ゴブリンの親子 その143
瀬戸山さんは、ぐるっと周りを見て、一つ深呼吸をした。まだ、左半分が完全じゃ無い状態だ。
「今忙しい? 勉強中に悪いんだけど、暇?」
瀬戸山さんが勇人に声を掛けた。
勇人は、こっちを見るとカッターシャツを脱ぎ、瀬戸山さんの腰に巻いて来た。
防具やジャージのズボンが焼け焦げて、下着が見えていたのだ。
「もう火傷は治ったね。髪も伸びて来たしね」
「ありがとう。寒くない?」
「上着を彼女たちに取られたからなぁ」
勇人は、目でゴブリンの親子を指した。
「生きてるの?」
「絶賛治療中だよ」
「後、一時間半も寝たら歩けるようになるよ」
「良かった」
(この状況を引き起こしておいて「良かった」も無いものだ。どうするんだよ)
「あのさ、真里亞達と栃原先輩達に謝っといた方が良いよ。たぶん」
「ウフ、本当ね」
なんだか嬉しそうだ。
(怖っ、その笑顔は俺にしか通用しないからな。あいつらにそんな事をしたら殺されるぞ)
瀬戸山さんが立ち上がった俺の胸に顔を埋めて来て、くぐもった声でしゃべり出す。
「あの、お願いがあるの」
「なに?」
「もう、勝手に死なないで!」
(……。今、「今日は死ぬにはいい日だ」とか「ストボコーで会おう」って言ったら殺されるな)
「きょうは、……。君を守って死ねるなら本望だ」
「勇人、あなた、味方に後ろから撃たれてたので、名誉の戦死じゃ無いわよ。ストボコーに行けないんだから!」
「分かってるの?」
(ああ、バレてるよ。思ってることがバレてるよ)
「今、キスしてくれたら許してあげる」
「今?」
「いま!」
「此処で?」
「ここで」
(悪いけど、今、ここでないとダメなの。真里亜は好きだし、感謝してるし、友人だけど、勇人はやれないの)
瀬戸山さんには、思惑が有ったのだ。
そして、瀬戸山さんは真里亞に見える場所で甘えて来た。
(終わった。皆に後々、ずっと言われるだろうな)
俺は、後々の事を考えると、落ち込んでしまう。
俺は葉月を少し離して、左手で葉月の顎を上に上げキスをした。
上唇を軽く咥えたら、葉月が首に手を回して来て引き寄せた。
「そっちを向かないで」
「あたしだけを見てて」
(ん? 何をわざわざ言ってるんだ?)
俺は堪らず、深く愛してしまった。
二度、三度、葉月の歯や舌を愉しんでいると、
「んんうん! 藤波、気持ちは解るが、もう少し人の居ないところとか、景色の良いところを探したらどうだ?」
「一応、食べ物を持って来たぞ」
「ま、もう向こう行くけどさっ」
桜木が、食料を集めて持って来てくれて居たのだ。
俺と葉月はキスをした状態のまま固まってしまった。
龍山部長と倉田がパーティーを整列させている。
「追撃に行くものは、こっちに並べ!」
「黙って、速やかに並べ」
「パーティーを再編するぞ!」
「ここに残る者はこちらに並んで」
「並んだら座って」
栃原部長代理が、残る者を整列させている。
魔法部の魔法が使えない者達が残るようだ。もう、疲れているのだろう。
秋山さんと蘇我さんは、追撃班に入っている。秋山さんがサッカー部の日向に付いて行くと言い出し、蘇我さんが秋山さんに付いて行った結果こうなった。蘇我さんにとっては、この場には居づらいだろうし、妥当な判断というか、成り行きというか。まあ、こうなったのだ。
俺は立ち上がって、龍山部長の方に歩いて行った。
蘇我さんはわざとこちらから目を反らせている様だ。広い洞窟内と言え、たかだか知れているので、近づけば、普通は気付くものだけどなぁ。
俺は、考えるとも無く首を捻った。
「ん? なんだ? 来るのか?」
龍山部長が俺に聞いて来た。
「あの大きな洞窟の方の追撃を予定しているのか?」
俺は、一番大きな洞窟の入り口を指差して聞いた。
「ああ、そうだ。いまならまだ追いつく可能性があるからな」
「ああ、そうか」
「なんだ?」
「あの洞窟、天井が高いだろう」
「それがどうした」
「トロールのサイズなんだよ。それが気になってな」
「あの穴から出て来たのか?」
龍山部長が、逆に俺に聞いて来た。
「なにが?」
「トロールだよ。ここに居ただろう」
「知らないよ。遺体しか見てないから」
「え!? ああ」
(あ、こいつ途中から突然現れたのだったな)
「じゃあな」
(思い出したよ。あの穴からトロールが腰を屈めて出て来たんだ)
(7体も倒したのに、まだ居るのか?)
