死亡 その140
「ちょっと、葉月! 何をしているの?」
「こんなクズの為に」
「退きなさいよ。下がって」
蘇我さんは、左手で瀬戸山さんを引き離し、右手を上げた。
「真理亜、勇人が! 勇人が!」
瀬戸山さんは、パニックになり、泣き叫んでいる。
蘇我さんの上げた右手の前腕から先が、青白い稲光や赤やオレンジに放電された稲光がまとわりついている。
「このクズ! 目を覚ましなさいよ! 彼女を泣かすな!」
蘇我さんが右手を振り下ろすと、放電が、そのまま勇人の胸に飛んだ。
勇人の身体は弓なりに反り返り、地面から跳び上がった。
瀬戸山さんが慌てて勇人の頸に手をやろうとした時、蘇我さんは左手の平を勇人に向けていた。
「まだね」
「葉月! 離れなさい」
蘇我さんは、今度は勇人の体の横に跪坐いて、勇人の胸に手を置いた。
「藤波!」
駆け寄って来た桜木が慌てて声を掛けた。魔法の素質の無い桜木には、勇人が蘇我さんに電撃攻撃されている様にしか見えなかった。
「黙って! 蘇生の魔法よ」
「無詠唱で使ってるところなんて、初めて見たけど」
「って言うか、蘇生の魔法自体初めて見たけどね」
「でも、電撃が強く無いか? AEDって、あんな風にならないぞ」
「単純な電気ショックじゃ無いの」
栃原部長代理は、桜木に微笑み掛けて、安心感を演出している。
蘇我さんは、勇人の胸に手を当てて、終わった。電撃も放電も見られなかった。
ただ、勇人の体のみが、胸から頭と足の方に筋の極端な収縮が有って、跳び上がった。
「勇人っ! 勇人っ! 勇人っ!」
瀬戸山さんが、勇人の頭を抱え込んで、喚き散らしている。
左後頭部の毛は焼け、頭皮が火傷をしているが、そこまでは暗くて見えない。毛が焼けて禿げている様に見えている。
服は、左袖や背中やズボンが焼けてなくなっている。上半身は、中に来ているケブラーの防具が見えている。
「大丈夫、生きてるから離れなさいよ」
「ダメ! ダメ!」
「葉月の方が大変だから、落ち着きなさい」
蘇我さんが、瀬戸山さんを落ち着かせて、治療をしようとするが、興奮して話を聞けなくなっていた。
「落ち着きなさい」
「あっ」
蘇我さんが、左手で瀬戸山さんの後頚部を触ったら、そのまま崩れるように寝てしまった。
様子を見に寄って来て居た秋山さんが心配そうに聞いて来た。
「大丈夫? 私の火球が当たっちゃって」
「葉月、大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、このバカを生き返らせるぐらいは動けるわね。もう寝かせたけど」
「それに火傷の跡は残るでしょうけど、それはゆっくり治せば良いわ」
「御免、本当に御免。葉月……。ごめん」
「あなたのせいじゃないわよ、この子、あのゴブリンに障壁張ったのよ。自分は置いといて」
「えっ?」
蘇我さんは、彼女を優しく寝かせたら、火傷の治療を行った。
傷口を灯りで照らすと、真っ赤に焼けて居て、一部黒く炭化して居る部分もある。受傷からの時間が経って居ないので、水泡等は出来て居ない。
蘇我さんが呪文を唱えると、大方の火傷は、治って行った。瀬戸山さんはまだ寝息を立てている。
俺は暗がりの中にいた。いたと言うより、居た記憶があると言った方が適切かもしれない。
どこか暑くも寒くも無い所に、仰向けに寝ていたのだ。いや、上下の感覚も怪しい限りだが、上向きに寝ていたのだ。
何処かで、葉月が俺のことを呼んでいる。何か温かい物に包まれて居て、非常に居心地がいい。このままずっとここに居たい気分だ。
この何か温かい物に名前をつけるなら「愛情」だろうか?
