大蜘蛛 その130
蘇我さんは小さな氷柱を飛ばしている。魔力消費を減らして、持久戦に備えているのだ。
秋山さんは火球だが、これも小さい火球だ。
栃原部長代理と瀬戸山さんは、橋の袂でバトルスタッフの先を光らせて
槍の様に攻撃している。飛ばない光弾の様なものだ。
一進一退で、橋を攻略出来ないオークが苛立って来て、付近のゴブリンを投げて来た。
大広間は、元々溶岩の流れた後の空洞風穴で、床は凸凹で岩は硬い。いや、柔らかいと言われている御影石でも怪我をするには十分だが、それがここでは溶岩なのだ。より一層硬いのだ。Pタイルの床なら滑って転がるだろうが、溶岩では擦り下ろされ、怪我をするのだ。
オークに投げられて、無傷じゃ無いゴブリンが亀裂を渡って来た。
撮影どころでは無くなった桜木が、カメラを捨てて、と行ってもバックに入れただけだが、オカ研の女子を守りに行った。
桜木が右の腰に下げたライトサーベルを点けた。
「ブゥゥゥゥーン」
唸りを上げて、緑の刃が伸びて行く。
「え?」
オカ研の女子部員の洋子は驚いた。
ライトサーベルなんて物が実在すると思ってもいなかったからだ。
「桜木君?」
「珍しいだろ。あいつトレッキーなのにな」
「はぁ?」
嬉々として、桜木は飛んで来るゴブリンを叩き斬っていた。
栃原部長代理は、八王子南高校やサッカー部やラグビー部の盾持ちの隙間からバトルスタッフで攻撃していた。
杖の先に魔力を乗せて突くのだ。
ホブゴブリンなら兎も角、小型のゴブリンなら即死もあり得る威力だ。
そこへ、オークが剣を叩きつけて来た。2m越えの体重が200〜300kgも有るオークが剣を振り下ろして来たのだ。盾の上を越して、小賢しい魔法使いを攻撃して来たのだ。
小錦か武蔵丸が剣を振り下ろした様なものだ。女子高生が耐えられる様なものでは無い。
やっと出来たのが、バトルスタッフを横にして、両手で受けた事だった。
バトルスタッフの中央部は木で出来ているため、簡単に折れ千切れた。しかし、体を仰け反らせ、辛うじて直撃は避けることができた。
ガン!
すごい衝撃と金属音がして、意識が無くなった。その前後の記憶がなく、暗がりの中で、頭と背中を痛がっている記憶しかなく、それも、後で作られたものかどうかも分からない。
オークの刀の切っ先が額を擦ったのだ。
側にいた八王子南の剣士が後ろに引きずり出してくれたらしい。
どこかの女性剣士が、ハンカチ? を頭に巻いてくれていた。見た事がない人なので、多分、八王子南の生徒だろう。
暗い天井が見えている。
(ここはどこだ? 私は何をしているの?)
「大丈夫だから? もう少し休んでいてね」
優しい声がする。さっきの女剣士さんだ。
ハッと我に返り、橋の方を見ると、オークがまた剣を振り上げている。
短絡詠唱で物理障壁の魔法を張る。
魔法が間に合わず、剣が振り落とされた辺りから血飛沫が上がる。
キラッと物理障壁が張られた。
「遅い!」
栃原部長代理は、自分で自分の無能ぶりを悔やんだ。
俺は、戦っている桜木の側に寄って行った。右手には、コーヒーの入ったマグカップを持っている。
「桜木ぎぃ〜」
「なんだ? って、コーヒー、お前だけ飲んでるの? この事態に」
「ここ寒いじゃん」
「戦えよ。直ぐ熱くなるぞ!」
「これ、相模川の性だよね。俺は、あそこに関わらないことを決めたんだ」
「そうか。まあ、好きにしろや」
「ああ」
「で?」
「んん?」
「用があるから来たのだろ?」
「ああ、まあ、どうでもいい事なんだけどさ」
「なんだ? 言えよ。借金以外なら話してみろ」
「お前、今、『漆黒の』方は使っていないだろう」
「ああ、今はライトサーベルだけだけど」
「栃原先輩がさぁ、杖折られちゃって、素手で戦ってんだよ。額も切られちゃってるしさ。使ってな……」
「なにぃー! 早く言えよボケーッ!」
「ないなら貸してやれよ」
「今言っただろう」
桜木が、血相変えて走っていった。
「おい、ここの守りはどうするんだよ」
「って、そりゃ聞いてないよな」
ゴクリ。
俺は、一口、コーヒーを飲んだ。
「優希! 大丈夫か?」
「頭がクラクラするけど大丈夫」
額に巻いたハンカチは血で真っ赤に染まっていた。
「取り敢えず、ちょっと下がって」
「今は無理」
「いいから下がって」
「駄目よ。今下がったら、みんなやられちゃうもの」
先ほどのオークが、栃原部長代理が張った物理障壁をガンガン叩いている。
「桜木ぎぃ〜」
「なんだ? 来たのか?」
「お前が倒して来てやれよ」
「え? ……?」
桜木が固まった。
「無理だ。下がってろ!」
誰かが言った。どうやら、遊んでいると思って怒っている様だ。
「よし、優希、危ないから下がってろ!」
「馬鹿やめなさい! はじめ!無理よ!」
「キャァ〜。桜木君カッコいい。」
俺は、冷やかしておいた。これはお約束だろう。
「はじめ! 下がりなさい」
桜木が、ライトサーベル片手に、じゃなく両手で持って、剣士達をかき分け前に進んだ。
「あーあ 何ということだ。
その女の子は悪い魔法使いの力を信じるのに、ドロボーの力を信じようとはしなかった。
その子が信じてくれたなら、ドロボーは 空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだって 出来るのに…。」
俺は、感情を込めて、劇団員風に言って見た。
「ボケが! 誰がルパンだ。で、なんでお前が言うんだよ!」
桜木は、ライトサーベルで突きの体勢に入った。
「スピードライトな。そこ、スピードライトを使う所だから」
「お、おう!」
バシュッ!
チュィィィィン
辺りは暗い洞窟内だ。各自が付けたヘッドライトだけで戦っていた。
そこに白い強烈な光が灯った。
天井が、白く、影が黒く、壁や床が白く光った様に見えた。
ギャァーー!
オークは痛みすら感じたかもしれない。
離れている俺も、白いオークの残像が目に焼き付いている。オークやゴブリンは、完全に視界が奪われただろう。
そこに桜木がライトサーベルで突いて来たのだ。栃原部長代理の物理障壁を突き破って。
桜木のライトサーベルは、魔法の物理障壁で出来ている。厳密に言うと、厚みの無い透明なガラスの三角柱の様なもので、その中にスモークを焚いて、ライトで照らしているだけだ。
サザンの魔法に比べたら、栃原部長代理の魔法など紙の様なものなので、簡単に突き破る事が出来るのだ。
ブックマークして頂きました。
それに感想も頂きました。
有難うございます。
頑張って、新作書いています。