トロール退治 その136
次の伝言が、もう異常だった。相手はトロールだぞ。
「あのぉ、瀬戸山さん? 藤波が、他の人の分も置いておいてやれって」
「じゃあ、二体にしておくわね。サクラギクン!」
「お前ら、可笑しぃんじゃないか? トロールだぞ!」
「大丈夫よ。下がってて」
「でも、先輩もやる気十分のようだけど」
「え? 何? ちょっと待って」
振り向くと、栃原部長代理がやる気十分で、倉田達を諌めて居る。
「あなた達は下がっていて。私が倒すから」
「でも、部長、トロールは無理ですって」
「オーガも倒せたのよ。大丈夫よ。その間に逃げなさい」
「全員で逃げるのよ。一人も見捨てないで」
桜木は、栃原部長代理に近づいて言った。
「優希」
「何? あなたも、さっさと逃げなさい。ここは、私がなんとかするから」
「優希、オーガはさ、俺が居たからなんとかなったんじゃないかな? こんな言い方したくないけど」
「こんな時に何言ってるの?」
「優希、落ち着いて。藤波から伝言。俺の日本刀を借りて、トロールの利き手と反対の足を爆破しろ。だって」
「あいつ、優希がずっと刀持ってるの知らないんだな」
「残りは?」
「皆んな優しいから、置いておいてくれたんだ」
桜木は目で蘇我さん達を見た。
「残り一体は、俺達で倒すから」
「優希は、一体だけ引き受けて」
「え? トロールよ」
「ああ、善良なトロールが悪魔と出会った物語だ。信じられないよ」
秋山さんは、日向の肩越しにトロールを捉えた。日向は、一応、秋山さんを守ろうと前に出たのだった。
秋山さんは日向に言った。
「まだよ。合図するまで側にいてよ!」
「お、おう……」
返事する日向の声が小さくなる。
秋山さんは、無詠唱で火球を三発、トロールの顔に目掛けて撃ち込んだ。
それも、微妙に時間差を作って撃ち込んだのだ。
トロールにとって、秋山さんは遥か格下の魔法使いだ。彼女の攻撃魔法などで死にはしない。精々、皮膚が火傷を負うぐらいのものだ。
トロールは棍棒を前に出し、火球を防いでいる。息を止め、体に力を入れることで防ぎきれる攻撃だ。
秋山さんは手をトロールに向けて攻撃が始まった。
一発
二発
ガガーーン!
三発
「真里亞よ! 前に集中して!」
音に驚いて、横を向いた日向を諌める。
途中、大きな爆発音がしたが、トロールは火球を防ぎきった。火球は時間差を付けてあり、攻撃時間が長くなったが、一発一発は大した事は無い。
彼は、攻撃が終わると大きく息を吐き、また、大きく息を吸った。今まで息を止めていたトロールは、次の行動の為、息を吸ってしまったのだ。
こんな人間など、棍棒で殴れば一撃で即死だ。いつものことであった。
人間の魔法使いなど、熟練の手練れであろうと、彼にとっては格下なのだ。
そして、この息を吸った時、鼻の穴と口のすぐ前に炎が現れた。吸い込んんだ高熱の空気は鼻腔と気管の内壁を焼いた。
思わず体を仰け反らせて、顔を背けようとした。
ガンッ!
トロールの左胸の前に現れた、ボーリングのボウル程度の大きさの石が、横からトロールの顎を砕き右上空に飛んで行った。
頭を大きく揺さぶられたトロールは、ゆっくりと膝をつき、崩れ落ちる。大きいのでゆっくりに見えるだけで、通常の転倒している速度と同じだが。
トロールはうつ伏せに倒れた。
秋山さんは、右利きなので、右手を前に出し、手首を捻って石を操作していた。
「今よ!」
秋山さんは、左手で日向の肩を叩いた。
「うぉぉーっ!」
日向が倒れたトロールに駆け出した。
「顎の下から後頭部を狙って!」
「鍔まで深く刺して!」
日向は動かないトロールの顎を刺して、体ごと体重をかけた。下からやや上に向けた方向になるが、一気に突き刺した。
即死だった。顎に剣を刺したまま、ピクピクと痙攣しているが、間も無く動かなくなるだろう。
日向はまだ興奮していて、痙攣しているトロールを呆然と見ていた。呼吸も荒いし、心臓も早鐘を打っている。
「先輩、やりましたね」
「ヒュー、フゥーッ、フー」
日向は、まだ返事ができないでいたが、秋山さんがそっと手を繋いできた。
蘇我さんは、手を握りしめて、腕を前に突き出した。
親指を中に握りしめ、親指の爪の上に10円玉を置いている。
某アニメの主人公の真似だ。
某アニメと違うのはここからだ。
ピンと弾きあげた10円玉が轟音を上げて飛んで行く。
ガガンッ!
