ゴブリンの救出 その141
「分かりました。勇人、お安いご用ですよ」
魔法が使える者が見たら、左手の指輪が光って、俺の体を包んでいた事だろう。
俺は急速に体の自由とここ数分の記憶を回復した。
「サンュウー! サザン!」
俺は声に出して、サザンに感謝した。ただ、自分でも呂律が回っていない事を認識しているぐらいヘロヘロだ。
「ウオォー! ハズキィー! ダイジョウブカァー!」
俺は飛び起きて、瀬戸山さんの方に駆け寄る。
すると、寝ている瀬戸山さんに真里亞が回復魔法を掛けていた。
「大丈夫よ。この火傷のあとは治らないけど、火傷自体は治したわ」
「貴方も寝ていなさいよ。さっきまで死んでたのだから。誰が半分死ぬだって? あんたが死んでるんじゃない?」
「え? え? え? 大丈夫なのか? 傷が残るのか?」
「だから、貴方達は自分の心配しなさいよ! 嫌になっちゃう」
「ありがとう、葉月を助けてくれて助かったよ」
俺は手帳型携帯ケースを取り出して、指輪のライトの呪文をとなえて、魔法の護符を確認する。備えあれば憂いなしだ。本当、この指輪は助かる。
手帳型携帯ケースの中に、付箋のように魔法の護符を貼り付けてあるのだ。
俺は魔法の護符の束から、必要なものを探すのだが、手が震えて細かい作業ができないでいた。
回復したてで、低血糖なのか、慌てて興奮しているのか、指先が震えて動かないのだ。
ようやく、必要な護符を探し出し、抜き取った時には、十数分時間がたった気がするぐらい長く感じた。
「急速再生」
「回復」
葉月に二つの呪文を掛けて、俺自身が落ち着いてきた。まだ心臓はドキドキしているが、周りを見て、冷静に判断できるようになってきた。
葉月は、あえて起こしていない。危険を感じる状況ではないからだ。少し休養させてあげたい。
葉月はなぜ後ろから火球を受けたのか?
俺はなぜ背中に光弾を受けたのか?
じっくりと周りを見て考えて見る。
状況を見て、仲間割れでも、魔法を使う高レベルソーサラーがいたようにも思えない。
俺に睨まれて、魔法部の女子部員が怯えている。俺を撃ったのは、多分彼女だろう。
葉月はどこに走っていこうとしたのか? 振り返って、その方向を見るとゴブリンが倒れていた。
(はいぃ? 葉月ぃ! どうして、いつもいつもゴブリンを狩りに来て、ゴブリンを助けるの? 意味がわからん!)
(そりゃあ、そんなことしていたら後ろから撃たれるよな)
俺は数歩歩いてゴブリンに近づく。
足元に何か当たるものがある。思わず躓いてこけるところだった。魔法障壁と物理障壁がゴブリンを中心にドーム型に張られていた。それの端に躓いたのだ。
中には、両足が明後日の方角に折れ曲がったゴブリンの雌が、赤ん坊を抱いて震えていた。
(チッ! 大怪我をしてるじゃないか)
(って、なんで両障壁で守られてるのに大怪我してるんだ?)
(これは怪我が先で、後から障壁を張ったな。葉月は怪我をしたゴブリンを守りたかったのか)
「サザン、この障壁を突破出来るか?」
「勇人、これを壊すのですか? お安いご用ですよ。こんなのは私にかかれば朝飯前ですよ」
(サザン、お前は一心太助かよ。一体何処で人語を習ってるんだ?)
「頼む」
「いや、待て」
「やっぱり、葉月に頼むわ」
「勝手に壊すと怒られそうだしな」
俺は振り向いて桜木を目で探す。
そして話しかける。
「おーい、桜木。非常食とかの食べ物を集めてくれる?」
「おう! 良いけどどうするんだ?」
「空腹だと乳が出ないだろう。こんな迷宮じゃあミルクもないだろうし」
「はあぁ?」
「あのゴブリンの餌か? 俺がゴブリンの餌を集めるのか?」
「嫌か? 俺より人望があるだろう」
「いや、まあ、お前よりは有るけどさ」
「頼むよ。俺はしなければいけない事があるんだ」
「いや、ゴブリンだぞ」
「ゴブリンのお母さんの食事を集めるのね。分かったわ」
栃原部長代理が話に割って入って、引き受けてくれた。
「今は言うことを聞きなさい。気が立ってるから殺されるわよ」
「夏は、これで五人が両腕を落とされたのよ」
桜木は、納得出来ないまま食べ物を集めに行った。集めると言っても採取するわけではない。パーティーメンバーから少しづつ分けてもらうのだ。
栃原部長代理は、にっこり笑って桜木に目で合図を送っている。
しかし、内心またもやこの二人がゴブリン絡みで問題を起こしてくれると頭を抱えていた。
俺は、蘇我さんの治療方法を見学し、方法を確認している。
(スリープの呪文を使うのか。痛みで目が覚めないのだろうか?)
