強い奴は居ませんでしたよ」
「勇人が私を庇って、仲間の撃った光弾の射線上に現れたの」
「それで背中から撃たれちゃって」
瀬戸山さんが、話を捕捉する。
「現れたって? 見えなかったの?」
「地下三階から、上のベースキャンプから転送してきたから」
「そう……。」
多分内容は、正確には理解されなかっただろう。
奥の部屋から、瀬戸山さんの弟の勝月が現れた。
「おねぇちゃん、お帰りなさい」
「オークを見た? ゴブリンを倒したの?」
弟の勝月は、迷宮内のモンスターが気になる様で、挨拶の後矢継ぎ早に聞いて来た。
勿論、俺の事は無視している。魔法の使えない男として、格下認定をされているのだ。
「勝月、お客様の前で失礼よ。ちゃんと、挨拶をしなさい」
母親が叱るが、聞いていない。
「良いですよ、別に。クラスでも似た様なものですから」
「ねえ、ねえ、ゴブリンを倒したの?」
瀬戸山さんの弟の勝月は、全く反省の色が無い。普段の躾がどの様なものか想像が付くってものだ。
「勝月、ちゃんと謝りなさい」
瀬戸山さんが失礼な行動を諌めている。
「はい、はい、よくいらっしゃいました」
本当、厨二病全開で、どうしても俺にマウントして来たいようだ。
しかし、子供相手に本気になる訳にはいかない。
「ああ、お邪魔しているよ」
「おま、お兄さんは何も出来なかっただろうけど、結構な頻度でゴブリンやオークが出て来るらしいんだよ」
(おい! 今、「お前」って言いかけただろう)
「俺は、ゴブリンを倒したのは覚えていないなぁ。あの時は興奮していたしな」
「でも、友人の桜木はゴブリンやオークを倒していたぞ」
「興味があるなら、今度、聞いたら良いよ」
「そいつは、レベル幾つなの?」
「知らん。魔法は使えないし」
「ただの剣士かよ。ダメだよ。そんなのじゃ、せいぜいオーク止まりさ」
「その上を目指すなら、魔法が使えないと」
やはり、魔法が使えない人間は格下と思っているようだ。
「これ、失礼よ。魔法なんて使わない人が多いのよ」
瀬戸山さんのお母さんが諌めている。
「でも、彼奴は、俺がラーメン食ってる横で、大蜘蛛やオーガロードを倒してたし、トロールも倒していたらしいぞ」
「ぶっ! それは、違うのよ。本当、朝の急襲だったから、違うのよ」
瀬戸山さんが、何やら両親に、必死に言い訳をしている。
「君は大蜘蛛の横でラーメンを食っていたのか?」
瀬戸山さんのお父さんが聞いてきた。
「ええ、俺には関係のない話でしたから」
「やはり、ああ言う場面では、食事をしっかりとって、体調に気をつけないといけませんから」
「あああん、もう」
瀬戸山さんが顔をお押さえて泣いている。
「楽しい子ね。これからも葉月をよろしくね」
瀬戸山さんのお母さんが笑ってフォローしてくれていた。
「ところで、その格好で寒くないの? 若いわね」
「それは、あの、私がゴブリンを、に、服を……。」
お母さんの質問に瀬戸山さんが答えられずに、しどろもどろになっていた。
しばらくして、俺は、もう遅いので、瀬戸山さんの家をお暇させて貰った。
帰り道、この合宿で栃原先輩が桜木の紫電を取り上げていたのが気になって、日本刀風大型ステンレスナイフの密輸依頼の電話をかける。
桜木の防御用の鞘なので、取り上げられると困るのだ。
「ああ、もしもし、藤波ですけど、この前の買った、日本刀風の刀をもう一本頼みたいのですが」
「藤波君、向こうはクリスマスから休みなんだよ。まあ、正月が開けたら注文しといてやるけどな」
「……お願いします……。」
アメリカとの文化の違いが分かっていなかったのだ。
帰り道の脚が重い。
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この章は、これにて終了です。
次回は、新章になります。
現実問題、地下迷宮って、上がって来る時の方が怖いよな。
疲れたり、装備をなくしたり、薬草が切れていたりして、実は帰りしなの方が命がけの様な気がする。