俺の周りに母親の愛情、父親の愛情、祖父母の愛情も取り巻いている。
そして、葉月の愛情、蘇我さんの愛情、桜木の愛情も感じられる。
この、葉月の愛情は熱くて、どんどん来る。意味が解らないが、どんどん来るのである。
やはり、葉月が俺の事を呼んでいる。なにか、必死に呼んでいる。
どうした? 葉月。何か有ったら俺の事を呼べよ。どこに居てもすぐに駆けつけてやるからな。
突然、蘇我さんの愛情が胸に突き刺さる。暖かく俺を包んでいたものが、物理的に胸に突き刺さるのだ。見えないし、感じるだけだが、グサって刺さって、体内から全身に走る。
暖かい気持ちの良い激痛だった。
身体が弾んで、浮き上がるぐらいの激痛だ。
「勇人! 勇人! 勇人!」
遠くで葉月が俺の事を呼んでいる。
「待ってろ。すぐに行ってやるからな」
俺は、声が出ないので心の中で誓った。
しばらくすると、もういちど2回目の激痛がきた。
胸から手足に向かって、暖かい激痛が走り、筋肉が強縮する。身体が仰け反っているのがわかる。
その時、身体がグワッと上昇を始めた。今まで、何処かに浮いていたのか、床に寝ていたのか記憶が定かではないが、上に向かって急上昇している。
上昇速度は凄まじく、体感速度はバイクで150km/hほど出しているぐらいの感覚だ。
遠くに小さな光が見えたかと思うと、パッと明るい空間に飛び出した。
そこには、宙に浮いた俺が寝ていて、背中が見えていた。つまり、俺は俺の真下から急上昇して来たのだ。
そして、俺は俺の身体に勢い良く入っってしまった。「ファイヤー・オン!」の勢いだ。「パイルダー・オン!」なんて生易しい物じゃ無く、グレートなのだ。
俺は、全身に強い衝撃を受けて目が覚めた。まあ、「ファイヤー・オン!」だからな。コックピットが90度動かなかっただけでも見っけものだ。
ゆっくりと薄眼は開ける事が出来たが、身体は動かない。
暗がりの中、黒い、硬い物が顔に乗っている。直ぐ近くで、瀬戸山さんの声が聞こえている。
「勇人っ! 勇人っ! 勇人っ!」
この硬い物は固定が柔らかく、プニョプニョ動いているし、多分、葉月が俺の顎を持って、あたまを抱えてキスをして来る。
(葉月、キスは唇を重ねるものだよ。口で口を塞いで息を吹き込むものじゃないよ)
俺の胸は大きく膨らんで、そして息を吐いた。
ドクン!
ん? 今心臓が動いた? って言うか動き出した。
「大丈夫、生きてるから離れなさいよ」
「ダメ! ダメ!」
顔に当たっていた硬いものは、葉月が着ているケブラーの防具か。なるほどな。
「葉月の方が大変だから、落ち着きなさい」
蘇我さんが、瀬戸山さんを落ち着かせて、治療をしようとするが、興奮して話を聞けなくなっていた。
「落ち着きなさい」
「あっ」
蘇我さんが、葉月の肩を掴んでスリープの呪文を掛けて、葉月は眠りに落ちた。
(バルカンピンチか? カッコいいなぁ。今度、サザンに作ってもらおうかな?)
それにしても身体が動かない。指先すら動かないのだ。
(うーん、ヤバイな。周りの状況もさっぱり分からないしな)
(よし、「サザン! 憑依!」)
右手にはめた指輪からスライムが出て来て、全身を覆ったかと思うと吸収されていった。
(サザン、悪い。状況が分からないのだが、身体が動かないんだ。何とかならないだろうか?)
「勇人、貴方は転送直後に魔法部の二人に光弾で撃たれたのです。そして、心肺が停止して死んでいました」
「それを葉月と真里亞が蘇生させてくれたのです」
(そうだ、葉月が火球に吹き飛ばされたんだ。それなのに俺の蘇生をしていたのか? なんてことだ!)
「今は、辛うじて生きているだけですね。心臓と胸の呼吸筋を動かすのが限界です」
(チッ! 今はワープドライブも通常エンジンも停止中か、生命維持装置が30%と言うところか)
(「サザン、頼みがある。左人差し指に、昔作って貰った「冒険者の指輪」をはめている。それを使って、俺に回復魔法を掛けてくれないか?」)
スライムのサザンは、魔法の道具の製造と使用は出来るが、魔法自体は自分では使えないのだ。
2021/10/05/19時以降に読まれた方は、大丈夫です。
2021/10/05/19時以前にに読まれた方は、これは新たに追加された話です。
スマホで投稿していたので、投稿を飛ばした話です。