日本人の心だ! その144
ゴブリンは暗黒語で我々とは会話が出来ないし、第一、語彙も少ないのでは無いかと思われる。
その為、身振り手振りで意思疎通を図っているが、瀬戸山さんに懐いているようだ。
ゴブリンは、腹も膨れたのか、横に寝かしていた赤子を抱いて乳をやり出した。
小さなゴブリンが母親の乳をまさぐって吸い出した。口を動かし吸っている姿は可愛らしい。
可愛さで赤ん坊に勝てるものはいない。これは種族を超えた感情だ。
「勇人! 桜木君! 何を見てるの!」
瀬戸山さんが、俺のフリースを、ゴブリン親子の前から掛けて怒っている。
「授乳中の姿を覗くなんていやらしいわね」
(え? 今まで、ゴブリンは裸でしたけど……。)
俺と桜木は、慌てて後ろを向いた。
ゴブリンの乳房は小さい。単なる授乳器官なのだ。猿と同じで、人間の様に性徴期に発達したりはしない。
成熟した証に、猿や一部の魚は顔や体表の色を変えたり、犬や猫の様にフェロモンを出したりする動物は多いが、乳房を膨らますのは人間だけだ。
他の動物が乳房が膨らんでいるのは授乳の為であって、セックスアピールでは無い。
このゴブリンの母親の乳房が膨らんでいるのは、あくまでも授乳の為なのだ。
それを見て、いやらしい感情は湧かないのだ。それは種族が違うからとしか言いようが無い。
そこを責められた俺と桜木は、やるせない気持ちで心が満たされていた。
後ろを向かされて、立たされている俺たちを見て、栃原部長代理が笑っている。この場に残った魔法部の女子達も、ゴブリン親子達と楽しく過ごしている声が聞こえている。
「なあ、おい藤波」
「あ〜」
「俺たち、なんで立たされてるんだ」
「あ〜? しらねぇ」
「クラスメートが騒いでいてさ」
「おう」
「教師に怒られてさ」
「おう」
「全体責任で、関係ないのに立たされてる気分だよ」
「あ〜、まあな」
「後ろ、楽しそうだな」
「あ〜」
天井が高い洞窟の部屋で、俺たち二人は立たされていた。
結局、親ゴブリンの膝下ぐらいまである羊革のコートが出来上がった。
裏布は俺のフリースを使っている。
裾や袖の余った部分で、背中や肩、肘の部分は二重にして丈夫にし、フードまで付いている。
そして、余った生地で抱っこ紐を作っていた。肩からたすき掛けにハンモック状の物が付いている。こちらの裏布もフリースでお包みになって有る。
また、小さな肩掛けカバンも作られていた。
俺は、ウエストポーチから、魔核を三つ出し、サザンに頼んで頑強と清浄の魔法を掛けて貰う。
ゴブリンの文化に、洗濯と天日干しが無いからだ。
その後、二時間ぐらいで、チャームを解いて、カバンには非常食を詰めて、ゴブリン親子とは別れた。
元々灯りのない洞窟の中で有る。黒い革コートを来たゴブリンはすぐに見えなくなった。
「桜木ぃ〜」
「なんだぁ?」
「妖魔って、マナから生まれるんだよな」
「俺が知るかよ。お前が言ってたんじゃないか」
「そっか。お前なら詳しいのじゃなかったか?」
「そんな、本質な所まで知らないさ」
「そっか」
「で、なに? マナから産まれたらどうなんだよ」
俺は、闇に消えて行くゴブリンを指差して、
「赤ん坊を抱いていたんだよ」
「遺伝子はどうなっているんだろう?」
「え? そっち?」
本体が戻って来る前に、俺と桜木で、本道との扉のロックを解除しておいた。桜木を肩車で持ち上げて、落ちて来ている閂を上げて棒で固定する。
簡単な構造だ。
桜木は全てを撮影出来て満足しているし、女性陣達は女子トークに花を咲かせている。
天井の高い洞窟で、 皆んなでお茶を飲んでいる。本隊が戻って来るのを待っているのだ。たぶん。女子達の様子を見ていると信じ難いが、本体を待っているのだ。決して小さなお茶会では無いのだ。
