入って来るな! その145
「待ちなさい。分かってるの? これは凄い事なのよ」
「少しだけで良いから、さきに入らせてちょうだい」
「胡桃、それじゃあ藤波は動かないよ。って、どうして上から頼むんだよ」
「まあ、どっちにしろ、藤波が頼まれて動くのは、三人しかいないけどな」
「桜木、あなた、なんとかしなさいよ。友人でしょ」
「全員の入浴シーンが撮れるのよ」
「え?」
「待て、藤波。先に女子達に入らせてやってくれないか?」
「何言ってるの? もう俺、風呂に入るんだけど」
俺の格好は、もう神田川の世界である。まだ、風呂に入ってもいないのに、石鹸もカタカタ鳴りそうである。
ゴブリン騒ぎで服を取られ、この気温の中、ずっとシャツで居たのだ。
因みに、風呂に入って使った石鹸は、歌のようにカタカタ鳴らないのだ。濡れてぬるぬるになっているから。
「瀬戸山さんや優希の入浴シーンを撮影したいんだけど」
「そんな事はさせてくれないだろう」
「当たり前だ。俺たちじゃダメだ、俺たちじゃな。でも、彼女なら撮れるんだよ」
「ただし、俺たちの協力が必要だ。楽しげな雰囲気作りがな」
「藤波ぃ、お前には公式DVD以外に、もう一枚付けようじゃないか。非公式版を」
桜木が悪い顔でニタリと笑う。
桜木が非公式版をくれると言う。勿論、編集作業前のDVDと言うわけだ。
俺も悪い顔でニヤリと笑う。
「非公式がどうしたの?」
「男子は、また、何か企んでいるでしょう」
瀬戸山さんが口を挟んで来た。いつもながら、勘の鋭い女だ。
俺が説明する前に、事が動き出した。胡桃と言う女生徒が大声で喋り出した。
「ああ、皆さんお疲れだったでしょう。今お風呂が沸いていますから、順番にどうぞ」
「ただ、『magic girl』の撮影が有るので、少し待って下さいね」
「全員が入って貰えますから、準備して待っていて下さい」
「ああ、全員の記念撮影がありますから、濃い色タオルを持って入って貰えますか。透けたり、映ったりすると撮り直しになりますからね」
胡桃と言う女生徒と桜木の仕事は速かった。
「私がカメラを持って入ったら、『きゃっ!』と言って、立ち上がって振り返って下さい」
「ちゃんと胸と前はタオルで隠して下さいね。前を見せたらダメですよ。撮り直しになりますよ」
「ちょっとシナを作ったり、身体を捻った方が可愛く見えますよ」
オカ研の胡桃洋子は、スタビライザーにカメラをセットし、スタビライザーを担いだ。女生徒が担ぐと、スタビライザーは大きく見える。
レンズは、広角レンズ側で固定して有る。ISO感度も高感度に設定済みだ。
彼女も、カメラに関しては、桜木以上にオタクだったので有る。
撮影に関して、「これぐらい」と流すことが出来ないのであった。
風呂の廊下は、二回折り返して有るため、直接覗く事は出来ないのである。
その廊下を進んで行くと、暖簾がかかって有り、暖簾を潜ると湯船だ。
湯船には、四人の女子高生が入っている。髪の長い生徒は、頭の上でお団子に結わえて有る。
「magic girl」の四人だ。
栃原部長代理と蘇我さんが前列だ。
瀬戸山さんと秋山さんが後列だが、カメラから、前列と被らないようにズレて湯船に入っている。
「ブドウちゃんが写ったり、大事なところが見えるとやり直しですよ」
オカ研の胡桃さんが、しつこく説明している。
「「「「きゃぁ〜ぁ!」」」」
ザアァーッ! と湯を溢れさせながら立ち上がって横を向く。
タオルで胸は隠しているが、横から見れば、ふくよかな膨らみが見えている。一人を除いて。
いや、ちゃんと胸の膨らみは有るのだが、他の三人ほどではないので有る。ただそれだけだ。
そして、栃原部長代理は、ウエストもしっかりくびれている。
全員が立ち上がったので、湯船の水位が膝のあたりまで下がり、振り向いたお尻の割れ目が始まる辺りまで見えている。
膨よかな胸とくびれたウエストも、突き出たお尻も、もう大人の女性のそれだった。
その栃原部長代理とのギャップが彼女の心を傷つけたし、彼女のファンからは賞賛を貰った。
ここでは、彼女の名誉のために、敢えて名前は出さないが、横目で先輩の胸を見て膨れていた。
画面の端に写っているシャワーヘッドからは、ホースが無いのに湯が出続けていて、湯気が立ち上っている。