(ああ、痛みは麻痺させれば良いのか)
「サザン、魔法の護符を作ってくれないか?」
「良いですよ」
俺は、必要と思われる護符の魔法陣を魔法用紙に書いて行く。すると、サザンが魔法の護符に完成させてくれる。
「何怖い顔で睨んでるのよ。葉月なら大丈夫よ」
意識せず、治療を眺めていたら、顔が緊張して睨みつけていたらしい。
「いや、起こしたいんだ。あのゴブリンを早く治してあげたくて」
「早く治療しないと、クラッシュ症候群になってもいけないし、第一痛いし、怖いだろうと思うんだ」
「葉月より、ゴブリンを優先させるの?」
「もう少し休ませてあげないといけないのよ」
「葉月だったら、自分よりゴブリンを優先すると思って」
「だから、自分の彼女より、ゴブリンを優先させるのか? って聞いてるのよ」
「ん?」
「論理的、且つ合理的に解決すると、今、ここでこのゴブリンを殺すのが正しいのだが、そうすると、目覚めた葉月が、葉月の心がいたく傷付くだろう」
「俺は、葉月の気持ちを大切にしたいんだよ」
「何言ってるの? あんなゴブリンと葉月を比べるの?」
「ゴブリンと葉月を比べているのでは無く、葉月の意思と我々の意見を比べている。俺は葉月の意思をサポートするつもりだ」
「葉月の身体がどうなっても?」
「俺がすることは、黄線の外かもしれないが、赤線よりは内側だと思う」
「ホームじゃ無いのよ。取り返しのつかないことになっても知らないから」
「好きにしなさい」
「葉月」
「葉月」
「起きて」
俺は瀬戸山さんの肩を揺すった。
もう瀬戸山さんの髪が伸び出している。火傷も治ってきている様だ。
呪文を解かれた瀬戸山さんは、たんに寝ているだけなので、直ぐに覚醒した。
「ううん」
「さっそくで悪いんだけど、あの障壁を解いてくれるかな?」
「あのゴブリンを助けたいんだ」
「え? ええぇ」
返事と共に、シャボン玉の様に、透明な綺麗なガラスの様な物で出来ていたものが消えた。今の俺は、サザンが憑依しているため、サザンの視力を借りているので魔法が見れるのだ。
「ありがとう。もう少し横になってると良いよ」
俺は瀬戸山さんから離れたが、蘇我さんは横に座り込んで瀬戸山さんを診ていてくれている。
俺は震えているゴブリンの側に行き、「スリープ」の呪文を掛ける。
携帯ケースから「スリープ」の護符を取り出して、呪文を唱えるだけだ。
何か声をかけようかと思ったが、ゴブリンの言葉は解らないので、黙ったまま掛けた。そして、知覚麻痺の魔法「麻酔」を掛ける。
そして、俺の皮コートを脱いで、そこに仰向けに寝かせる。迷宮内は、火山の溶岩風穴を利用して作られているため、床や壁の岩が鋭利なままなのだ。
顔を上げ、周りを見るが男が居ない。桜木を食料集めに出すのでは無かったと、少し後悔する。
「倉田!」
取り敢えず、使えそうな奴を呼んでみるが、近くには居ない様だ。
その時、俺は山本と目があった。
「おーい! 山本! ちょっと来い」
右手で手招き付きで呼んでみる。
「何でお前が俺に命令するんだよ」
山本はこちらに歩いて来たが、横柄な態度を取っている。
「ぶっ殺すぞ。手伝え」
「『手伝って下さい』だろう」
「第一、ゴブリンじゃないか。魔法部の女子の方が大切じゃないのかよ」
「俺は、こいつらに殺されかかったんだぞ。殺され掛けた恨みこそあれ、助ける義理はないよ」
そう言って、俺の横に跪いて来た。
手伝うのか、手伝わないのか、ややこしい奴め。