俺には、葉月がモフモフのプリン奥様に見えて来た。
桜木は、横にクロスボウを置き、弓は引いていないが矢を一緒にセットして置いてある。俺は、トリコーダを作動させたまま座っている。
そうして暗闇の中で、お茶を飲んだりお菓子を食べたり、まったりとした時間が過ぎて行った。
数時間後、本体が帰って来たので、俺は地下三階のベースキャンプに帰った。
作りかけの露天風呂を作るためだ。
防水シートで4mx2mの大きさに湯船を作る。余った端は三角に折り、結束ベルトで止める。防水シートには予め必要な所にハトメを打って有る。
ハトメに結束ベルトを通して止めるだけだ。骨組みは、ホームセンターで売っていたスチールパイプだ。
床にはすのこをひいて有る。防水シートだけでは、破けたら困るからだ。
4mの辺の手前に2m程の体を洗うスペースを取って、高さ2mの衝立を作る。
湯船の後ろと左右はこの衝立の壁になる。
脱衣所のスペースと廊下のスペースを作って、ブルーシートを張る。
これは目隠しだけなので、ただのブルーシートだ。
廊下は二回折り返して有るが、目隠しに暖簾もかける。
あと、適当な石を削ってライオンの顔を作り、口から湯が出るようにした。洞窟内の気温が低いので、水温は42.5℃とした。
シャワーヘッドを二つ設置し、こちらは42℃とした。ヘッドだけでホースは繋がっていない。これは、ホームセンターで買った、市販のシャワーヘッドだ。ヘッドだけなら、安いのだ。
シャワーヘッドの下にカランを三脚ポッドを使って設置した。本来、この三脚ポットは地面に電灯とかを設置するものらしい。
全て魔法の道具だが、湯は出っ放しで止めたりは出来ない。
照明は、目隠しの壁から、数カ所S字フックを掛け、そこから反対方向に紐を渡し、オーク襲撃時に使ったロウソクカンデラをぶら下げて有る。
これだと、下方向の照度が足らないが、数をぶら下げて対処した。
湯が8割ほど溜まった頃、狩りに行っていた部隊が、地下三階に帰って来た。
ブルーシートで囲まれた所から湯気が立ち上っている。気温が低く、湿気が多い為に湯気が消えないのだ。本来なら気化し、消えてゆくのだが、ここでは湯けむりが立ち上っている。
水蒸気は肉眼では見えない。湯気は水蒸気が結露した水滴なのだ。
その湯けむりが、ろうそくの火に照らされて、遠くからでも見えている。
「「「「「「「「風呂かぁ!」」」」」」」」
「藤波ぃ! 何してるぅー!」
どうも、俺が地下迷宮で露天風呂を楽しんでいると思っていたのか、洗面器を抱えてテントから出て来たら驚いていた。
「何? 俺、今から風呂に入るのだけど」
「藤波、お前、地下迷宮で露天風呂って奇抜過ぎるだろう」
「桜木ぃ、お前も入るか?」
「おう! 良いのか?」
「別に」
「良いも、悪いも、俺が作った風呂だし」
「勇人! どうしていつも貴方は」
瀬戸山さんが俺を責めている。いつもの事だが、理由が分からない。
「貴方、風呂を作ったの? ちょっと借りるわよ」
オカ研の胡桃洋子だ。
「誰だ?」
(確かに、オカ研の女子だったな。カメラを持って走り回っていたなぁ)
「え? 私、今まで一緒にいたじゃない」
「知らないし、今から風呂行くから」
「だから、藤波ぃ! 待ちなさい。あの風呂をちょっと貸しなさい!」
「桜木ぃ、お前の所の部員だろう。何とかしておけよ。じゃあ、風呂行くから」
俺は、洗面器に石鹸とシャンプーを入れて、着替えとタオルを持って、風呂に行くことにした。
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この章は、もうそろ終わりますので、あと少しお付き合いください。