龍山部長は、トロールが現れた時の事を思い出していた。
「藤波!」
龍山部長が俺の背中に声を掛けて来た。
「ん? なんだ?」
「トロールがまだ居るのか?」
「知らないけど用心しておいたほうがいいぞ」
「トロールが現れたらどうする」
「トロールキラーが二人もいるんだ。
大丈夫だろう」
「出ると解って入って行くんだから、きっと、大丈夫さ」
「大丈夫って?」
「死にたくなかったら、彼女達から離れるなよ」
「見てたのだろう? 彼女達がトロールを倒すところを」
「俺は見てないけどさ」
「ああ、一瞬だったさ」
「じゃあ、大丈夫だ」
俺は、瀬戸山さんのところに戻った。
「……。俺の……。」
瀬戸山さんが俺のコートを気持ちよく切っていた。
腰に俺のカッターシャツを巻きながら、おねぇさん座りをしたまま、スゥーッと右手をチョキにして、ハサミのように切っていた。
(それ、羊革なのだけど。ってか、俺の服なのだけど)
「なぬの?、 いや、なにをしているの?」
驚きのあまり、声がひっくり返ってしまった。
「寒そうだから、この子達の服を作ってあげようかと思って」
(服を作っているのは、見ればわかるんだけど、聞きたいのはそっちじゃないよ。その材料だよ)
「ふ〜ん」
栃原部長代理も横に来て座っている。二人で、あーでもない、こーでもない。と言いながら、作っているようだ。
俺のコートの背中部分は、光弾を撃たれた時に開いた大きな穴が二つある。そこを隠すように算段しているようだ。
コートを製作中の間は、ゴブリンは親子で俺のフリースを仲良く着ている。
コートの穴は、肩から背中部分を二重にする事で解決したようだ。
瀬戸山さんが生地を摘んで、クチュクチュクチュと動かすと、まるで、針と糸を持って縫っているように縫われて縫合されて行く。
(本では読んでいたが、便利な魔法があるものだ。って俺のコート……。)
待機組を置いて、追撃隊は出発して行った。流石、龍山部長はカリスマが有り、統率力が有る。
隊を再編成して、速やかに行ってしまった。
(おいおい、ここの守りはどうするんだよ)
そろそろゴブリン親子を起こして、子供に授乳させた方が良い時間になってきた。人間の赤ん坊なら、定期的に乳を飲まさないと、空腹になり、脱水を起こすのだ。
「あのう、そろそろ起こして上げて、授乳させないと、子供がお腹を空かせているんじゃないか?」
「え? そうね、だいぶと時間が経つわね」
「桜木が、みんなから食べ物を貰ってきているので、食べさせてやってくれ」
「桜木君、ありがとう」
「いや、別に」
「え? なんで居るんだ?」
後ろから桜木の声がしたので、俺は驚いた。
「え? 何でって?」
「俺、ずっと初めから居るけど」
「だって、優希が居るじゃん」
「いや、撮影に行かなかったの?」
「部長たちが行ったしね」
(まあ、こいつが栃原部長代理から離れるはずがないか)
俺は、愚問だったと理解した。
チャームを掛けて、人を怖がらないようにして、ゴブリンを起こした。
まだ、歩くと将来変形の恐れがあるので、立たすようなことはしていない。
ゆっくりと食事をさせて、水を飲ませた。非常食と非常用飲料だ。通常の食事より、カロリーは高く設定されている。