アラビン、ドビン、ハゲチャビーン その14
空気の壁を突破すると、中は少し熱を持っていた。
ゴブリンやオーク達、小型の妖魔が死んでいた。火傷か爆死か、酸欠か。小型の妖魔で動いてるやつはいない。
俺は、まだ生きている大型の妖魔を叩き潰していく。
オーガやトロールも足元がふらふらだ。まともに戦闘なんかは出来そうにない。空気を吸えば吸うほど、一酸化炭素中毒で動けなくなるのだ。
助かるには、息を止めて外に出るしかないのだけど、彼らにそれだけの知識はない。
「サザン、食えるものは、みんな食っておいてくれ」
生きている妖魔をサザンに食い殺させておく。
サザンは、触手と言ってもスライムだから決まった形が有る訳ではないが、糸のような手を伸ばして、まだ生きている物から生命力を奪っていく。
「あたしさぁ、本当はフローラって名前じゃないんだよね。本当は、『コノハナノオハナノヨウセイノハナハタセルコノフェラリーノコノハナ』って言 うの。 でも人族には聞き取れなくて、花妖精だから『フローラ』って名乗ってるの」
フローラが、何か勝手に語りだした。(今は戦闘中だよ)
「何勝手に死亡フラグ立ててるんだよ。今の名前もちゃんと聞き取れていないなら、もう『フローラ』でいいよ」
「俺は、誰一人として死なせるつもりはないよ。話は後でじっくり聞くから、今は、危ないけどそこに居て、酸素だけ送り続けてくれ」と頼む。
一番大きなドラゴンの前に着いた。立っているのがやっとの様で、ふらふらとしている。彼の背中に輿が作ってあり、その中に誰かが居るようだ。
たぶん、あいつが魔族のベルゼブブだろう。彼もぐったりとしているが。多分そうだ。
「待たせたなぁー! ベルゼブブ。いま、地獄に追い返してやるぜ!」
俺でも、なかなか厨二な台詞が出てくるものだ。
「ユウト、ユウト、いったん憑依を解除して、再憑依してくれ」
敵の前でサザンが再憑依を求めてきた。
「ここでか?」
「いまだ」
「ドラゴンの前なんですけど」
「だけどいまだ」
何を考えてるんだよ。今解除したら、ドラゴンブレスの一発で灰になっちまうよ。
「サザン、憑依解除。・・・・・・。サザン、憑依!」怖い、怖い。早くしないと殺されちゃうよ。
「ステータス強化!」
違う、さっきと全然違う。サザンの奴、この数分の間にどれだけレベルアップしたんだよ。
「サザン、腕を上げたな、ラベルが違うぜ!」と笑う。
「ラベルが違うだろぅ」
何のやり取りだよ。
魔刃の張り易すさや強さが全然違う。
前腕から先と下腿から下も魔刃で覆われる。いや、そこ鉄刀じゃなくて俺の体なんですけど。
大地を蹴って走り出す。真ん中で伸びている巨大なドラゴンの首の下に潜り込んで、飛び上がり下から上に首を刎ねる。
足が軽い。向かって右のドラゴンがこちらに向かって口を開く。
空中で右に空気を蹴って、今しがた首を落としたドラゴンの胴体の影に入る。
「ドウオウオウオオオオオオォォォォーーーーッ!」ドラゴンブレスが飛んでくる。
「ヒイィヒイィ」危ない、危ない。だけど、よく火がつくなぁ。酸素がないのにドラゴンブレスって、何が燃えてるんだろう?