左右の手から、各一条づつ、二条の水蒸気の雲が伸びている。
それぞれが、それぞれのトロールの額に到達し、顔の周りに漂っている。
トロールの一体は、そのまま後ろに倒れ、もう一体は膝から崩れ落ちた。
彼女は、肩の後ろ辺りに球形の物理障壁を作り、中に20L程の水を発生させた。それを一瞬で蒸発させたのだ。
水は一気に1700倍に膨れ上がり、前方の穴から噴き出した。そこにあった10円玉を吹き飛ばしながら。
10円玉は、見事にトロールの額に当たり、変形して命中した。ただし貫通はしていない。頭蓋骨内を変形して、ちぎれて、跳弾して飛び回ったのだ。
弾丸などが、柔らかいものに命中すると、キノコ雲のような形に衝撃波やエネルギーが働く。粘土などならその形状で固まるが、脳などは元に戻るので、ダメージは弾丸の射入口しか見えないが、中でズタズタにダメージを与えているので、脳や筋肉のダメージは計り知れないのだ。
トロールの脳も同じだった。千切れて、変形した10円玉が脳にダメージを与えている。頭の中の一番硬いひたいの骨を貫いて、数個に四散した10円玉はそのまま脳を傷つけ、後頭部の骨に当たって跳弾して、また脳を傷つけた。
二度目の骨を貫通するだけの運動エネルギーは残っていなかったのだ。
倉田は、轟音に驚いて振り向いたら、蘇我さんからトロールへ、二条の水蒸気の雲が伸びていた。
一瞬で、二体のトロールが倒れる瞬間を目撃したのだった。
瀬戸山さんは、腕を前に突き出した。すると、前に居た二体のトロールが苦しみ出した。喉をかき、口の周りを手で掻き出したのだ。
トロールは、咳をし、息を吸おうともがいている。
肩をすぼめたり、大きく胸を動かしたりしている。
瀬戸山さんは、掌を上に返し、指を天井に向けた。
トロールの鼻の穴に氷柱が刺さっていた。そして、ゆっくりとトロールは膝から崩れた。
それらは数瞬の出来事だった。
瀬戸山さんは、ちょっと自慢げに周りを見渡したが、倉田副部長は、蘇我さんの方を見て口をパクパクさせていた。
栃原部長代理は、トロールに突撃を掛けて戦闘中だった。桜木は、栃原部長代理を気にしながらも、自分の相手をするトロールを挑発していた。
瀬戸山さんはぐるっと周りを見て、俯いてしまったのだ。
「勇人が居ないから、誰も見てくれないじゃない……。」
栃原部長代理は、一体のトロールと対峙していた。
横の方で轟音がした。振り向くと蘇我さんがトロールを二体、何かで射抜いていた。二条の水蒸気が見えている。
その向こうでは、すでに一体のトロールが横になって倒れている。
蘇我さんが倒したトロールの手前には、喉を掻きむしっているトロールが二体いる。これは、後輩の瀬戸山が倒しているトロールだろう。
昨日も、瀬戸山に倒されたトロールは喉を掻きむしっていたのだから、多分間違いないだろう。
さあ、自分が一番しなければいけないことは、目の前のトロールを倒す事だ。と、気合を入れて、左手で刀の鞘を持つ。
桜木の
「利き手と反対側の足を斬りつけて爆破させるんだ。利き手側に行くと、棍棒が飛んで来るぞ!」
との言葉を頼りに走り出した。