浴槽の奥に置かれたライオンか猫かポメラニアンの頭の置物の口からは湯が出ている。
照明は暗いロウソクが揺れて影を揺らしている。
若い肌は水を弾き、艶やかな光りを反射して写っている。
「OKです。撮影は終了します。ごゆっくり入って下さいね」
撮影が終わって、胡桃さんは出てきた。
四人は、身体を洗って、洗髪して出て来た。汗だけでなく、トロールやオークの血を被っているので自分自身が臭かったのだ。
「勇人、ドライヤーが使えないよ」
「藤波君、ドライヤーが使えないわ」
「勇人! デンキィー!」
「藤波君、使えないわよ」
四人が一斉に俺を非難して来た。
(いや、ほんとう、ここ、迷宮の地下三階ですから、本当、勘弁して下さい)
俺は、ウエストポーチから、デンキコードのリールと発電機を出した。
以前、フローラが来た時に、妖精の世界で温泉卵を作った時の発電機だ。
電線のリールのドラム部分を、たぶん脱衣所だろう辺りのブルーシートの下の方をめくって、差し入れた。
コードを引っ張って、発電機に接続した。
「多分、ドライヤーは二台が限界ですよ。電子レンジ用に買った奴ですから」
「電子レンジ?」
「そうです。ガソリンもその時の残りしか有りませんからね」
横から桜木が話しかけて来た。
「あはは、お前のウエストポーチって、何でも出てくるな。ある意味、笑っちゃうわ」
「ちょっと、向こうで使ったんだよ。電子レンジ」
「調理したのか?」
「ああ、爆発タマゴを作って、悪魔の頭の中に送り込んでやったよ」
「ッ……。」
「文化祭の日だよ」
「次、剣道部とアーチェリー部の女子! どうぞ!」
胡桃洋子は、滞りなく、入浴と撮影を続けて行った。
運動部の女子の体は、素晴らしい身体をしていた。見ているだけで、キュゥッ! っと音が聞こえて来そうな身体だったのだ。水も滴るいい女とは、彼女たちに有るよう物だった。
サッカー部のマネージャー、魔法部の女子と続き、次は男子だった。
まあ、男子は基本的に馬鹿でお子ちゃまなのであった。
腹筋が六つに割れているとか、大胸筋が鍛えられているとか、その様なアピールを必死でして来ていた。
カメラマンが胡桃洋子という事もあり、ボカシが必要な学生も三人ほどいた。
ついに、一番最後にオカ研の順番が来た。俺は、オカ研の男子三人と一緒に、大事な所を洗面器で隠して映った。
所謂、裸芸の一種のあれだ。見えそうで見えない芸だ。
俺たちは撮影が終わり、男の友情タイムで、のんびりと浸かって下らぬ話をしていた。
こういう時の話は、女教諭か女生徒の誰がいい、これが良いという話に相場が決まっている。
そこに、三脚に固定されたカメラが置かれた。レンズは湯船の我々の方を向いている。
「んな?」
「みんなぁ〜。私の撮影がまだじゃ無いですかぁ」
胡桃洋子が一糸纏わぬ姿で入って来た。
両手を広げて、揺れる胸を隠そうともせずに勢い良く入って来たのだ。
カメラからすると後ろ姿だが、男達にしたら、上下する二つの熟れた果実と黒い茂みが丸見えなのだ。
「「「うっわぁーッ!」」」
俺を含む、部長を除く男三人は、悲鳴を上げて湯船から飛び出して逃げてしまった。
一番奥の部長だけが逃げ出せなかったのだ。
「部長ぅ、どうしてそっち向いているんですかぁ?」
「仲良くしましょうよ」
胡桃洋子は、部長が入っている湯船に入って来た。
「胡桃さん、止めなさい。本当、ね。」
部長は、背を丸めて小さくなって、壁の方を向いていた。
「部長ぅ、こっち向いて下さいよ。私の胸もこんなに大きくなってるんですよぉ」
「ほうら、背中じゃ分かりずらいでしょう」
「引っ付かないで、引っ付かないで。だから、ほら。背中、当たってるから」
「何隠してるのですかぁ。部長のも触っちゃいますよぉ」
「やめ、やめ、胡桃ちゃん、今はダメだから」
「いつなら良いんですか?」
「あ!」
部長が裏返った声を上げた。
「部長ぉー! なに大きくしてるんですか! スケベ! 後輩女子にそんな事して恥ずかしく無いんですか!」
「うわぁー!」
湯の溢れる音とすのこの上を走る音と共に、着替えとタオルで前を隠した部長が飛び出して来た。
「あはは」
風呂の中から勝ち誇った笑い声が聞こえる。
「あのー、私達にもお風呂を貸していただけないでしょうか?」
振り返ると、装備の上からどっぷりとオークの返り血を浴びている八王子南の生徒達がいる。