息は出来無いけど、まだ燃えるだけの酸素は残ってるんだなぁ。
(とりあえず、こいつからさくっとやってしまおう)
俺は、死んだドラゴンの背中の輿で伸びている奴に近づいた。
キンピカの椅子にもたれてぐったりと動かない、緑色の肌を持つ魔族が居た。角も生えてるし、牙も生えてるし、こいつに間違いが無いのだろう。
「本当に伸びて居やがる」どうするんだよ。この状況は。
勇者譚が、動かない魔王をボコスカと殴る話って、全然締まらないよなぁ。
しょうがない、殺すか。殺さないと俺が帰れないからなぁ。
「赤い血に乾杯」さっくっと首を刎ねて、心臓を一突きしておいた。この魔刃はよく切れるわ。
他にいい言葉が思いつかなかった。まだ高校生だし、退学になったら困るから、酒も飲んだ事がないんだよなぁ。
次に、左右のドラゴンの首を刎ねて、まだ動いてる妖魔たちを処分して、事後処理にとりかかる。
「フローラ、空気を入れ替えて良いとみんなに伝えて」と連絡を頼む。
あたりの空気がすうーっときれいになった気がした。俺もゆっくりと深呼吸をした。 ある種の爽快感が有る。
サザンが、触手を伸ばして、まだ生きている妖魔達の壊滅を図っている。
俺は戦場で妖魔達の死体に囲まれて仁王立ちをしている。いまはサザンの餌の時間なのだ。
戦場が落ち着くと、多くの妖精達は、妖精界と魔界との空間の亀裂を塞ぎに行くと言うので、みんなとそれについて行ってしまった。
なるほど、そこからこいつらが攻め込んできたのか。
「おつかれさん、よくがんばって助けてくれたね」
「これで、敵の魔族をすべて倒したよ」
すれ違う妖精たちが声をかけてくれる。
「ぐえぇ、ぐえぇ、ぐすん」
フローラが耳元で泣いている。
そこ、手すりと違うから、引っ張るんじゃない。痛い。
どうやら、相当怖かったらしい。しがみついて耳から離れやしない。
(さあ、そろそろ、俺は帰らせてもらおうかな)
(もう、12月も終わっちまうよ。歳が明けたらもう一度、高校受験だなぁ)
(今度は、魔法科が無い所にしよう。普通に県立の特進クラスでいいや)
妖精王が出迎えてくれた。
「よく戦ってくれた、勇者殿」
「はい、王様、これで用事も済んだし、帰らせて頂けますか?」
「「無礼な! なんて口を利くんだ。」」
「かまわん、かまわん」「すぐに準備させよう」
妖精王は口の利き方に怒った左右の護衛の兵士が咎めるのをなだめている。
「無礼だって? お前たちの方こそ、拉致監禁に、命がけの強制労働じゃないか」
「どうだ、・・・・・・。」言いたいことは有ったが、俺は途中で止めた。
肩にしがみついているフローラをつかまえておろす。
「ありがとう。君のおかげで助かったし、魔王も倒せたよ」
「胸を触る機会が無くて残念だったよ。楽しみはまたの機会においておくよ」
ぐすん、ぐすん、とフローラはまだ泣いている。
王様の方を見てかしこまっていると、お互いに気まずい沈黙が流れる。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「王様? ・・・・・・。」
「おうさま? 送り返してくれるんですよね」
「おお、今しておる。もう少し待たれよ」
「はい。よろしくお願いします」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ユウト、どうしても行くの?」
「帰るよ」
「私も一緒に行く」
「来るなよ。妖精が過ごせる所じゃないし、そんな関係でもなかっただろう」
(何勝手に盛り上がってるんだよ)
「今度、そっちに遊びに行くね。浮気しちゃダメだよ」
(だから、そんな関係じゃなかっただろう)
「ああ、美味いもの用意しておくよ」
フローラとの涙のお別れがあったが、まだ何も起こらない。
「寂しいなら、そのものを連れて行ってもいいぞ」
(いらねぇって! 早く帰せよっ!)
「結構です。ありがたくお断りします」
石仏を取り囲んで、シャーマンの妖精たちが歌って踊っている。妖精にシャーマンも無いのだろうが、役割はシャーマンだろう。
「ユウト、本当に礼を言うぞ。これは褒美じゃ。受け取るがいい」と王様が言う。
(今ですか? 何か、今、何か思い出したのですか?)
「それを受け取ると、向こうに帰られないとか無いですか?」
「いや、そんな話は聞いてはおらんぞ」
「これは、君たちの言う魔法の道具じゃ。よければ使ってくれ」
何か謙遜しながらくれるようだ。
30~40センチぐらいの木の棒に、千葉のねずみーマウスの手の様な物が付いている。
「はい?」
「妖精王の右手じゃ」
「おおおぉ、妖精王の右手だ」
周りの妖精達がざわめいた。
「あれが、その妖精王の右手なのか」
俺が呆けていると、周りのギャラリー達からもざわめきが起こる。
恭しく頂いたが、どう使う物だろう。
はっきり言って、上半身裸の大魔王ががま口の財布から取り出して、「アラビンドビンハゲチャビーーーン!」と言うシーンしか思い当たらない。
「これはお前が倒したドラゴンの・・・・・・」
「王様、この魔法の道具はどうやって・・・・・・」
二人が同時に話し出してしまった時、暗がりに落ちた。
周りが暗くなって、落ちて行く浮遊感。
(いま~?、いま送り帰されるの? まだ喋ってるじゃないか~)
気が付くと、不動堂で正座をしていた。そういや、護摩焚きの最中だったな。
「おお、帰ってきたか。途中で魂が抜けた様になったから心配しておったんじゃよ」
奇織の爺さんが話しかけてきた。
(心配なら、直ぐにでも引き戻してくれたらよかったのに)
「ヅヲオオワィォシ。」足に激痛が走る。
思わず、横に倒れて足を伸ばす。
「8時間も正座をしていたからな」
結局、足の痺れが回復するのに時間が20分程掛かった。
護摩の周りの修行僧はたいしたものだ。1日座っていても平気なのだから。
日が暮れた頃、山をタクシーで降りて、新幹線に乗って東京への帰路についた。
新幹線の中で、奇織の爺さんがツボにはまったのか、「妖精王の右手」で与里野の爺さんの頭を指して「ハゲチャビーーン」と遊んでいた。さすがに、叩くのははばかれたのだろう。
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