転送は危険 その138
妖魔達は、自分の体を維持するのに、こちらの生物のタンパク質やカルシウムを必要とするのだ。その為、こちらの生物を襲って食う。迷宮の妖魔達も同様だった。
彼らも人を襲って喰わないと体を維持できないのだ。
地下迷宮の中なので、人が食えない時はネズミやコウモリ、それが無理なら弱い妖魔が強い妖魔の餌になるのだ。
ここに、まだ赤子の子を抱くゴブリンの雌がいた。子に乳をやらねば、大きく育たない。
自分の卵子と雄の精子が結合し、それにマナが溜まって子となる。(便宜上、卵子と精子と表現するが、我々のそれとは随分と違う。そして交尾の形は、妖魔がそれぞれにそれぞれの形がある)
しかし、人型妖魔の場合、産まれてからが、母親は乳をやり、何かを食べさせて、大変苦労して大きく育てるのだ。
彼女もまた何かを食って、子に乳をやらねばならない。
そこで、他の妖魔と同じ様にトロール達の狩りに付いて来たのだ。
妖魔達は、弱い者や家族に獲物を分ける様な事はしない。弱い者が強いものの隙を見て、獲物をかっさらうのだ。勿論、タダでくれるわけも無く、命がけで奪い取るのだ。
彼女は、遠巻きにトロール達の狩りを見守っていた。上手くやって、人の脛や肉片をかすめ取るつもりでいたのだ。ただ、今、前に出るとオーク達に排除されてしまう。赤子の安全を考えると前に出る事は出来なかったのだ。
しかし、それが幸いした。トロール達が一瞬にして殺されてしまったのだ。そして、前に詰めていたオーク達が弓で射られ出している。自分の数倍大きいオークが次々と倒され出している。
「早く逃げなきゃ!」
そう思って振り返ると、もう出口の穴はオーク達や強いオスのゴブリン達で一杯になっていた。
(今、脱出しに穴の方に行けば、オーク達に踏み殺されるかもしれない。しかし、今逃げないと人間に、確実に殺される)
前を見ると、人間達が抜刀し、盾を構えて、妖魔達を取り囲んで来た。振り返ると、オーク達が、体の小さいゴブリン達を掴み捨てて、脱出口を確保しつつ逃げ出していた。
その時、突然、背中を押されて倒れてしまった。体の大きなホブゴブリンが、逃走の邪魔になるので、突き飛ばして来たのだ。
彼女は、子を抱きかかえ、子を守る為に受け身を取らずに倒れてしまった。
赤子の頭を抱えて、子供を守って倒れた為、膝や肩、肘をしこたま打ちつけて倒れた。
彼女は、子供の安全を確認すると立ち上がろうとした。しかし、その時、両足の下腿部に激痛を感じた。熱いのか痛いのか衝撃なのかわからない痛みだ。
彼女は、オークが倒れている自分の足を踏んで行ったのを見た。
激痛と共に、脚が変な形に曲がっている。床が平らでは無いところに、重い体重がかかった為に折れてしまったのだ。もう一本は、骨こそ折れていないが、身が削げて、骨が見えている。
このままでは、人間達がやって来る。かと言って、もう動く事は出来ない。
胸に抱いている我が子はまだ赤子だ。自分で歩くことも出来ない。
(せめて、この子だけでも)
そう思い、他のゴブリンに託そうとするが、ゴブリンの性格はそんなに優しくは無い。ましてや、人に追われてパニック中だ。
彼女は人に見つからぬ様に、赤子を胸の下に隠して、動かぬ様にじっと身を隠した。
身を隠したと言っても、動かずにじっとしていただけだった。それしか、方法が無かったから。
そしたら、人間の雌がこちらに走って来た。絶体絶命と体を硬くして縮こまっていると、あたり一面炎に包まれた。魔法の火球攻撃だった。
逃げ回っていた妖魔達が炎を上げて燃えて行った。
勇人は、地下三階大広間にいた。キャンプ近くの、割と平らなところでホームセンターで売っているパイプを組み上げていた。
床にはスノコを敷いて平らにしていた。地下迷宮は、溶岩の流れた跡の風穴などを利用している為に、床がデコボコで岩や石は鋭利に割れたままの姿をしている。鍾乳洞と違い、水などに侵食されず、所謂風化が起こらないのだ。
組み上げて居るパイプは、スチールのパイプに樹脂のコーティングがされていて、ジョイントを使って、接着剤で止める様に成っている。
別に大工の経験がある訳でもなし、勇人は横に張ったパイプの水平を出すのに苦労していた。大工の経験があるなら、あらかじめに水平に糸を張って、それに合わせて組み上げる方法があるのだが、受験勉強が趣味の勇人は知らなかったのだ。
「ピロロン、ピロロン」
腰に付けてあるトリコーダーが鳴った。桜木の連絡を受けて、瀬戸山さんをモニターしていたのだ。
トリコーダーは、瀬戸山さんを示す光点が、栃原さんや桜木と、いや、人間側から妖魔側に高速で移動していた。
(何が有ったのだ?)
もちろん、トリコーダーからの情報のみでは何が有ったのか判らなかった。
しかし、一人妖魔の中に突っ込んで行くのは異常な事だと分かる。
俺は、転送シートを広げて、慌てて胸の紀章を叩いた。
「コンピュータ、一名、瀬戸山さんの側に転送!」
光の粒子に包まれて、視界がぼやけて行く。一瞬後には、光の粒子に包まれた違う景色が目の前に広がって行く。
目の前に、瀬戸山さんの後ろ姿が見えている。走っていて、右手を倒れているゴブリンの方へ突き出している。
何か魔法を使ったのかもしれないが、俺には見えなかった。素質そのものが無いからだ。
左後ろから左前に、火球が瀬戸山さんをかすめて飛んで行く。
瀬戸山さんの服が、左側から炎に包まれて行き、左側の髪の毛も炎を上げている。一番外の外套が燃え、中の私服も燃え、ケブラーのベストが見えている。ズボンも同様に燃え上がり、素足から下着まで見えている。
一方、俺の方は、まだ実体化していなかったので、被害は一切なかった。
巨大な火球は、前方のゴブリンやオークを薙ぎ払って消えた。
光の粒子が消えて、俺の体が実体化して来た。体の自由が効く様になって来た。この間の時間は一瞬だった。正確に測ると0.3秒も無い時間だ。
「はづきぃ!」
俺は、慌てて声を掛けた。
葉月を一人にしてしまった事を後悔しか……。
「グッ!」
背中に激痛を感じた。息も出来ないと言うか、心臓も止まりそうな痛みだ。
「ガウッ!」
もう一度、背中に痛みを感じた。
しかし、2回目の痛みはさほどでも無かった。一度目の痛みが激痛で、二度目の痛みなど感じなかったのだ。
そう、勇人は意識を失いかけていたのだ。
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